第8話 転換神殿

 俺はアオイを乗せてアズマ鋼原を疾駆する。

 鋼原の地表は機械の寄せ集めだ。平らで走りやすい金属面もあれば、垂直な構造物が立ちふさがりもする。

 我が新たな機体は脚部バインドスラスターによって走行面に吸着しながらモータータイヤで走行する。床であろうと壁であろうとそのまま走り抜けることができる。

 平均速度は時速二百キロ以上に達する。この凹凸が激しい鋼原をこの速度で走ることができる者は他にいないだろうと俺は自負した。


 鋼原の地表や空中には各種のリビルドが活動しているのを確認できる。俺に気付いたリビルドもいるようだが、ここはスピードで引き離す。相手をしている暇はないのだ。


 鋼原を構成する様々な機械からの情報をコックピットのアオイが感知し、俺に伝達してくる。各種機構の位置、機能などを事細かに把握できる。巫女の力には驚くべきものがある。

 周辺の素材を加工して備蓄している自動工場、小型の転換臓、そこにアカガネを供給しているパイプライン。

 パイプラインの大本は俺が向かう彼方の転換神殿だ。

 転換神殿がこの一帯の機械生態系を支えているということか。


 機械群を構築しているのは、マクロに見れば鉄の大地を穿つリビルドたち、ミクロに見れば機械細胞リビルドセルだ。機械細胞で構成された機械群はあたかも植物が伸びていくかのように自らを成長増殖させていく。

 この鋼原全体がひとつの生き物といってもいいだろう。ここはとてつもない世界だ。


 鋼原を走るパイプラインの間隔はだんだんと密になっていき、一点に向かって集束していく。

 俺たちはその点に向かって走る。ついに間近まで迫ってきた。


「少龍、そろそろだよ」

「どうもまずい状況のようだな」


 鋼原を駆け抜けて、はるばるやってきた転換神殿。

 ここまでに見てきた中でも最高に巨大な構造物だ。

 まるで絵画に描かれてきたバベルの塔みたいに太い塔で、表面には無数のパイプがはい回っている。高さは六百メートル以上と巨大。だがその上に三百メートル級のドラゴンリビルドが宿っているアンバランスな光景のせいで塔は低く見えた。


「アズマドラゴン、苦しんでる!」

 アオイが辛そうに言う。

 ドラゴンは転換神殿の上で悶えていた。翼をよじり、体を振り、首を振り回し続けている。発する機構音が苦痛の叫びに聞こえる。

 翼のウィングスラスターは無駄に稼働しており、それが周辺に暴風を巻き起こす。


「体がクロガネで染まってる。病気なの?」

 ドラゴンはまるで黒い血を流しているかのような様だった。

 本来は白く輝いているであろう金属の体が黒く染まり、滴り落ちるクロガネは塔をつたって下まで流れ着いている。

 塔の周囲は堀で囲まれているのだが、堀まで流れ込んだクロガネによってすっかり黒く濁りきっていた。


 クロガネはヒヒイロカネの一種だが、他からエネルギーを吸収しようとする性質を持つ。ドラゴンからエネルギーを奪っているのはもちろん、クロガネ汚染によって転換神殿のエネルギーも失われているだろう。


