第2話 胎動

 俺は今の状況を冷静に攻略し始めた。

 使える素材は悪くない。むしろ恵まれている。

 耐熱軽量の高級素材チタンが豊富に用意され、出力系の赤ヒヒイロカネ《アカガネ》、情報処理系の白ヒヒイロカネ《シロガネ》、入力系の青ヒヒイロカネ《アオガネ》もそろっている。

 基本素材としては十二分だ。


 機体設計のベースとなるフレームも卵の中に浮いている。


 アルティマビルドの世界では、生物的な構造のメカを構築する際にはフレームをベースにするのが一般的だ。

 人型や四足獣型、虫型や鳥型などの基本フレームが流通している他、特殊な構造と性能を持つスペシャルなレアフレームも存在する。


 そしてこの俺用フレームだが、他に見たことがない形状と性能を持っているようだ。

 爬虫類型のフレームに翼が組み合わされている。翼にはエンジン機構が内蔵されている。

 フレーム材質は軽量かつ剛性が高く、さらに複合機能性素材が使われている。素材自体が情報処理や自己再生を行う。機能の中には成長能力まであるようだ。つまり将来的にフレームを成長させて大きくすることだってできる


 そのままの形状で使うかどうか考えて、外界での柔軟な対応力を重視するとやはり人間型が望ましいとの結論。

 尻尾は分解して素材を人間型フレームのビルドに回す。

 翼のエンジン機構は凝っていて面白かったので身体各部に再配置。機動性の確保に役立てよう。


 全身の基本デザインは、ベーシックな人型戦闘兵器のイメージにするか考える。二本腕に二本足、一つの頭には二つの目。そこまではベタに。

 でも元が龍のフレームだ。龍のデザインを盛り込もう。

 細長い顔つきに長い二本の角と牙。鱗のように六角形が埋め尽くす可動部。龍っぽい。


 機体の動力源にはアルティマビルドにおいて標準的な機構である転換臓を使う。

 転換臓とは動物における心臓と肝臓を合わせたような機構だ。

 転換臓は半透明の球体で多数のパイプにつながれている。

 パイプで送り込まれてきた素材を金属流体アカガネに転換し、それを機体各部の機構にエネルギーとして送り込む。

 このフレームには超小型だが大出力の転換臓が二つも用意されていた。過剰なまでの高出力だ。


 アルティマビルドでは素材集めとパーツ加工が重要となる。そのための機能も盛り込むことにした。

 胸部から腹部も龍の顔的なデザインにして、実際に口を開くことができるようにする。

 素材はここから取り込んで転換臓で吸収、内部には三次元出力機を装備しておいて、素材をパーツに加工する。

 これでパーツやエネルギーを自給自足できるというものだ。


 内部で設計を進める傍ら、念のため、卵の外を確認するための簡易センサーも殻表面に生成しておくことにした。

 卵の殻から出れば用はなくなるが、やっぱり外が分からないただの卵なのは不安なので。


 設計は完成、後は卵の中で原子レベルのビルドを開始する。

 素材が分解、流動、合成、再構築されていく。

 昆虫が繭の中で変態していくかのように。ゆっくりと。

 

 卵の外殻に構築したセンサーは、昆虫みたいな複眼光学系と音響系。

 複眼は解像度が低いものの外界全体を観察できる。


 完成したセンサーから光学データが来て、未知の視界に俺は興奮する。

「おお、これは空洞? 同じような卵が並んでるな。俺と同じようなのがたくさんいるわけか? でもサイズや形がばらばらみたいな」

 音響データも入ってくる。

「卵のたぶん成長音、それと、もしかして、動物?」


 モーター音が聞こえてくる。

 しばらくするとその正体が視界に入ってきた。

 解像度が低くてモノクロなので情報精度は低いが、それは重機に見えた。


 クレーン車ぐらいのサイズはあるだろう大きな機械だ。長い双腕を持っている。

 アスタコと呼ばれた重機を彷彿とさせる。

 だがそいつは四本足を持っていた。

 人間が乗り込むための席はなく、前方に頭部らしき角ばった構造物が付いている。

 頭のサイドには目の機能を持っていそうな青い六角形が複数はまっている。

 頭の先端部に伸びている口吻は円錐型でドリルのようだ。


 問題はこの重機が卵に敵対的かどうか。

 重機は双腕に大きな卵を抱えてきていた。

 ゆっくり床に降ろす。

 口吻はドリル的に旋回し始めて、表面を削り、穴を開けた。

 そこに口吻から長い筒が伸びて、どう見てもこれはちゅうちゅうしてる。

 卵はこの虫の餌だ!

