第23話 宴の夜

 夕暮れで赤く染まるニーシアの町を、アラタは両手いっぱいに戦利品の武具を抱えて“火花の寝床”に向かった。


 改めてじっくりと見ると、アラタが元の世界で暮らしていた生活の風景とはまるで違う。目抜き通りの店はそろそろ店じまいの時間か、表に出している商品を店の中にしまっている。


 右手にあるのが薬草から調合された秘伝の薬を扱う“永遠の緑”、老婆のエルフが店主だ。左手に見えるのが“ティタ神の恵み”、大層な店名だが禿頭の店主の八百屋である。要は大地の恵みの美味しい野菜という意味だ。


 “永遠の緑”から三軒過ぎたところを一本裏手に入ったところが、ボガーツが営む“火花の寝床”である。アラタが近づいたところ、ちょうど熊を思わせる大男のボガーツが店先で客を見送る所だった。


「おーい、ボガーツ!」

「――おっ! アラタの坊主じゃねえか。無事だったようだな!」


 ボガーツは直ぐにアラタに直ぐに気が付くと、笑顔で無事を喜び歓迎してくれた。


「おいおい随分と派手にやられたみたいだな。何、大型魔獣と戦ったのか? お前よく生きて帰って来られたな」


 防具を一通りチェックすると、あまりのボロボロ具合に生きてニーシアの町に帰れたことを不思議がられた。そりゃそうだろう、アラタ自身もあんな化け物たちと戦って生きて帰って来られたのが不思議だ。


「でもこの鎧が無けりゃもっとひどい目にあっていたよ。ありがとうボガーツ」


 ボガーツは「客の無事が一番だよ」と照れ臭そうに笑うと、防具の修理に数日かかるからサービスで強化してやると、野太いながらも温かい声で言ってくれた。


「残念ながらこっちの戦利品の大半は二束三文だな、良いやつもあるが。それで祝勝会だったっけか? 良いね、ただ酒大歓迎だ。ありがたく参加させてもらうぜ。店閉めたら来るから主役の坊主は先に行ってな」


 火花の寝床を出ると、辺りはすでに暗くなっていた。昼間の残暑か、生暖かい風が頬に吹き付ける。祝勝会の期待半分、緊張半分に、アラタは組合への道を急いだ。


「少し遅かったなアラタ、もう始めるぞ。今日の主役は私たちだ、さあ前に行くぞ」


 アラタが組合につくと、すでに満員の人だかりだった。


 出迎えてくれたルノワは、いつものローブとは違った彼女の瞳と同じ紫色のドレスを身にまとい、胸元には大粒の青い宝石のついたネックレスが輝いていた。この宝石にアラタは見覚えがある。おそらくししゃもから奪い――謙譲してもらった物の内の一つを加工したのであろう。


 隙間もないほどの人だかりをかき分けて進み、壇上に上がると、そこには恥ずかしそうに赤面してうつむいているバリスがいた。彼女もまた普段の冒険者然とした服装とは違い、瞳の色と同じエメラルド色のドレスを身にまとい、こちらの胸元には大粒の赤い宝石だ。


「どうだ? 私の発案だ、似合っているだろう?」


 ルノワがニヤニヤと楽し気な笑みを浮かべて問いかけてきた。


 ――確かに二人ともよく似合っている。


 普段から美しく人目を惹く彼女たちだが、よりいっそうの輝きを放っていた。ルノワは彼女の怪しげな雰囲気を放つ異国の姫君のようだし、普段は男勝りなイメージが先行するバリスは、こうしているとまるで貴族の令嬢のようであった。


「ま、馬子にも衣装ってやつかな……?」

「それ誉め言葉になっていないぞ」


 緊張したアラタが精いっぱいのボキャブラリーから考えられた言葉は、邪神様にジト目でダメ出しをくらってしまった。「女性を褒める言葉は練習しておいた方がいいぞ」とは、少なくとも五百年人生の先輩であるルノワの忠告である。


「――ところでししゃもはどこだ? 一緒じゃないのか?」

「酒と肴を持ってどこかへ行ったよ。こう人目があると自由にはできんからな」


 アラタの到着を確認したバリスは、意を決したように顔を上げて一歩前に進んだ。主賓が出てきたことで、それまで喧噪の中にあったニーシア組合内がシーンと静まり返る。


「ほ、本じちゅは、お、おいしょがしにゃか、あ、あちゅまっていただ……」


 昼間の明朗快活とした語り口はどこへ行ったのか、バリスのスピーチははかみかみのぐちゃぐちゃで全く聞き取れない。それどころか今にも泣きだして逃げてしまいそうな様相だ。


