第20話 幼馴染とテレパシー

「おおおおおおおおおおおおおおおお」

「なんですか唐突に『お』しか喋れない病にでもかかったのですか、お気の毒ですね気持ち悪い」

「ちがわい! たけのこ! たけのこだよ、だけのこ!」

「『たけのこ』しか喋れない病ですか、たけのこが気の毒です」

「ちーがーわいっ!」


 ビシッと、凛お手製弁当を指差す。

 人差し指の先には、小麦色のご飯がきらきらと輝きを放っていた。


「たけのこの炊き込みご飯! 今朝、ちょうど食べたいなーって思ったところだったの!」

「ああ、なるほど」

 

 納得のいったように凛がこくりと頷く。


 でも、そんなにはしゃぐようなことかいね?

 と、ガンプラを組み立てて「うっひょー」する夫を眺める妻みたいな表情をする凛。


「すげーな、これがテレパシーってやつか!」


 7割くらい本気で言った。


 おっとっと。

 これは一段と尖った言葉が跳ね返ってくるだろうなとツッコミをスタンバイしていると、


「幼馴染ですから。……そろそろ、食べたくなる頃合いかなと思いまして」


 ガチでテレパシーだった。

 加えてふいっと目を逸らし口元を拳で覆うという、予想に反して可愛すぎる反応を取られてしまう。

 

 これでときめくなという方が無理であった。


「やーあぁ、ちょっと、いきなり撫でないで、ふあぁ……」


 なんか感極まってしまい、凛の頭を撫でる手にいつもより力が入ってしまう。


 しゃらしゃらと聴き心地の良い摩擦音。

 ふわりと漂う甘くてほっこりする香り。


 掌と繊細な髪先をわしゃわしゃと遊ばせていると、


「い、いい加減にしてくださいっ。明日からおかず一品抜きにしますよっ?」

「ひい! それは勘弁」


 ぱっと手を離す。

 息を上気させ、頬をりんご色に染めた凛。


「さっさと食べちゃってください……んもー」


 僅かに上擦った声で、これまた上目遣い気味に言われる。


 ぷくーと頬を膨らませてる割には、どこか満更でも無さげだ。

 でもそこを突っつくとガチでおかずがひとつ消えかねないので、俺は大人しく凛のお弁当に舌鼓を打つのであった。


 んまい。



 ◇◇◇



「やーそれにしても、凛がこんなにも料理上手だったとはなー」


 食べ終わった後、率直な感想を口にする。


 付き合いは長いが、何気に凛の作った料理を食べるのはこの弁当が初である。

 そして凛は、俺の好みをバッチリ抑えているのを抜きにしても、かなりの料理スキルの持ち主だとこの数日で確信していた。

 

 凛は、表情に少しだけ迷いを浮かべた後、ぽつりと言う。


「前から人並みにはちょくちょく作っていたのですが……最近、コツを教わりまして」

「ほう、誰に?」

「ひよりんです」

「ああ、有村さん」


 有村(ありむら)日和(ひより)さん。

 学年トップクラスの美少女で、凛の数少ない友人の一人だ。

 

 元気で明るくてエネルギッシュ、凛とは思い切り対極的な女の子というのが有村さんの印象だけど、だからこそ仲が良いのかもしれない。


「料理上手なの、有村さん?」

「ひよりんはプロ級です。彼氏さんが陥落するのも頷けます」

「へえ、彼氏さんいるんだ」

「住んでるマンションのお隣さんらしいです」

「なんだそのドラマみたいな展開」

「4つ上らしいですよ」

「へええ、大学生?」

「えっと……」


 必然的に盛り上がる性質を持つクラスメイトの恋バナ。

 凛とこの手の話題に興じるのは久しぶりで、とても楽しかった。


 一周回って、話題は料理に戻ってきた。


 特になんも考えずに、俺はこんなことを言った。


「にしても凛の手料理、弁当でこの美味さだったら、出来立てとかだと本当にばか美味なんだろうなー」


 本当に何気ない発言のつもりだった。


 保温とはいえ時間の経ったお弁当でも、凛の料理は思わず頬が綻んでしまうほど美味しい。

 これで出来立てなど食べようものなら、おそらく俺の頬はたやすく落下してしまうことだろう。


 という、含みも裏の意味も無い、純粋な言葉だった。


 それに対し凛はたっぷり10秒も黙考した後、なにやら大いなる決意を下したような表情を向けてきて、


「……食べに、来ますか?」

「へ?」


 予想だにしない方向から来た提案に、思わず素っ頓狂な声を漏らす。

 凛は視線をうろちょろさせつつも、確かな意思で言葉を紡いだ。


「今週の土曜日、私の家でお昼、食べますか?」

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