第31話 絶対に萌えてはいけない24時


「えー。今日はぼくからお話があります」

 朝のホームルームの時間。

 担任の中井の話は早めに打ち切られて、代わりに明日夏が壇上に立ち、クラスメイトたちを見回していた。


「ぼくが五月の連休明けから女子生徒役をやっているのは、来年度入学してくる女子たちが安心して学校生活を送れるようにするため。そして男子の皆さんには女子に慣れてもらうための、いわば練習です」

 そうだそうだ、とうなずくクラスメイト一同。


「ところがもう一か月半も過ぎたというのに……」

「すいませーん。声が聞き取りにくいから、教壇の机の上に立って、パンツが見えるように話してくれると、嬉しいでーす」

「って、そういうところだぁぁぁっ!」

 教室に明日夏の叫び声が響きわたった。



 時がたち、校内に女子生徒(役)が生息するという物珍しさも減ってきて、生徒たちも慣れてきているはず。なのにも関わらず、セクハラ発言が絶えないのだ。

 そこで、さすがの明日夏も我慢しかねて、校長に直談判したのだ。この状況が改善しないと、来年度女子が入学してきたとき、大変なことになりますよ、と。

 もっともそれは方便で、明日夏としては、来年の新入生のことよりも、今の自分の境遇を良くしたいためなのだが。

 いつもは男子校の悪いノリに乗っかってくる横瀬校長も、さすがにこのままではよろしくないと思ったのか、明日夏に一つの権利を与えた。



「というわけで今日から、セクハラ行為をして、ぼくに『アウト』って言われた人は、罰ゲームを受けることになります」

「いいんじゃね? 背後からの密着チョークスリーパーは、むしろ大歓迎さ」

 その発言に、明日夏はぴくりと眉を動かした。

「……高田と、その前にセクハラ発言した馬場も、まとめてアウトーっ」

 明日夏がそう宣言した途端。

 教室の扉が開いて、上半身裸の筋肉隆々の男性が入ってきた。


「って、誰だよ、こいつっ?」

「誰って、タイキックおじさんだよ」

 にこりと笑う明日夏をよそに、タイキックおじさんは当然のように高田と馬場を立たせると、鍛えられた右足を一閃させた。

「きょぇっっぇっ」「ぐはぁっ」

 綺麗なタイキックが尻に炸裂し、のたうち回る高田と馬場。


 タイキックおじさんは声を発することなく、教室を出ていった。

 突然のことにざわめく教室の男子たち。

 その中で明日夏は一人、教壇で胸を張った


「というわけで、今日一日、ぼくへのセクハラは、全面禁止ですっ!」

「えぇぇーっっ」

 本来なら当たり前すぎる宣言に、あからさまな不平な声があがるあたり、やっぱり調教が足りないのかなと思う明日夏であった。




「上石と神井、アウトーっ!」

「ぐぎゃっ」「ぎゃぁっ」

 デデーン、という効果音はないけれど。

 明日夏の宣言とともに現れたタイキックおじさんによって、上石が神井が、尻に良いキックをもらって、倒れ込んだ。

 さすがにそれを見て、ほかのクラスメイト達も警戒した様子を見せるようになってきた。

 

