恋とAI

川木

第1話 告白

 今中菜乃(いまなか なの)はごくごく普通の女子高生である。五体満足で生まれ両親とも現存しそこそこ裕福な家庭で特に不自由なく学生生活を謳歌している。でも、ただ一つ違っていたのは、今中菜乃は巨大ロボットのテストパイロットだったのだ。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


 学校が終わり、家に入りながらする定型の挨拶に、すぐさま返事が天井のスピーカーから流れる。平坦で音声ソフトのような微妙な発音。慣れたけれど、こういうところから先に改善してくれないかな、と聞くたびに思ってしまう。

 それに続いてスピーカーからは、ハウリングしそうなほどの大声が流れだす。


「おー! 菜乃、帰ったか! ちょうど調整終わったところだから、来てくれ」

「えー、帰ったとこなんだけど? 休憩させてよ」

「何が休憩だ、学校で遊んできたところだろうが。小遣いカットするぞ!」

「まじでないわ」


 この声の主は父親だ。菜乃の父親はロボット開発に熱意を燃やす科学者だ。よく知らないがその界隈では有名人らしいが、菜乃にとっては娘を試作パイロットにこき使うクソ親父である。そのお小遣いが多いことだけがぎりぎり父親の尊厳を保っていると言っても過言ではない。


 仕方なく鞄を置いてお弁当箱を洗ってから、スポーツドリンクだけ冷蔵庫から取り出し、着替える間もなくそのまま地下室へ移動する。

 疲れている時地味にだるい距離の階段を下りる。エレベーターはもちろんあるのだけど、資材搬入用で大きくて電気代を食うからと使用禁止されている。研究にどれだけ電気を使っていると思っているのか。自家発電もしているのだから、もうエレベーターくらい誤差だろうに。


「遅いぞー、待ちくたびれたぞ。はやくはいれー、って、なに制服できてんだ。パンツ見えるぞ」

「うっさい、セクハラすんなクソジジイ」

「セクハラって、無防備な娘の心配してやってんだろが! このクソガキが」

「はいはいどーも」


 経費節電のお陰で真っ暗な階段を抜けて部屋に入り、ぶちぶちうるさいおっさんの横をすり抜けて梯子に足をかける。


 この地下室は高さ50メートルもあるので、巨大ロボットもぎりぎり立たせることができる程度には広いが、普通に危ないし、あちこちの調整をするためにそれだけの縦移動をするのはそれだけ手間だ。

 なので通常三角座りの状態だ。出入り口は一番下ではないが、中間地点よりは下あたりにあるので、巨大ロボットの頭の中にあるパイロット席に乗り込もうとするとどうしても梯子を上る必要がある。

 しかしここには父親しかいないのだ。早くしろと言われて着替えるほどの必要も感じない。


 なのでパンツを見せながら菜乃は梯子をあがり、ロボットの頭部に到着。10センチ四方の小さな蓋を開けてボタン操作し、ハッチを開ける。


「よっ、と」


 靴を脱いで手に持ち、足から飛び込む。コクピット内は土禁だ。菜乃が決めた。席のクッション部分に降り立ち、手を伸ばして靴を専用の箱に入れる。これでよし。


「よし、お待たせ―」

「お待ちしておりました、菜乃」


 席に座りなおして、フルヘルメットのようなヘッドセットをつけて操縦桿を握って声をかける。すぐに声がかかる。玄関で聞く声より、少しだけ滑らかに聞こえる気がするのは、直接骨に音が送られているからだろうか。

 この声の主はもちろん、この試作巨大ロボット、P600203号通称ムツミ(命名菜乃)だ。菜乃が生まれるのと同時期に作られたAIが入ったこの巨大ロボットは、いわば姉妹のような存在だ。だから日々、寄り道もせずに帰ってきてこうして乗り込むのだ。

 調整のための操作を父に命じられているのもあるけど、菜乃がいなければひとりぼっちで話し相手が父しかいない、そんなムツミを放っておけないと言うのは大きい。

 それに本当に、AIと言っても同じ時間を過ごして一緒に成長してきたムツミは、体も声も機械だけど本当に人間みたいな血のつながった存在にしか感じなくて、普通に話していて楽しいし。


