第39話 心配する幼馴染


「本当に、大丈夫なのですか?」

「……大丈夫だ、問題ない」


 朝、自室。

 布団に包まる俺を、凛が心配そうに覗き込んでくる。


「とは言え、今日は一緒に学校へは行けそうにない。迎えに来てくれたのに、ごめん」

「いえ、それに関しては全然大丈夫なのですけど」


 凛が言いたげな事は察した。

 だから先行して、口を開く。


「本当に大丈夫だよ。ちょっと熱があるだけだから……多分、寝たら直ぐに治るやつ」

「……また、夜更かしさんですか?」


 じろりと、僅かに力の篭った視線を向けられる。


「い、いや、それはない」

「……どうやらそのようですね」


 俺が凛の嘘をなんとなく見抜けるように、凛も俺の嘘を見抜けるようだ。

 何か特定の癖でもあるんだろうかと考えている間に、凛がふむ、と顎に手を添えてから尋ねてきた。


「なにか、あったのですか?」


 今度は、探るような面持ち。

 その声には、そうとしか考えられないという確信を含んでいるように聞こえた。


 誤魔化しはおそらく、通用しないだろう。


 ……思い当たる節しかなかった。


 多分これは、ストレス性の高体温症的な何かだ。

 意味は違うが、巷で使われている知恵熱を表現するとわかりやすい。


 そして、そのストレスの原因にも心当たりはある。


 だけど、


「……落ち着いたら、話すよ」


 まだ、自分の中で整理がついていない。

 あと話の内容的に、朝の忙しない時間に話すようなものでもない。


 だから、黙秘権を行使した。

 

「そう、ですか」


 俺の内情を察してくれたのか、凛からそれ以上の追求は無かった。


 しかしぎゅっと、唇を結んでいたのがわかった。

 

 ごめん、と心の中で謝罪する。


「では、そろそろ学校に行ってきます」

「おう……いってら」


 見送りのつもりで手のひらを向ける。

 するとその手が、ぱしっと掴まれた。


 ひんやりとした感覚。


「凛……?」

「なにかあったら」


 床に膝をつき、慈愛に満ちた声を溢してから、


「すぐに、連絡くださいね」


 俺の頭を、凛はもう片方の手でそっと撫でた。

 労わるように、慈しむように、優しく。


 身体が弱ってるからか、瞳の奥がじわっと熱くなった。


「……ごめん、心配かけて」

「いいんです」


 ぬくもりのある声。

 凛は俺の額を名残惜しそうにひと撫でしてから、ゆっくりと立ち上がる。


「それでは、行ってきます」


 ぺこりとお辞儀をして凛が立ち去ると、自室に水を打ったような静寂が降り立った。

 時計が秒針を刻む音が、やけに大きく聞こえる。


 胸に、田舎のシャッター街のような寂しい気持ちが舞い降りた。

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