アズマ工房市

第10話 アズマ工房

 スリープモードでは転換臓以外の動作を最低限に抑え、エネルギー充填を最優先する。

 この間、俺の意識も言うならば睡眠状態となる。

 危険管理スレッドだけが低速で走り、致命的な状況に陥っていないかだけをチェック。

 ぼんやりと外界を感じながら過ごすのは、あたかも半覚醒で夢を見ているかのようだ。


 転換臓からのエネルギーを全身各部に再充填し終わったとのメッセージを受けて、スリープモードからアクティブモードに移行。

 まずは自己診断プログラムを走らせる。

 装甲が未装着、全部パージしてしまったから当然だな。

 両マニピュレータを喪失、撃ち出しちゃったからな。

 一部フレームの疲労度が大、三次元出力方式でちゃっちゃと作っただけに、剛性不足は否めないか。鍛造したい。

 スラスター類が過負荷の焼き付きで最大出力減少、メンテナンスしなきゃな。


 関節機構の動作テスト…… 動かないぞ?


 自己診断を終えた統合センサーが再起動、周囲を光学的に確認する。

 俺の全身を鎖がぐるぐるに巻いている! まるで犯罪者、いや犯罪ロボ。俺、なにか悪いことしたか?

 しかし、なんて古典的な拘束方法だ。


 俺がいる場所を三次元スキャン。

 四十メートル四方程度の広い空間、十メートル高の天井。

 吊り下げられたグソクが並び、整備用のアームや工具が多数配置。

 ここはグソクのガレージらしい。


 俺はアームで吊り下げられ、鎖で巻かれている。

 その周囲を人間が取り囲んでいた。

 マサキがいる。戻ってこれたのか。

 あの小うるさいゴンドウと言い争っている。


 ゴンドウは護衛らしきごつい連中をずらりとそろえ、その後ろからまくし立てている。

 対するマサキの側にはエンマと同僚の猟師たち、それにずいぶんと貫禄がある老人男性。


 ゴンドウが言う。

「こやつらが起こした騒ぎのせいで転換臓が壊れて出力が四割、生産量は三割にまで落ち込んでいるのだぞ。重合商会からは文句の嵐だ。責任をとらせて解体処分にすべきだとなぜ分からん」

「この少龍は自分たちと工房を守ってくれたんだ!」

 エンマが叫ぶ。

「壊れたのはゴンドウ工房組合長代理、あなたの命じた作戦の結果だそうじゃないですか」

 マサキも反論。

「それは猟師共の不手際」

 ゴンドウが言い返しかけて、

「ああ?」

 エンマたち猟師が詰め寄り、ゴンドウは護衛の後ろに隠れる。

 猟師たちは額に青筋を立てて、

「あんたが、無理にやれと言ったんだよなあ」

 猟師たちは一触即発の状態だ。


 ゴンドウは護衛の後ろから、

「こんな正体不明の人型を街に入れてなにかあったら責任をとれるのか。かの最悪リビルド、ヒューマンリビルドかもしれんのだぞ。いや、そうに決まっている」

「この方はドラゴンの子です! アオイが確かに確認しました! ヒューマンリビルドなんかではありません!」

 マサキが激しく反論。

「そもそも龍巫女がドラゴンをきちんと管理しておけば、こんなことにはならなかったのだ。その責任はどう取るつもりだ」

「妹は命がけで神殿を守ったのですよ! 力を使い果たして今も寝込んでいます! それを!」

 マサキは手に持った工具を振り上げそうな勢い。


 これはまずい。俺が見てきたヤクザ映画での経験から言うに、交渉はキレたほうが不利になるものだ。


 俺はドラゴンテイルの先っぽを動かし、回転させて鎖を削り始める。

 突然の騒音に皆の動きが止まる。

 まもなく鎖が一本切れて床に落ちた。けたたましい音を立てる。

 ドラゴンテイルが自由に動かせるようになった。残りの鎖を引きちぎるのは簡単ではあるのだがここは抑えて。


 皆が俺に注目。

「ああ、皆さんこんにちは、少龍と呼ばれている者です。どういう理由で俺を解体しようと言うのですかね」

 ゴンドウはここぞとばかりに、

「グソクでは抑えられない大きさのリビルドだぞ。市中に入れるなど危険すぎる!」

「なるほど大きさ」

 俺は頭部ハッチをオープン、ドラゴンテイルで内部の俺すなわち子龍を掴み出した。

 身長二メートルちょいの俺となって床に降り立つ。


「グソクのほうが大きくて危なそうですね」

「な、なんだ、これは?」

 ゴンドウは今俺がやったことを理解できないらしい。目を白黒させている。工房で働く者にしては頭が固い。


「グハハハハハハッ!」

 大きな笑い声が起こった。

 ここまでは静かにしていた老人男性の笑いだ。

 彼は年齢六十歳以上ぐらい、迷彩の猟師服にベストを羽織った姿が板についている。見るからに大ベテランの猟師だ。

「面白いじゃないか。こやつの身柄はわしに預からせてくれ」

「しかし責任を取らせないと」

 反論しようとするゴンドウに、

「この機猟会会長ダイゴロウ・シライシが預かるといったのだぞ」

 老人からはすさまじい圧迫感。

「は、はい」

 ゴンドウは後ずさる。


「それは分かりました。し、しかしですね、転換神殿破損の責任問題はまた別でして。技師を修理に回すとさらに総生産が落ち込んで、重合商会からの文句がさらにひどくなるかと」

 ゴンドウが食い下がる。

 マサキが一歩前に出た。

「資材さえくれれば私が修理します」

「なんだって? 今の言葉、後から取り消すと言っても知らんぞ」

「契約を作っていただいてかまいません」

「すぐに送りつけてやる! よし、戻るぞ!」

 ゴンドウは護衛を引き連れてガレージを出ていく。


 エンマたちが心配そうに、

「マサキ、本当に大丈夫なのか」

「はい、考えがあるんです」

「だったら良いんだが……」


 老人男性が俺の前に来て、手を差し出した。

「機猟会会長、シライシだ。このアズマ工房市の猟師を仕切らせてもらっている。あんたは面白い猟師になりそうだ、よろしく頼む」

 俺は手を取って握手しながら、

「助かりました。こちらこそよろしくお願いします」

「ふむ、あんたの体は金物なのかね? 竜人のリビルドといったところか? あんたを珍しいリビルドだといって狩りたくなる猟師も出てくるかもしれんな」

 そういう本人の目がちょっと怖い。

「人間が中に入っている、と思ってもらえませんかね」

「フハハハハ、だったら服なり着ておくことだな。よかろう、見繕ってやる。おいエンマ」

「はい、手配します」

 エンマが答え、早速出かけていく。

「人らしくなったら機猟会の会館まで来い。猟師の登録はこちらで進めておく。俺が預かったからには立派な猟師に鍛えてやるからな。ドラゴンがいなくなった今、優秀な猟師は一人でも多く欲しい」

 いつの間にか猟師になることが決められているが、この世界を知っていくためには悪くはないだろう。

「待っているぞ」

 シライシは他の猟師たちを引き連れて帰っていった。


 残ったマサキがやってくる。

「少龍、わたしたちの家に行きましょう。工房で修理できますし、アオイもそろそろ起きたかもしれません」

「それはありがたい」

 俺は普通に答えながら、内心では感動していた。

 わたしたちの家、つまり俺を迎えてくれる家。この世界にも俺の居場所があるのだ。

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