第16話 女子中生相手に、学校説明会

 明日夏がそれを初めて知ったのは、学校ではなく自宅だった。

 学校から帰って来た夕方、明日夏がリビングでくつろいでいると、妹の彩芽がパンフレット片手に話かけてきたのだ。


「ねぇ。お兄ちゃん、知ってる?」

「んー。何を?」

 彩芽の問いかけに、明日夏は麦茶を飲みながら聞き返した。

「今度、高校の説明会があるんだけど」

「ああ。もうそんな季節だよねー」

「武西高校も入っていたよ。女子向けに開催されるみたい」

「へぇ」

 男子校が共学になるにあたり、男子とは別に、女子生徒だけを集めた学校説明会も開くようだ。入学を考えている女子には色々と不安要素はあるだろうから、悪くないのかもしれない。

「お兄ちゃん、可愛く撮れてるよねぇ。それに相手役の男の人の絡みがきわどくて、お兄ちゃんを男だと思っている女子たちがきゃーきゃー言ってたよ」

「……あまりうれしくない」

「あとね、そこに。こんな案内文が。――というわけで、当日はお兄ちゃん、よろしくねー」


「へっ。よろしくって……えっ、何これっ」

 彩芽に渡されたパンフレットを見て、明日夏は絶句してしまった。

 パンフレットにはしっかりと、明日夏の女子の制服姿、海斗との絡み(壁ドン)も載っていた。

 だが、それは覚悟していたからまだいい。

 問題なのは学校説明会の案内文の最後の一文だった。


『当日の学校案内は、昨年度ミスたけにしで、制服モデルにもなった秋津明日夏さんが担当します』



  ☆☆☆



「そりゃ、女の子たちの不安を解消するには、体験している秋津くんが最適でしょう」

 翌日。学校説明会の打ち合わせで校長室に呼ばれた明日夏は、さっそく抗議をしたけれど、横瀬校長に、当然のように返されてしまった。


「う。そりゃそうかもしれませんけど、うまく案内できるかどうか……」

 家で女性に囲まれて、実は今は女だとしても、そこは男子校民。女性の扱いには自信がない。

「心配するなって。俺も影ながら協力するから」

 そう言ったのは、一緒に校長室に呼ばれた海斗だった。


「あ、そっか。海斗もパンフレットに載っているんだもんね。でも影ながらって、どういうこと?」

「悪いなぁ。JCはもう守備範囲外なんだよ」

「そういう問題じゃないし!」

 遠い目をして爽やかに告げる海斗に、明日夏がツッコミを入れる。

 そんな明日夏に向け、校長が諭すように言った。


「あいにくですが、川越くんには男子生徒の方の案内をお願いしてあります。それとも役割を交代して、秋津くんが男子生徒の案内を担当しますか? その恰好で」

「うっ……」

 ここの男子高校生より現役中学生の方が女子慣れしているからまだましなんじゃ……とちらりと思ったりもしたけど、それはそれで、からかわれそうでやっぱり嫌だ。

「まぁ、任せろ! 俺が女子中生向けに喜ばれるシチュエーションをばっちりプロデュースしておくからさ」

「はぁ……」

 お気楽に笑う海斗を見て、嫌な予感しかしなかった。



  ☆☆☆



「――というわけで。今日はよろしくお願いします……」

 そして学校見学会の当日。

 休日ではあるが、学校見学会のため、明日夏は高校に来ていた。


「きゃぁーっ」

「可愛いーっ」

「すごーい。本物の女の子みたいーっ」


「ど……どうも」

 見学者は全部で二十人。実際はもっと応募者がいたみたいだけれど、人数制限をしたとのこと。それだけ興味を持たれているということは、共学に向けまずまずの幸先のよさだろうだ。

 とはいえ、それら女子を一身に受けなくてはならない明日夏にとっては、いい迷惑。すでに圧倒されて戸惑っていた。


「ほらほら、お兄ちゃんが戸惑ってるでしょ」

 女子の中の一人である彩芽が、「お兄ちゃん」を強調して言った。

 彩芽が志願しているのは別の高校だが、明日夏のことを不安に思って特別に付いてきてくれたのだ。彼女がこういう発言をしてくれるだけで、本当の女の子じゃないの? という風に見られることがないのは助かる。


「そ、それじゃあ、まずはこちらから……」

 とにかく早く終わらせようと、明日夏は打ち合わせ通り、ぎこちなく案内を始める。

 普通こういう仕事は教師陣がするものだと思うんだけど。見事にスルーである。自主性を重んじるといえば良い響きだけど、たんに楽をしているだけのような気がする。今回は保護者抜きの学生だけの説明会だからかもしれないけれど。

 校内は休日でも部活動にいそしむ生徒たちで、それなりに活気はあった。もちろん説明会で女子中生がくると知って、張り切っているだけかもしれないけど。


「えーと。ここがテニス部で……」

「よろしく。危ないから離れて見ていってね」

 テニス部の部長がきらっと歯を見せて言った。

 明らかに格好つけているのがばればれだったけど、いきなり女子中生たちにスコートを勧めてこないだけでも上出来だった。

 ほかの部活動でも、彼らはすれ違う明日夏たちに軽く会釈するだけで、いきなり女子中生に飛びついたり、スカートをめくろうとしたりしなかったので、ほっとした。明日夏が普段から行っている調教のおかげだろう。