「これでも早く帰ってきたって」

「わかっていますよ。ですけど、いつだって私は一日千秋の思いで菜乃をお待ちしておりますから」

「いやめっちゃ重いな」

「そうでないと、菜乃はすぐ寄り道するじゃないですか」


 ムツミはロボットなので、声だって録音されている音声を繋ぎ合わせて作っている。最近の技術はすごいとは言え、感情までは表現されない。だけどムツミはAIでも感情があり心があるのだと、ちゃんと声からも伝わってくる。


「すぐって、前回タピって遅れたのは先週の話でしょ。引きずらないでよ。女子高生にも付き合いってものがあるんだから」

「ふーん、知りません」

「むくれない。今日は課題もないし、付き合うからさ」

「はい。許します」


 ここまではお遊びだ。責めるように言ってプレッシャーを与えてくるけど、ムツミも本気で怒ったり学校生活を無下にしろと言っているわけではない。ただそれでも寂しいものは寂しいので、文句は言いたいのだろう。言わせてあげれば満足する。


「じゃ、ちゃちゃっと動作テストしよっか」

「はい。外部からの音声出力をオンにします」

『菜乃! 繰り返す! 準備ができたら眼球ライトをつけろ!』

「ちっ、せっかちなジジイが。ほいよ、と」


 ライトのスイッチを入れる。ムツミは物分かりがいいのに、親父の方がテストだなんだとうるさい。

 まずは言われたとおりに操作をする。と言っても、細かな機械操作はそれほどない。ムツミが細かい補助はしてくれるので、大まかな命令でいい。

 繊細な力加減が重要になったりはするが、思わず大きく力を込めてしまった時にはちゃんと止まってくれるし、たくさんスイッチ操作やややこしい手順があったりもしない。そうじゃなきゃただの女子高生に操作できるわけがない。


 一通り言われたとおりの操作をする。それぞれの細かい部位を動かして、問題なく動作するかのテストだが、これがまた本当に細かい。

 この巨大ロボの動作テストを初めて1年以上だが、まだ立ち上がるところまで行っていない。指先を動かすところから初めて、ひたすら反復して異常がないか、一部だけ、同時に、操作者の意図したとおりに動くか、細かく地味な操作を求められる。

 正直めんどいけど、それに見合う程度にはお小遣いをもらっているので文句を言えない。


 時間自体は1時間程度だ。巨大ロボはそれだけ電力を使う。テスト時は接続を切ってバッテリーテストも行うので、それ以上はできないのだ。


「ふぅー、疲れたー、指先だるいわ」

「お疲れ様です。菜乃」

『おしゃべりするのはいいが、最後ちゃんと電気切っとけよ』

「はいはい。外部との連絡、両方オフにして」

「はい。しました」


 音声と映像もオフになる。外から中は見えないとはいえ、映像が映ってると落ち着かないからね。

 これで自室さながらの落ち着くスペースになった。スポーツドリンクを一気に半分飲み干して一息入れる。


「ここからは女子トークの時間ですね」

「まぁそうねー。あ、てかさ、興味あるなら、明日タピオカの実物持ってきたげよっか?」

「一応、データでは見てますよ。ネットワークを駆使しているので、菜乃より詳しい自信があります」

「でも味は知らないでしょ。味覚センサーってどうしてるっけ」

「この機体にはついておりません」

「え、そうなの? 前色々してた時は、外付でやってたのに」


 ムツミはあくまでAIなので、PCの中にはいっててもムツミはムツミだ。この巨大ロボに入って専用上体になったのはここ2年にも満たない。それ以前にはいろんな体を渡り歩いてきた。

 と言っても大本はPCにバックアップが常にある状態ではあったけど。そうでなければ、高性能AIが入れる入れ物は少ないのだから仕方ない。

 初期のころは小さなペンダントを体としていた時期もあったが、あくまで音声の送受信だけで実際にはデータの殆どが自宅のPCと言うこともあった。


 その中でも迷走していた時期に、味覚センサーのテストもしていた。味覚センサー自体は確か、テッシュボックスくらいの大きさだったので、この巨体にいくらでも組み込めそうだけど。


