第15話 汝の敵を常に警戒せよ

 ティウスのダンジョン最下層。その後何度かの戦闘を経たアラタ達は、途中安全地帯を確保して何回か仮眠をとりつつ、未だ他の冒険者が足を踏み入れたことの無いその最深部に足を踏み入れていた。


 ダンジョン内なので分かりづらいが、バリスが言うにはこのティウスのダンジョンに入って四日目ということになる。


 食事は携行していた保存食と、バリスがダンジョン内で狩った生物だ。バリスは悪食で、本当になんでも食べる。そして沢山食べる。チーム戦闘に慣れてきてからは、戦闘中にあれは食べられるだの食べられないだのと言い出すほどだった。


 ダンジョンの癖からルノワが罠の予測を立て、バリスが巧みに解除する。敵が出ればアラタが前面に出ることによって、ルノワの魔力を温存しておく。


 ここに至るまで何度かバリスに『暗視の魔法』をかけなおしたのと、スケルトン相手に少量魔力を流し込んだ以外、ルノワは魔法を使用していない。この先に何があっても魔法による対応ができるのは、大きな安心材料だ。


 それまで謎とされていたティウスのダンジョン最下層の詳細な地図の完成と共に、アラタ達のチームは中々の成長を遂げていた。アラタ自身もまた、攻撃を盾で受け止め隙をついて反撃を叩き込むというルーチンをきっちりこなすことによって敵を屠り、自分の冒険者としての成長に自信を感じている。


「どうもこの先が最後の部屋みたいだな……」


 いかにもボス部屋といった重厚感ある扉の前で、アラタはそうつぶやいた。

 石でできた扉には文字の様な線や文様が刻まれている。


「『汝の敵を常に警戒せよ、時はただ進むのみ』、か……。この先のダンジョンの主に関するヒントか……?」


 アラタの常識では、こういう意味ありげに書いてある文章は必ず扉の奥に潜む脅威に関するものだ。


 ――そう、ゲームや漫画の常識では。ここは剣と魔法の世界ルミナス大陸、なにより大魔王の造ったダンジョンの最深部だ。大魔王軍の幹部クラスがいるとみて間違いないだろう。まだ見ぬ強敵の予感にアラタは武者震いする。


「それ安全標語みたいなものだぞ、言っていることは『油断一瞬、怪我一生』と似たような意味だ。それに五百年も経っているのだ、中はもぬけの殻だろう」


 アラタの雰囲気を察してか、例によってルノワが水を差してきた。せっかく味わっていたファンタジー気分が解かれ、まるで町工場にでもいるような気分だ。


 恨みがましい目で見返すが、どこ吹く風といった涼しげな表情でかわされてしまった。


「まあ戦闘意欲は旺盛のようだな。喜べ、大魔王の座も近づいているぞ」


 ルノワは不意にアラタの方へ近づくと、フォローのつもりなのかそんな本気ともつかない勧誘文句を付け加えてきた。


「俺の目標は元の世界に帰ることだ。……大魔王になんか成らねえよ」


 目的は忘れてはいない。冒険者として戦うのはその為の手段だ。


「お前たちは時々不思議な話をするな……。互いの詮索をしないのは冒険者のルールだが、少し気になるな」


 思ったより大きな声を出してしまっていたらしく、少し離れていたところで調査をしていたバリスが歩み寄ってきた。


 互いの経歴の詮索はしないのが冒険者の暗黙のルールという。なぜならば、冒険者のような危険な職業をしている者の中には、なんらかの理由で故郷を追われた者、軍役を脱走した者、さらには殺人などを犯して潜伏するもの等、過去に傷のある者も多いからだ。


「ああ、話したくないなら話さなくていいぞ。私も話したくない事はあるからな……。すまなかった」


 おそらくバリスは疎外感を感じているのであろう。どう答えたものかとアラタが考えていると、しばしの沈黙を否定と捉えたのかバリスはアラタ達に謝罪した。


 それに対しルノワは大胆不敵な笑みを浮かべて、ずいっと一歩前に出て手を広げて語りだした。


「バリスよ、貴様そんなに知りたいか?ならば貴様には教えてやろう!」


 ――まさか!


「私は五百年前に封印された邪神その人なのだよ! ついでに言えば、そこのアラタは将来大魔王として世界を制する予定だ!」


 時が止まった。


 薄暗いダンジョンの中は沈黙に包まれた。ルノワはドヤ顔をかまし、アラタは止めようとしたが間に合わず、バリスは口をぽかんと開けている。静寂を破ったのはバリスの明るい笑い声だった。


「アハハハハ! 邪神って闇の神ブラゾのことか? 華奢なお前がそうなら私はお淑やかなお姫様だよ」


 腹を抱えて笑っているバリスは、ルノワの話をまるで信じず冗談だと思っていた。一人心配していたアラタは秘かに安堵した。ルノワの語ったのは確かに荒唐無稽な話だが、実際事実なのだ。


 何より当代の大魔王ドルトムーンがルミナス大陸侵攻を行っている今、自らを邪神だの大魔王などと称するのは不快感を飛び越えて、敵意を向けられてもおかしくないことだ。


 いまいちつかみどころのないルノワという女が、バリスの人となりを見て信用して話をしたのだと思いたいが、正直心臓に悪いのでやめてほしい。


「だいぶ笑わせてもらった、良い感じに緊張もほぐれたよ。そろそろ先に進もうか。構造的にも周りの装飾的にも最奥の宝物庫みたいだし、トラップに要注意だな」


 ひとしきり笑い終えたバリスがアラタ達に呼びかけた。

 アラタは緊張の面持ちで、ルノワは余裕のある笑みで頷き、目の前の重厚な石の扉を見据えた。


 扉を開けようとアラタが力を込めて押すと、想像していたよりもずっと軽く感じた。それどころか、少しだけ動かした扉はまるでアラタ達を招き入れるように両側がひとりでに開いていった。


 罠だろうか? そう考えるのが妥当な判断だろう。扉の奥の通路は長く、暗視をもってしても先は見通せない。


「どうやら招待されたようだな。どのみち行くしかあるまい」


 真面目な表情でそうつぶやいたルノワに促されるように、三人は何が潜むとも知れぬ扉の奥へと歩んでいった。

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