「アル子、早く完成したいんだが!」

「現在が最高速です」

「なにか対策、あの重機のデータとかないのか!」

「データベースに接続されていません」

「使えないな!」

 俺はなげく。


「未完成でもいいから殻を割れないのか?」

「完成するまではロックされています」

 そういえば確かにアルティマビルドのシステムでも未完成で作業を終えることはできなかった。


 俺は外界を注視し、存在しない肉体から気分的な冷や汗を流す。

 重機の動きが急に変わる。

 食べていた卵から腕を外し、頭をこちらに向ける。


 ああ、遂に食べられてしまう?

 俺はあせる。

 だが重機は空洞の奥に頭を向けて、そちらに急な移動を開始した。

 重機は奥へと姿を消す。

 ひとまず助かったようだ。


 そして音響センサーに反応。

 これって、もしかして人の声か?


 空洞の向こうから人の声が近づいてくる。

 声はひとつ、誰かと通信しているようだ。

「マサキお姉ちゃん、卵がたくさんあるよ。お宝だね」

「エッグイーターの巣? 危ないからすぐ帰ってこい? でも、ここからドラゴンの気配がするんだよ、調べなきゃ!」

「あ、やっぱりエッグイーターが集めた卵だ、お姉ちゃん、卵に穴が開いている」

 人間の言葉で通信会話している。

 俺が今どこにいるのかわからないが、ともかく使われている言葉を理解できることに安心した。


 俺の視界に入ってきたのは、ずんぐりした鎧に身を包んだ姿。手には長い槍。

 鎧は左右非対称、各パーツのサイズもばらばらで、なにかを寄せ集めて作ったもののようだ。

 持っている槍は金属パーツで作られているらしい。先端は二股に分かれている。


 鎧の者がヘルメットを外して腰ベルトのフックに架ける。

 後ろで一本に結んだ長い髪がこぼれ、若い少女らしき顔が見える。

 光学センサーは解像度が低いし白黒なのではっきりとは見えない。

 でも俺は唾をごくりと飲み込んだ気分になった。

 雰囲気がいい、この子!

 ごついメカに並べたい柔らかくどこか謎めいた見た目!

 メカと謎の女の子ヒロインこそロマン!


「ドラゴンの気配はこっちから……」

 女の子は目をつぶり、腕を伸ばす。

 腕を時計回りに動かしていって、俺の卵のほうを向いたところで止めた。

 そのままこちらへと歩んできて、鎧の両腕を広げ、俺の卵を抱きしめる。

「見つけた…… 君はドラゴンの卵だったんだね」

 女の子は卵に頬をすり寄せながら言う。

 

 見たところ女の子が着ている鎧は強化外骨格の類みたいだ。

 サイズは二メートル強、鎧の手足は人間サイズにしては長すぎる。女の子の手足が先まで届いているのではなく、遠隔マニピュレータ方式だろう。

 鎧のサイズと比較して、卵の直径は三メートル弱といったところか。


「あたしはアオイだよ。龍巫女の名にかけて、安全なところに連れてってあげるからね」 

 アオイと名乗った女の子は卵をごろごろ転がし始めた。

 卵はかなり重いと思うのだが、鎧に増力機構があるのだろう。

 ごろごろ転がる音が空洞内に響く。


 呼応するかのように、奥から駆動音が響いてくる。

 さきほどの重機だ。

 俺が見るに、重機はいったん姿を隠して観察し、油断したところを襲う算段なのだろう。意外と知能は高い。

 俺の音響センサーは感知できているのだが、アオイには聞こえていないようだ。

 かなり小さな駆動音ということか。


 俺はあせる。

 このままでは俺もアオイもやられてしまう。

 なんとか知らせねば。

 卵のセンサーを活用してみよう。

 

