第8話 大魔王誕生の謎

「大丈夫か? どうしたんだよ、急に黙ったりして」


 部屋に帰り、誰も聞き耳を立てていないことを確認したうえで、未だ深刻そうな表情で黙りこくっているルノワにアラタは尋ねた。ルノワは言い淀み、少し考えるような素振りをした後、やがて重たい口を開いた。


「……ないんだ。あるはずがない事なんだ、大魔王が出現しているなんて」

「何かおかしいのか? 大魔王って東の魔大陸またいりくってところで力を持っている奴のことじゃないのか?」

「広義ではそうだが……。いいか、各種族の魔族の中で力を持っている者が魔王を名乗るのだ。大魔王というのはその魔王達を何百、何千と束ねる力を持った者だ」


 東の魔大陸には人間種ともエルフ種とも違う知性成物が住んでいる。それが魔族だ。彼らは魔大陸の厳しい環境に適応する為、各々の種族が、特異な外見と強力な力を持つことが多い。そんな強力で、部族に分けると数千とも言われる多種多様な種族を束ねるのに必要なのは一つ。

 

 ――強い力だ。


 各部族で最も力のあるものが、時に魔王を名乗る。そういった魔王どうしの戦いを生き残った者が、初めて大魔王を名乗るという。


「大魔王はな、決して個人の力でなれる訳がないんだ。闇の神である私の助けが必要だ」


 己の力に自信がある多くの魔王が大魔王を目指す。しかしその道程は非常に厳しい。


 魔族は強力だが得意不得意が当然ある。いかに強大とはいえ、数千という多くの魔王を打ち倒すには種族本来の力だけでは無理だ。戦い続ける上でどこかで壁にぶち当たる。


 そうしたことで、延々と奪い奪われの闘争となっていく。元々豊かでは無い魔大陸は、そういった争いによってどんどん荒廃していく。闘いは凄惨を極め、魔族達は神に助けを求めて祈る。


「そこで私は定期的に人格などを考慮して特定の魔王を支援し、大魔王を生まれさせていたというわけだ。敬虔な東方魔大陸の信徒に対して、この闇の神であるルノワ様の恩寵だな」

「五百年経って、状況が変わったとかじゃないのか?」

「村長が言うにはこの五百年で七度目だ。七十年に一体のペースだぞ。状況が変わった近年に多数出現しているとは言っていない」


 ――たしかにそうだ。


 仮に状況がここ百年で変わっていたとしても、そんなにハイペースで大魔王は生まれてはいないのだろう。村長の口ぶりからは、五百年間あくまで一定のペースで大魔王が誕生しているという雰囲気だった。


 大魔王が出現し、光の神等が力を与えた勇者が倒す。そのある意味ではシステムを、闇の神というキーパーソン無しで少なくとも六度は繰り返していることになる。そして当代の大魔王ドルトムーンで七度目。


「だから私は別の神の誰かが、何らかの己の利益の為に大魔王を生み出しているのではないかと考えている」

「別の神が?」

「そうだ。それもこの大陸で崇められる、私と神格が同じ最高位の六大神ろくだいしんの誰かがな……」


 六大神とはこの大陸で崇められている闇の神ルノワ、光の神ルミナ、火の神フリト、水の神エリア、風の神シュルツ、地の神ティタを総称したものだとルノワはアラタに教えてくれた。


 それら六大神を崇める六神教ろくしんきょうは、五百年前のこの大陸で最もポピュラーな宗教だったようだ。最も五百年前に世界を混乱に陥れたルノワは邪神ブラゾとして外され、今では五神教ごしんきょうとして広く知られているようだ。


 五大神ごだいしん中でも邪神を打ち破った勇者に力を与えた光の神ルミナは、通貨単位の「ルミナ」であったり、この大陸の名前「ルミナス大陸」であったりと、特に人気だ。


「私はこの世界の神の一柱として原因を解明する責務がある、端的に言うと他の五柱を問い詰めて回る。どうせ訪ねて回るつもりだったが目的が増えたな」

「問い詰めて回る……? 神様って神界みたいな所にいるんじゃないのか?」


 アラタのイメージは、天国のような雲の上の楽園だ。


「神界? そのような所は無いな。私たち神は普段は霊体のようなものなので、神官などに神託として呼びかけるのが主な干渉方法だ。私のように受肉すると色々制約が大きくてな、他の神は受肉していないだろうし各地の神殿を回ることになるだろうな」


 ルノワ曰く、神といっても決して万能の存在ではない。この世界に広く存在する精霊の上位互換のような存在で、普段は自分を祭る神殿などにいるらしい。奇跡の行使としての魔法はほとんど直接は使わず、勇者や大魔王のような代行者をもって介入を行う。


 受肉を行えば直接的に俗世を楽しめるが、才能豊かな人間程度にしか力の行使は行えなくなる。ルノワのように封印されていた後となれば、なおさら力は弱まる。それに受肉にはいろいろと制限もあるようだ。


「はるか昔に敗れた現在の私に信者はいない。信仰や恐れの力を得ることはできんのだ。お前が元の世界に帰る為には他の神々に協力してもらう必要がある。つまるところ目的は同じだよアラタ」


 ルノワはどこか楽しそうにニヤリと笑った。


 確かにこの大陸の神々を訪ねて回るという点ではアラタとルノワの目的は同じと言える。それにこの右も左も分からない世界で一人放り出されてもどうしようもないので、最初からアラタに選択肢は無い。


 どうも出会った際の“契約”の時点から運命をこの邪神様に握られているようだ。


「一つ聞いていいか? そもそも世界征服する必要は無かったんじゃないか? 魔大陸に魔族の安定した国を築ければそれでいいんだろう?」

「豊かな土地を求めるのは生物の本能だよ。人間同士だってそれが理由で争うだろう?お前の世界だって同じのようだ……」


 神の視点での言葉に、アラタは内心ドキリとした。


「だが、中には魔族と人間で商売する連中だっているし、私は別に昔話で語られるような世界の終焉を望んじゃいないさ」

「難しいものなんだな……」

「――そうだな。まあここで話しても解決しない問題さ。この村だと情報も満足に集められんからな、明日には出立するぞ。明かりを消してお前も早く寝ろ」


 言うだけ言ってルノワは簡素なベッドに横になった。アラタもこの村に来て食べると寝るしかしてないなあと、とりとめもない事を考えながらすぐに眠りに落ちた。


 翌朝早く、アラタ達は村を立つ意向をクオチ村長に伝えた。村長は「いくらでも村にいてくれてかまわないのに」と言ってくれ、旅用の保存食や路銀まで提供してくれた。


 催眠による結果とはいえ親切にしてもらった事には変わりはない。アラタ達は精一杯の感謝の言葉を伝え、村人たちに見送られながら昼前にはノーセン村を出立し北東へ向かった。


「ルノワ、これから向かう町は大きいんだって?」

「ノーセン村を含むヴェスティア公爵領の最大都市ニーシアだ。なんでもこのサンクト王国でも有数の都市で、現ヴェスティア公ライアンは大変な書物収集家らしい。そこならば神の座す神殿や、この五百年の詳しい事情が知れるかもしれない」


 街道は整備されており快適で、ニーシアへは徒歩で三日の距離だそうだ。いくつかの疑問と冒険心を胸に、アラタ達は街道を北へと進んだ。

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