 決して大勢の人を前にして緊張しているわけではない、慣れない格好で恥ずかしいのだ。現に聴衆から「かわいいぞ“赤い閃光”!」等とからかいの野次が飛ぶたびに、涙目ながらも狩人の鋭い目線で睨み返している。


 バリスは生まれて初めてこのような可憐な服を着ていた。母とは幼い時に死に別れ、それから厳しい冒険者稼業を一人で行ってきた。このような服を自分で着てみたり、他人から着せてもらえる機会は全く無かったのだ。


 助け舟をだそうかアラタが思案していると、バリスは吹っ切れたのかドンと右足を前に出して、拳を握った。


「慣れない言い回しはやめだ! 今日はあの難関ティウスのダンジョンを踏破した記念日、そしてこのニーシア組合に二人のゴールデンルーキーが誕生した記念日だ! みんな、飲め、食え、騒げ! 金は私たちが持つ! あと野次飛ばした奴は後でケツに一発ずつ蹴りをくれてやる!」


 語り口を変えたバリスの挨拶に呼応して「うぉおおおおおおおお!!!」と、地鳴りのような歓声がニーシア組合に轟いた。野次を飛ばしていた何人かの男は早くも尻を抑えていた。


「それじゃあ皆に光のか――」


 バリスはそこまで言うと口を止めて、ちらりと横目でルノワの方を見た。直ぐに前に向き直り、んんっ、とひとつ咳払いを入れた。


「――失礼。気を取り直して、皆に我らの神の祝福とご加護を! 乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 ガチャガチャと杯が打ち鳴らされ、大きな歓声が上がった。 アラタ達が仲間同士で杯を打ち合わせると、すぐに興奮した冒険者たちに囲まれた。


 自分と同じくらいの年から、老人といえる年齢の者まで、様々な冒険者から祝福や称賛を浴びた。集まった皆アラタ達の冒険譚を聞きたがったので、アラタは身振り手振りを交えながらティウスのダンジョンでの冒険――もちろん邪神にまつわる事や、バリスがハーフオーガであることはぼかして――を話した。


「俺はこのアラタがやると思っていたんだ! なあ兄弟?」

「お前は確かアロロンだったか? 誰が兄弟だ、誰が」

「俺はアーロンだぜ兄弟! いやあ、めでたい!」


 腕をアラタの肩に回してそんな調子の良いことを言っているのは、冒険の前に絡んできたアーロンというチンピラ然とした男だ。周囲の冒険者もその一件を知っているのか「嘘つけ、バリスに睨まれていたじゃねえか」とツッコミを受けていた。


「こんばんは、――あっ! ルノワさーん! 私と沢山お話ししましょう!」


 シスターサティナが約束通り来訪したのであろう声が聞こえたので振り向くと、一目散にルノワの方に駆け寄っていた。


(もしかして直感的に邪神と気が付いて調査しているとか? まさかな……)


 ただでさえ華やかなルノワの横に、聖母のような人柄で大人気のサティナまでいるのだ。周囲は男性冒険者であふれていた。


 楽しそうに話すサティナの様子を楽しそうに見る男達。まあ、ただ一人ルノワはサティナの話に生返事をしながら、すごい勢いで酒を飲みほしていた。思えばノーセン村での酒宴でも大量に飲酒をしていたが、まったく酔った様子はなかった。神はアルコールに強いのだろうか。


 一方バリスはというと、ソニアをはじめとする受付嬢や女性冒険者に囲まれていた。口々に「可愛いんだからもっとおしゃれすればいいのに」等と言われ、また顔を赤くするばかりなようだ。


 いや、顔を赤くするだけでなくしっかりと食べているのか、バリスの周りには空の皿が山のように積まれていた。


 アラタはダンジョンでの冒険で知ったことなのだが、バリスはかなりの健啖家だ。沢山食べるし、何でも食べる。どこにそんなに入るのか? やせの大食いというやつなのであろうか。


 ニーシア組合は満員の人だかり。酒と料理が振舞われ、アラタ達を称える声が響く。こうして宴の夜は楽しく過ぎていった。

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