「ふっふっふ。どう? いい感じでしょ。まぁこれが当たり前なんだけどね」

「確かにな。だが、あまり俺たちを侮らないほうがいいぞ」

 満足げな明日夏に対し、一樹が不敵に笑う。

「ん? それってどういうこと?」

「まぁそのうち分かるさ」

 意味深な言葉を告げて去っていく一樹。

 それを見ながら、明日夏は小首をかしげた。



「練馬と高野、それに一樹に椎名、アウトーっ!」

「ぐはっ」「いぎゃぁっ」

 すっかり定番となった明日夏の宣言とともに、タイキックおじさんがどこからともなく姿を見せ、彼らにタイキックを浴びせて去っていく。

 だが、問題なのはそのあとの反応だった。


「なんかさ。俺、目覚めてきた気がするんだけど」

「ああ、何て言うか、女王様にお仕置きされる感じだよな。直接手を下さないところが、またいいよなぁ」

「痛みが快感に変わるって、本当にあったんだな……」


「いみわかんないし!」

 彼らの漏らす言葉に、明日夏は呆然と立ち尽くしてしまった。



  ☆☆☆



「……もうやだ」

 放課後。明日夏は生徒会室でぐたーっとした。

 生徒会の役員である英治や海斗も変態の一種だが、明日夏に対しては変なことをしてこないので、ここは学校の中でも数少ないオアシスであった。どちらも変態だけど。

 それとクーラーが効いてるし。

「いっそのこともっと思い切ってさ、タイキックとかじゃなくて、単位取り消しとかできるか、校長に聞いてみたら?」

 海斗の意見に、明日夏は弱弱しく首を横に振った。


「……駄目。それをするとかえって、共学女子目当てに、留年をあえて狙ってくる馬鹿がいるかもしれない」

「それは本物の馬鹿ですねぇ」

「大丈夫だ。俺は留年なんて選ばないぞ。だって俺はずっと明日夏と一緒にいたいからな」

「うーん。良い台詞なのかもしれないけど、受け取り方によってはちょっとキモいかも」

「うがぁっ」

 明日夏の塩反応に、一樹がつっぷした。

 こういう言葉攻めも効果的かもしれない。

 けどこれも、やりすぎるとタイキックみたいに、逆に癖になられてしまいそうで怖い。

「あ、だったら、こんなのはどうだ? 俺としてもクラスの奴らから言われていたことなんだけどさ……」

 海斗がそう前置きして言った案は、明日夏にとっても魅力的なものだった。




「――というわけで、今日から二年二組で授業を受けることになった、秋津明日夏です。よろしく」

「おぉぉっ」

 小さな感嘆の声とともに大きな拍手が沸き起こった。

 海斗が示した案は、明日夏の移籍であった。すなわち今日から、所属している一組ではなく、二組の一員となって授業を受けるのだ。

 明日夏は馬鹿どもから逃れられる。一方で馬鹿どもには、いなくなって初めて明日夏のありがたさを味わう羽目になるのだ。

 海斗としても、生徒会副会長として、一組だけ女子生徒がいて二組にいないのは不公平だ、という声が結構あがっていたようで、それに対しての解決策となる。まさに一石三鳥である。


 こうして始まった二組での生活は、穏やかだった。

 そりゃ興味本位の視線を感じなくもないけれど、転校生みたいなものだし、歓迎されているのも分かる。少なくともセクハラまがいのこともされていない。

 のだけれど……

「なんか、退屈かも」


 その日の放課後。

 生徒会室でなんかもやもやした気持ちを抱えている明日夏のもとに、一樹を始めとする一組の連中がぞろぞろとやってきた。

「「今日一日反省しました。どうか戻ってきてくださいっ」」

「えーっ。どうしようかなぁ」

 気分はすっかり、怒って教室を出たあと生徒たちが迎えに来てくれた教師である。


「明日夏に一つ、言いたいことがある」

「なに?」

 首をかしげる明日夏に、一樹が前に進み出て逆に聞いてきた。

「今日一日、二組で過ごしていたが、実は退屈だったんじゃないか?」

「えっと、それは……」

「当然だ。なぜなら、二組の奴らは明日夏のことを、女子として扱っているからな」

「え、当たり前じゃん。どういうこと?」

 聞き返す明日夏に向け、一樹が大きく宣言した。

「だが俺たちは、明日夏を男子として――以前と変わらぬ、親友としてずっと接してきたんだ!」

「そうだったんだっ!」

 明日夏は猛烈に感動した。

 彼らの今までの行為に、そんな理由があったとは。

 今は女子生徒になっているけれど、心は男子なのだ。彼らのそんな心遣いに、明日夏は目を輝かした。


「……ちょろいですね」

「ていうか、むしろセクハラ行為を容認したようなものだよなぁ」

 青春ドラマのような一幕を見せつけている明日夏や一組の連中をよそに、英治と海斗が他人事のように言葉を交わしていた。



 こうして明日夏は翌日から一組へと戻り、元通りの日常にとなった。

 ちなみに、二組の生徒たちはやっぱり明日夏を招き入れるため猫をかぶっていたようで、どうせいなくなるのならもっと積極的に絡んでおけば良かったと、後悔しているのであった。 

 



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