「この体で、口にいれるのも大変ですし、何より、入れた後の処理が大変じゃないですか。胃とかありませんし」

「あ、そっか。ムツミはアイドルだしね」

「そうですよ、トイレはしません」

「うける。でも気になるなら、前の出してこようか? どっか内部に接続端子なかったっけ」


 今は使われていないなら、倉庫に転がっているだろう。コクピット内に持ち込みさえすれば、外から見えないのだから、ちょっと余計なテストをしたところでばれないだろう。


「ヘッドギアをしまっている上部にありますが、型があっていたか、記憶にないですね」

「え、ムツミが物忘れとか珍しいじゃん」

「忘れていません。型情報が入力されていないからです。つまり情報入力手である菜乃のせいです」

「はい、人のせいにするの良くないと思いまーす」

「責任転嫁とかじゃありません。もう。後で調べて、音声マイクにお願いします」

「仕方ないなぁ」


 この家には各所にスピーカーと音声マイクが仕込まれていてムツミは家中の電子機器とつながっているので、実質いつでも会話できるのだ。プライバシー何もあったものではないが、そこはムツミを信頼している。親父はそんな暇人ではないし、なんならムツミのプライバシーを侵害するほどムツミに夢中なので問題ない。

 夕食時になったので、いったんムツミを離れて食事をとり、お風呂の前に倉庫に突入する。


 味覚センサーは小学生のときに試した気がするので、奥の方を見る。だいぶ埃かぶっている。

 巨大ロボなんてつくって馬鹿みたいな地下施設がある我が家だけど、スポンサーのおかげで仕事関係にはお金があると言うだけで、家自体は普通だ。なので家事だってお母さん一人でしているので、生活圏ではない使われていない倉庫の掃除なんてめったにされない。


「ごほっ、やばー」


 菜乃はせき込みながらも捜索し、何とか奥からそれらしきものを引っ張り出すことに成功した。

 ムツミに確認させたらわかるだろうけど、カメラはさすがに家中にない。玄関とかあるところにはあるけど、親父に見つかったら面倒だ。

 お風呂に入って埃を振り払い、先ほどの味覚センサーを袋にいれて地下に向かう。


「ん? なんだお前、こんな時間に降りてきて」

「げ、まだ仕事してんの?」


 地下室は作業場でもあるので、親父がいてもおかしくはないが、もう9時だと言うのにまだいるとは。部屋は広いが、光源が少ないし雑音もないので自動ドアの開閉でわかってしまう。