 俺は卵の光学センサーにエネルギーを注ぎ込んだ。

 光学センサーが過負荷で発光する。


「わ、マサキお姉ちゃん、卵が光ってる」

 アオイが注目はするものの、迫る重機への注意はむしろそれてしまった。


 俺は素早く考える。

 音声出力は? だめだ、まだ声を出せるほどうまく制御できない。

 光パターンだったら? いける!


 卵の表面にドット絵の重機が浮かび上がり、明滅する。矢印も点滅させる。

 アオイが目をやる。

「え、これって…… 後ろ?」


 アオイが振り返ると後ろにはもう重機が迫っていた。

「エッグイーター!」

 アオイは慌てて槍を構える。

 長さ四メートルはあろう槍を突き出す。

 その二股に分かれた先端部が放電を開始した。

 電磁槍だ。


 エッグイーターと呼ばれた重機は双腕を高く掲げている。

 その先端まで高さ十五メートルはあるだろう。

 胴体部分はトラック荷台ぐらい、頭部はトラック車体ぐらいのサイズだ。

 六角形が寄り集まった目からは何を考えているのか全く読み取れない。

 口吻のドリルが回転している。


 アオイの構えた槍が急に伸びた。

 伸縮機構があるのか。

 先端の放電部がエッグイーターの頭部に当たり、火花を散らす。

 エッグイーターが四足をぎゅっと縮こまらせた。

「いける!」

 だが双腕が十五メートルの高みから振り下ろされた。

「うっ!」

 アオイが鎧の胴を弾かれて宙を飛ぶ。腰に下げていたヘルメットが勢いよく転がっていく。


 アオイは床に叩きつけられた。

 しばらく動かなくて俺は気が遠くなりそうだったが、アオイが頭を振るのが見えた。アオイはよろけながら起き上がった。ふらふらとしていて戦えそうにない。


 俺は決断した。

 もう、こうなったらしょうがない!


 俺は卵内の配置をいじって重心を動かす。

 卵が転がり始めた。

 アオイの側まで寄っていく。


 卵の表面には、卵を槍で突いて割れるドット絵アニメーションを2パターン繰り返し表示。

 アオイはエッグイーターの方ばかりを見てなかなか気付いてくれない。

 俺は光出力をめいっぱい上げる。

 ようやくアオイが目をやった。


「え、なに、これ?」

 アオイは見てくれたものの動かない。

 俺はアニメーションの切り替え速度を上げる。

 早く、早く!


 アオイははっとした。槍をしっかり構え、放電は切る。槍が高速に伸びて俺の卵にぶつかる。ひびが入る。

 続けてアオイは何度も卵を突く。

 鎧の増力機構によって卵には強烈な打撃が加えられ、大きく揺れる。


 エッグイーターが迫ってくる。再び双腕を高く掲げて。


 俺の世界にひびが入る。

 光が漏れ出てくる。

 さあ、来い!


 卵の殻が砕け散った。

 機械音が鳴り始める。

 機械音は高まり、重なり、むせび泣いて機構に火が入ったことを告げる。

 次々に異なる機械音がスタートしていく。各部機構が機能し始めている。

 空気の吸入音が甲高い叫びを上げる。


 俺は機械油を垂らしながら伸び上がっていく。

 多重関節機構が駆動、閉じていた腕を左右に大きく開いた。

 散らばる殻の先へと足を一歩踏み出してサスペンションが伸縮。

 二つの光学センサーが強烈に輝いて自己診断プロセスを完了。

 俺は力強く構えを取った。昂然と頭をもたげる。

 全身各部のノズルから蒸気が噴出される。


「最強ロボ試作一号機、ああっ名前考えてなかった、見参!」

 俺は人生最高のテンションで叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る