第27話 奇妙な巣窟

 かかった時間から言えば、戦闘自体は三十分ほどで終了した。アラタ達への目立った被害も無しだ。後は巣を調べて大量発生の原因を探るのと、周囲を軽く探索して討ち漏らしがいないか確認すれば依頼自体は完了なのだが、アラタには一つの懸案事項があった。


(ガン見していやがる……)


 フルフェイスの鎧の奥の表情は計り知れぬが、先ほども数多くのガストウルフを屠ったベテラン冒険者“沈黙”グスマンの視線は間違いなくししゃもに注がれていた。


 乱戦の最中だったとはいえ、明らかに声を聴かれていたのであろう。ししゃもの声は低く渋い壮年の男性の声だ、このメンバーの中に他にはいない。


 ししゃもが声を発することになったのはアラタの不注意が原因だ、感謝こそすれど不満に思うことは無い。ゆえにグスマンの動向を注意深く見守っていた。


「な、なあグスマン? この巣の感じはどう見る?」


 バリスがひきつった笑みで必死にグスマンの注意を逸らそうとするが、グスマンはさきほどの戦いぶりと同じく不動だ。沈黙の眼差しはししゃもから動くことは無い。当のししゃもも、視線を感じて迂闊な動きをできないと考えるのか、よくできたフィギュアのように固まっている。


 一方邪神様は、臣下がピンチだというのに我関せずという態度で明後日の方向の空を見上げている。


「――っ! グスマン待ってくれ! そいつは酒を飲むのと野菜を齧る事しか頭にない無害な生き物なんだ!」


 不意にグスマンが一歩また一歩とししゃもに近づきだしたため、アラタは慌てて静止する。

 冷静に考えれば、出会った時にししゃもの操るタイリクオオナマズに殺されそうになっているので、無害かはアラタもはっきりと分からないが、今しがた自分を助けた人物? カワウソが目の前で切られるのを黙ってみていることができる質ではない。


「…………」


 グスマンは鎧がこすれるがしゃりという音以外は発さずにししゃもの眼前に迫ると、両手でししゃもを抱え上げた。


「――何だ!? 無礼であるぞ、離せ!」


 つかまれたししゃもはジタバタと短い手足を必死に動かし暴れて、もはや人目をはばからず声を発しながら悪態をつくが、グスマンは動じない。グスマンは何かを訴えたそうにがしゃりと音をたてて、どうしたものかと悩んでいるアラタの方に向き直った。


「……かわ、いい」


 やはり鎧の奥から響くのは、男とも女ともつかぬくぐもった声だった。聞き取りづらかったが、おそらく「可愛い」と言った。ししゃものことを指しているのだろう。


「可愛い……? ししゃものことがか?」


 グスマンは返答に言葉を発することはなく、再びがしゃりと音をたてて頷いた。まるで親からぬいぐるみを貰った童女のように、ししゃもをこねくり回している。


 アラタはグスマンのことを男性とばかり思っていたが、案外巨漢の女性なのであろうか? もしかしたら部屋は可愛らしい小動物のぬいぐるみであふれているのかもしれない。常に全身鎧を着ているのは、容姿に自信がないからだろうか?


 実際の所男か女か分からないが、どうやらグスマンはしゃべるコツメカワウソを好意的に受け入れてくれたようだ。心配で見守っていたアラタとバリスはほっと胸をなでおろす。


「ししゃも、さっきは本当に助かったよ。ありがとうな」

「ふん、小僧、貴様の為ではない。貴様が命を落とせばお優しいルノワ様はきっと悲しむからな……。いや、小僧今は吾輩を助ける流れだったろ? 助けろ! こら、目を逸らすな!」

「なんかグスマンも満足そうだな! 良かった、良かった。さあ巣の調査をするぞ!」

「おい小娘! なんかめでたしめでたしって感じに締めるな! 貴様も早く吾輩を助けろ!」


 まあ金属小手でぬいぐるみのようにもみくちゃにされているししゃもはたまったものじゃないだろうが、助けを求める声をあえて聞き流し、バリスは巣の痕跡を調べる。


「おかしいな。こいつらどうもここらで生まれたんじゃなくて、どこかから移り住んできたようだ」


 このニーシア近郊の森は普段、ニーシアで薬師を生業とする者も薬草の採取に訪れる比較的穏やかな森だ。ボガーツの店“火花の寝床”の近所にある薬屋“永遠の緑”の主人である老婆のエルフも一人で採取に来るほどだ。


 この森にもガストウルフ自体は生息しているが、彼らは本来賢く慎重な性格なので、危険を顧みずに人の前に姿を現す事は滅多にない。


 テリトリーに入れば人を襲うが、森を知る者は彼らのテリトリーをわきまえる。そういう意味では集団で狩りを行う賢さと、牙や爪の凶悪さに比べれば、人間達の脅威となる件数は低い魔獣だ。


 だからこそ、街道を行く行商や旅人に襲撃を仕掛けているというサティナの話に、バリスは最初疑問を持った。それもかなりの数の群れだという。


 話を聞いた段階の一つの仮説として、天敵不足で増え過ぎた結果森での食料が不足し、ニーシアと王都を結ぶ街道まで出てきた、という可能性を思い浮かべていた。


 ――だが、この巣を見る限りその仮説は否定された。


 ここにいたガストウルフの数は二十弱、つい先日まで対象護衛についていたグスマン等に事前に仕留められた数を合わせれば、元々はゆうに三十を超える群れになる。


 だが、この巣にはその三十もの群れが子を産み育てたという痕跡がまるでない。ガストウルフは多産の種族だ。あれだけの群れなら少なく見積もっても同数の子供の個体がいないとおかしい。


「食いはぐれてどこからか移住してきたか?」


 いや、それも違う。もしそうだとしてもやはり子供の個体はいるはずだ。


 ――おかしい。


 自然現象の中では説明がつかない。可能性があるとしたら……。


「誰かが大量のガストウルフの群れをこの森に解き放っていた、か?」


 突然声を掛けられてバリスはドキリとする。横を見れば、いつの間にか近づいていたルノワが心を読んだように思っていることを言い当てた。


 未だに少し信じられないが、少女に見えるこの邪神は時として全てを見通しているようなことがある。本人は「神とはいえ万能ではない」等と謙遜するが、本当の所は分からない。


「そうだ。この状況は自然なものではない。誰かが意図的に。――もしかしたら街道の往来を妨害する意図でガストウルフをこの森に? それとも陽動目的か……?」


 最後の部分は単なるバリスの仮説だ。だが、何か胸騒ぎがする。早くこの調査結果をヴェスティア公爵に報告するべきであろう。聡明なノーランド公ならば、きっとこの報告から異状を理解できるはずだ。


「おーい! グスマン、アラタ! そっちは確認を終えたか?」

「いないみたいだー!」


 周辺の討ち漏らしの調査をしていた仲間たちに声を掛ける。アラタの返答から討ち漏らしが無い事を確認し、一刻も早くニーシアの町へ帰還するべく呼びかける。


 自らを邪神と称するルノワはすでに異常に気付いているのだろう。ニーシア内での襲撃者事件とこの一件、何か関係があるのだろうか? バリスの中で、疑問と不安が渦巻いていた。

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