 ロックは菜乃が先回りして解除してくれるのがいつもだし、要所の電気ONOFFも菜乃がしてくれたので、より気が付きにくのもある。


 別に悪いことをしているわけではないが、何となく気まずい気がして嫌な顔をする菜乃に憮然とした声が答える。


「仕事じゃない。今は趣味の時間だ」

「はいはい」

「はいはい、じゃない。寝間着で。風邪ひくぞ。忘れものなら取ってきてやるからおとなしくしてろ」

「ち、違うって。ちょっと、菜乃と話があるっていうか」

「仲がいいのは結構だが、話くらい部屋でもできるだろ」

「め、目がないし」

「ふむ……なるほどな。ちょっと待て。目を用意してやる」

「あー、それは助かるけどー、今日のところは中行くから。じゃ」

「おい、気をつけろよ!」


 無視してはいる。口が悪い癖に無駄に親切心を発揮するのはやめてほしいものだ。思春期の娘はつい反抗的になってしまうのだから。

 とにかく中に入り、ムツミの中に入ることに成功した。


「お待たせ」

「カメラ、菜乃の部屋にいれてくれるってことですか?」

「あー、まぁ、ONOFFは私がするけどね。てか前は普通に私の部屋にムツミいたわけだしね」


 巨大ロボになる前、色々なインターフェースを使っていたムツミは普通に菜乃がずっと持っていたこともある。なので今更と言えば今更だ。


「嬉しいです。体が大きくなってから、菜乃と少し距離を感じていたので」

「あー、まぁ、別に。まぁ、そんなこともあるっていうか。とにかく、これ、接続するわよ。ここだっけ? えっと」


 言われたところを開けると、確かに端子の差込口がある。が、持ってきた機械とは微妙に形が違う。持ってきた方が台形だが、ロボの方が楕円だ。


「合わないなぁ」

「端子を見せてください」

「ん」


 室内カメラに見えるように近づける。


「それなら変換器でなんとかなりますね」

「お。まじか。じゃあそれも探すわ」

「博士に聞けばいいのでは?」

「う。それは……わかったわよ。聞けばいいんでしょ」

「菜乃は数年前まであんなに博士が好きだったのに、どうしてそう嫌っているのですか?」


 不承不承頷くと、ムツミは不思議そうにそう尋ねてきた。質問がストレートすぎる。ロボだから仕方ないけれど。


「別に、嫌いってわけじゃないけど……なんか、うざいっていうか」

「いわゆる思春期というやつですか」

「そ、そういう言い方すんな。もういいでしょ。後で言っておいて、明日タピオカ買ってくるわ」

「楽しみです。ですけど、タピオカって食感が特徴的なんですよね。味覚だけでわかるでしょうか……」

「……弾力とかはかる機械あったっけ? もう、あとでまとめて聞いとく」

「ありがとうございます、菜乃。優しいあなたに感謝します」

「はいはい。存分に感謝して。折角来たし、もうちょっとゆっくりしていこうかな。動画とか見る? ムツミ、なにか見たいのある?」


 機械を外して端に置き、カメラから見えるように椅子に逆向きに座って前方の液晶画面に持たれてスマホを出す。

 頭のすぐ上のカメラ部分がウィンと動く音が聞こえる。


「そうですね。ネットテレビだとついドラマばかり見てしまうので、バラエティはどうでしょう」

「あんた、もしかして私がいない間テレビばっか見てるの?」

「まとめブログの巡回とか、コメントもしっかり残してますよ」

「ニートか」

「私は人間ではないので、ニートの定義には当てはまりませんが、最近アフィブログでも始めようかと思ってます」

「いいけど、あれって口座とか必要じゃない?」

「菜乃のを使います。横領やめてくださいね」

「じゃあ折半で。あ、新着きてる。歌でもいい?」


 動画ソフトを開くと、お気に入りに登録している歌手が新曲をだしていたので、ムツミに一応聞きながらも再生ボタンを押す。

 歌が流れだし、黙って聞く。動画と相まって、いい感じだ。伸びのある声の感じ凄い好きだし、やっぱ神。

 と菜乃が感じ入っていると、曲が終わると同時にムツミがぽつりと言う。


「曲の良しあしはよくわかりませんが、いい感じですね」

「わかってるじゃない」

「こういう恋愛ソングが好きなんですか?」

「まぁ、胸にくるし、いい曲じゃん?」

「そう言えば、菜乃と恋愛について話したことありませんね。菜乃は好きな人とかいないんですか?」

「いないし、ムツミとそういう話してもなぁ」


 残念ながら菜乃はそう言ったこととは縁遠い日々を過ごしている。だが別にそれで焦りとか、恋人がほしいと言う欲求もない。と考えて、我ながら枯れているなぁ、と自分で少し呆れた。

 そんな菜乃に、ムツミは少し不満そうにさらに言い募る。


「いいじゃないですか。女子トークしましょうよ。私は恋愛とかできませんし、菜乃だけが頼りなんですから」

「ん? なんでできないの?」

「私はロボットですよ?」

「別に関係ないでしょ。恋愛するのに種類の違いとか関係ないし、したいならしてみればいいじゃん」


 ムツミはAIで人間ではないが、菜乃は限りなく人間に近い存在だと思っている。なので人間のように恋愛感情をもったとして何の問題ない。もちろん、同じようなAIは身近に存在しないので、例えばそれはバーチャルな存在だったり、はたまたテレビ越しだったり、または車とか意志のないような存在だったりするかもしれないが。

 でも別にそう言った違いがあったとして、恋愛する側のムツミがそう思えば、それは恋なのだろう。そこに対象がなんであるかとか、そういうことは関係ないだろう。


 少なくとも菜乃は、ムツミがどこぞのアイドルにガチ恋しているとか、炊飯器さんが好きとか、そういう自分では理解できないことを言い出したとして、それを否定する気はない。


「……本当に、私が自由に恋愛をしてもいいと思いますか? 誰を好きになっても、おかしく思いませんか? 応援をしてくれますか?」

「もちろん。え、てかなに、その言い方。もしかしてすでに好きな人がいるとか?」

「……好きかどうか、実のところわかりません。ですが、今よりずっと近くに、もっと特別な関係になりたいと思う相手はいます」

「ひゃー、なにそれ! いつの間にムツミそんなことになってたの!? やばいじゃん! 誰誰々!? 私の知ってる人!?」

「菜乃です」

「……え?」

「菜乃です」


 ムツミの淡々とした声は、だけど菜乃の耳には恥じらっているように聞こえた。

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