 堀にはグソクたちが集まっていた。

 なにやら言い争いをしているようだ。


「降ろして小龍」

「ああ」

 やはりデュアルドラケンとは全く呼んでもらえないなと思いつつ、アオイを地上へ。

 グソクたちの元へ歩いて向かうアオイに俺はついていく。


 塔を囲む堀はさらに高い塀に囲まれていて、それを盾とするかのように塀際でグソクたちは集まっている。

 ひとりスーツの小男がいて、グソクたちに文句を付けているようだ。


 のたうつ龍の音が上から聞こえてくる。振動が大地を揺らす。

 グソクたちは肝が据わっているのかビビってはいないようだ。スーツの小男はひとり青い顔をしている。


「エンマさん!」

 アオイが呼びかけると、グソクの一人が手を振った。ヘルメットを外した女性だ。

「アオイ、待ってたぞ」

 エンマと呼ばれた彼女はアオイを見てほっとしたようだった。


 エンマは年齢三十ぐらい、長い睫毛にピンク色の厚い唇が色っぽい。強そうな目をしている。

「なんだい、そのリビルドは?」

「ドラゴンの卵から生まれた少龍です」

「はあん、よくわからないがそいつは凄そうだ。ドラゴン相手に役に立つかもしれないね」


「役に立つつもりで来た。よろしく頼む」

 俺がそう挨拶するとエンマたちは目をむいた。

「人間の言葉を話せるリビルドかい、こいつは驚いたね。よろしく頼むよ」

「頼むぜ」

 他のグソクたちからも挨拶。


「アズマ工房の猟師の皆さんです。エンマさんは頼りになる若手頭なんです」

 アオイが彼女たちを俺に紹介。


 そこに横からうるさい声が割り込む。

「龍巫女がおらんから、こんな騒ぎになっておるのだぞ! 転換神殿の出力低下で工房が満足に動かなくなっておる。なのに危険なリビルドなんぞ連れてきおって」

 小男がきいきいと文句を言っている。

「ドラゴン不在を調査に行ったのだとゴンドウさんも知ってるだろうに。許可も出したじゃないか」

 エンマがなだめるも、

「なにかあればすぐ戻ってくるのが当然だ! 工房の生産が落ち込んだら責任問題だぞ!」

 ゴンドウと呼ばれた小男の文句は止まらない。

 猟師たちはグソクを装備しているが、このゴンドウひとりだけが派手なスーツを着込んでいる。


 ゴンドウはグソクたちに向かって大声を上げる。

「さあ、早く私の作戦を始めるんだ」

「お勧めしない作戦ですがね」

 エンマは渋い顔だ。

「一刻も早くドラゴンを引き離して商売を再開できるようにしてくれと、商会から要請されているのだ。やるしかない。やらないなら他の者に命じる」

「他にやらせるぐらいなら我々がやったほうが安全だからやりますけどねえ。危ないから離れたほうがいいですよ」

「早く言わんか、それを!」

 ゴンドウは自動三輪車に乗って、そそくさと離れていく。


 転換神殿から一キロほど離れたあたりを境に無数の建物が立ち並んでいる。ガレージ、工場、電波塔、家屋、ビル。

 ゴンドウが向かった先、アズマ工房市だ。


 残されたエンマたちは苦笑する。

「あれで雇い主でなきゃ、ねえ」

 エンマたちは荷物をかついでぞろぞろ歩き出した。街から見て反対側へと塔を回り込む。


「アオイたちも気を付けなよ」

 エンマが心配そうに声をかけてくる。

 俺はアオイをテイルでつかみ上げてコックピット内に収納した。

「少龍といるから大丈夫だよ!」

 アオイが返事する。


 エンマたち猟師は持ってきていた荷物を開き、作業の準備を始めた。

 筒を立て、角度を調整する。

「角度良し」

「白弾、高度設定良し」

「白弾、着火準備良し」

 猟師たちが確認を進めていく。


 猟師たちは打ち上げ花火のような白い弾を手に持っている。

「一番、始め」

「一番、始めます」

 猟師のひとりが弾から出ている導火線に着火して筒に落とした。

 まもなく、筒から低い音と白煙を上げて白弾が打ち上がった。


 上空、アズマドラゴンの近くに白煙と光球が現れた。

 そこから強い電波が放たれたのを俺のアンテナがキャッチする。これはリビルドに刺激的だろう。

 苦しみ悶えていたアズマドラゴンが光球のほうに首を回す。

 翼をもたげる。

 光球は降下しながら小さくなっていく。


「食いついたか。二番、始め」

 筒から次の白弾が打ち上げられた。

 さきほどよりは少しドラゴンから離れた位置に光球が現れる。

 ドラゴンは光球を見定めたようだ。

 翼を広げ、ウィングスラスターを噴射開始した。巨体が浮上する。


「よし、三番、四番、始め」

 街から遠ざかる方向へと次々に光球が現れる。

 ドラゴンはそちらへとゆっくり飛行し始める。


 なるほど、このまま上手くいけばドラゴンを遠ざけられるかもしれない。

 俺がそう思ったときだった。


「だめ、止めてぇっ!」

 アオイが叫び、エンマたちの手が止まる。


 ドラゴンの様子が妙だった。

 空中で静止。その全身に赤い線が浮かび上がってくる。

 膨大なエネルギーをなにかに使おうとしている。


 無数の蜂が飛んでいるかのような音に空間が満たされる。

 

「逃げてぇ!」

 その叫びと同時に、ドラゴンがぶれて見えた。注ぎ込まれた大きなエネルギーが大気を歪ませ、そして爆発。

 ドラゴンの表面全体から発生した衝撃波があらゆる方向に走る。

 転換神殿のパイプラインを割り、塀をなぎ倒し、地表を砕いていく。

 グソクたちの荷物は瞬時に消え失せ、次いでグソクたちが舞い上がって飛ばされていく。


 俺の五メートル級ボディまでもが大気の暴力に屈して宙を舞う。

 衝撃を殺すためにあえて抵抗せず、むしろ肩のウィングスラスターを噴射して加速、遠ざかる。地表の窪みを目指す。


 ようやくドラゴンの放つ衝撃波が収まったとき、周囲の景色は一変していた。

 転換神殿の片側は削られたかのような有様、塀は跡形もなく、地表はクレーターのようにえぐられている。

 塔が壁になって衝撃波が街まで到達しなかったのは不幸中の幸いだった。

 遠くにエンマたちのグソクが転がっている。わずかに動いて見えた。無事だとよいのだが。


 窪みに退避していた俺は空を仰ぎ見る。

 そこには怒れる王者、いや天変地異を起こした魔神がいた。

 これがドラゴンか。

 俺が龍から生まれた以上、まず目指すべき境地はあそこだ。

 いつの日にか俺も魔神となってやる。


 テンションが上がっていた俺はアオイが泣いていることに気付くのが遅れた。

 アオイは大粒の涙を両目からぽろぽろとこぼしていた。

「苦しいんだね、ごめんね、アズマ。分かってあげてなくて。あたしが助けてあげるからね」


 はっとした。

 こんな少女があのドラゴンを守ろうとしているのに、俺はただ強くなることだけを考えていた。

 俺が愛するロボットアニメの主人公たちを思い出す。

 こんなとき、彼らだったらやることはなんだ?

 俺が目指す力の使い道は?


「行こう、アオイ。アズマを助けに行くぞ」

「うん! あたしたちの出番だよ!」

 アオイは涙を拭って答えた。

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