真夜中のサーファーと廃屋の少女

柴山 岬

1

 ふと目を開けると電車内にはわたししか乗っていなかった。眠る前はそれなりに賑わっていた車内も今はガランとしていて、隣の車両を見ると誰かが置いていったコーヒーの空き缶が主人を探すようにあっちへこっちへと

転がっているだけだった。

 時間は20時をちょっと過ぎている。まだ遅い時間でも無いのにどうしてこんなにも人がいないのだろう。

 そう思っていると電車は速度を落とし、小さな駅で止まった。わたしはホームへ降り、向かいの藍色の3両しか無いローカル線へ乗り換える。まもなく扉が閉まり、ぎしぎしと苦しそうに電車は走り出した。

 窓の向こうの過ぎていく駅は、どれも小さく暗く無人駅ばかりだった。


 そして21時46分、ついに電車は止まった。終点となったこの駅も、過ぎて行った駅と同じで小さく暗く古臭かった。錆びたベンチは座ると途端に崩れ落ちてしまいそうだ。ただ、ひとつきりの自動改札を超えた先の駅舎という小屋には、クリーム色のプラスチックのベンチが数席と、その脇に小さな駅員室があり、有人駅というところが今までの駅とは違っていた。

 電車を降りると12月の夜の寒さが頬を突き刺す。通学用コートの襟元をかき合わせ、短い溜息を吐いて財布から切符を取り出す。この切符はこんなところで止まるようなものではない。もっと先の大きな駅まで行ける力があるのに、わたしのせいで足を止めることになってしまった。わたしは切符に「ごめんね」と言って窓口から顔を覗かせている若い駅員にその旨を告げた。


「こんな遠くまで行こうとしてたの? 無理でしょ、特急かもしくは始発から電車に乗らないと。とりあえず清算するので待っててください」

 

 駅員の言葉は馴れ馴れしく馬鹿にした風に聞こえるが、年の頃、20歳かそこらの人の良さそうな顔立ちだったのでそれほど嫌味に聞こえず、むしろ世話焼きお兄さんという感じで初対面のはずなのに少し居心地がよかった。

 駅員は中に引っ込んで、と言うより駅員室が狭い為、上半身を反転させるだけで事足りた。

 お金を受け取るとき、駅員のネームプレートが目に入った。「森岡」と書かれたそれはまだ新しく、黄ばんだ蛍光灯の光を反射してきらりと光った。


「ありがとうございます」


 わたしが駅員の顔も見ずに礼を言い、キャリーケースをゴロゴロと引いて改札を出ようとしたとき、駅員は慌てて言った。


「違ったらごめん、高校生くらいだよね。まさか家出少女じゃないよね」

「高校生ですが、家出じゃありません」

「そっか。でもこんな小さな町で降りちゃって泊るところはあるの?」


 わたしは何も返せなかった。泊るところなんてあるわけ無い。

 背中を向け沈黙していると、駅員は思い出したように声を高くして「カラオケ」と言った。


「こんな町にもカラオケがあるから、そこならいいんじゃない?」


 わたしは振り返った。駅員は上半身を窓口からにょきっと出してこちらを見ている。


「カラオケより漫画喫茶の方がいいんですけど」

「ああ、それも確かにあったな」

「ありがとうございます」


 そういうものは大抵駅の近くにあるはずだ。そう思って小屋を出た。しかし目の前の光景を見た瞬間、わたしはまた駅員の元へ戻った。駅員は待ってました、とばかりに微笑んでわたしを待っていた。

 さすが世話焼きお兄さん。でも分かってるなら早目に言ってくれ。


「畑ばかりで漫画喫茶とか駅ビルとかが見当たらないんですけど」


 わたしは少し赤くなりながら拗ねたように言った。すると駅員は交番にあるような地図を出して「ちょっと遠いんだけど」とゆっくり説明を始めた。


「駅舎を出たら左側に大通りが見えるんだけど、と言っても2キロくらい向こうね。何も遮るものが無いから分かりやすいと思うんだけど、街灯がポツポツあるのが大通り。そこに突き当たったら右へ30分ほど歩くと雑居ビルがあるから、その中にカラオケも漫画喫茶もあるよ。この町に似つかわしくないネオンだからすぐに分かると思う」

「ありがとうございました」


 わたしは3度目の礼を言って小屋を出た。

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