 それでもやはり明日夏たち女子一行が気になるのか、学校の中を回っていると、男どもからの興味本位の視線は気になった。中学生たちもそれを感じているだろうか。

「えーと。ここが学食で……おススメはえーと……」

 これならいっそのこと、声をかけてくれた方がいいかも。

 と思いながら案内を続けていたら、馬鹿が声を掛けてきた。


「よぉ。明日夏、案内頑張っているな」

「あ、一樹」

 学校案内があるからか、いちおう生徒会のメンバーとして彼も学校に来ていたようだ。濃い顔の男の登場に、女の子たちが、僅かに引きながらも軽く会釈する。

「女の子たちに変なことしないでよ?」

「はっはっは。もしかして妬いているのか。安心しろ、俺は明日夏一筋だからな。彼女たちに手を出したりはしないさ」

「は? 何、言ってるのっ」

 なれなれしく肩に手を回してこようとする一樹の手を抓って捻る。

 そんな明日夏たちのやり取りを見ていた、中学生女子の一人がおずおずと尋ねてきた。

「え、えっと先輩たちは、どのような関係で……」

「見ての通りの関係」

 一樹は強引に明日夏の肩に手を回すと、彼女らに向けさらりと答えた。

「でも、秋津先輩って、本当は男の人ですよね……それってつまり……」

「男だろうと女だろうと、そんな問題は些細なことさ」

「きゃー」

 悲鳴……ではなく黄色い歓声があがった。

 明日夏が頭を抱えていると、どこからか片言の声が割り込んできた。


「……まったく、そんなところで油を売っていたのですか」

「あ、英治っ」

 助かった。彼なら状況を治めてくれるはず。年上好きの彼なら、女子中生たちに手を出すようなこともないだろうし。

 ところが英治は、案内すべき女子中生たちにも明日夏にも目もくれず、一樹の腕を取ると、不機嫌そうに言ったのだ。

「ほら、行きますよ。あなたは私だけを見ていればいいのです。ほかの男なんて見る必要はありません」

「お、おいっ」

 戸惑う一樹を強引に引っ張っていく英治の姿に、明日夏はさらに頭を抱えた。

 むちゃくちゃ棒読みだし、不自然な演技だし。

「きゃー、きゃぁっ」

 だが明日夏の不安をよそに、女子たち熱気は最高潮に達していた。

 そういえば海斗がプロデュースしたとか言っていたけれど、こんなのがまだ続くのだろうか。

「……もうやだ」

 明日夏は泣きたくなった。




  ☆☆☆



「……はぁ。なんかものすごく疲れた……」

「お疲れ様、お兄ちゃん」

 何とか予定されていた学校案内を終えた明日夏は、彩芽と並んで学校を後にしていた。

「友達の方は良かったの?」

「ええ。たまの機会だからね。そういえばこうやってお兄ちゃんと二人で学校から帰るのって、中学校以来よね」

「うん。そうだねぇ」

 その中学のときも、彩芽と二人で並んで帰る機会はめったになかったので、変な感じだ。

「あ。周りの人の目もあるし、外ではお兄ちゃんじゃなくて、『お姉ちゃん』って呼んだ方が良いかな?」

「やだ。やめてよー」

 明日夏は頭を抱えた。

 いちおう兄として、兄の威厳を見せたいお年頃なのだ。


「案内会の評判はどんな感じだった?」

「んー。悪くなかったんじゃないかな。みんなにもウケてたし」

「それなら良かったけど……はぁ」

 明日夏はため息をついた。

 女性受けを狙うのであれば、自然なBLで攻めるのが一番と、海斗や英治たちが明日夏に知らせずにやったものだった。あれのどこが、自然なのかツッコミを入れたいところだけど。


「それにしても、せっかく女の子たちがいっぱい来ていたんだから、お兄ちゃん、もっと愛想よくして仲よくすればよかったのに。こっそり連絡先とか交換しなかったの?」

「してないから!」

 そりゃ可愛い子は何人もいたけれど、そんなアプローチができるような明日夏であったら、和佳との関係はもっと進んでいる、はずである。

「それに、ぼくとしては、女子たちより、男子たちと一緒にいるほうが気が楽だし」

「ふぅん。ていうか、お兄ちゃんたち、普段からあんなことしてるの?」

 彩芽がじとっとした視線を向けてくる。

「さすがにアレはないけれど。あんな感じの馬鹿なことは、やってるかな?」

 あはは、と笑いつつも明日夏はうなずいた。

「ふぅん。そうなんだ……それはそれで――じゅるり」

「えっ、ちょ、ちょっと。最後のじゅるり、って何っ?」

「……ん? 何? たぶん気のせいよ」

「いや、はっきり聞こえたってっ」

「――うるさいわね。BLが嫌いな女子はいないのよっ!」

「開き直ったっ?」


 明日夏が詰め寄ると、彩芽はあっさりと主張した。

 まさか彩芽までがそっちの人間だったとは。

 ――女の子って、怖い。

 来年の共学化が不安になってきた明日夏であった。



 ちなみに。

 学校案内会は今回だけでなくあと何回も行われると聞いて、明日夏は無人島への移住を本気で考えたくなった。



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