第15話 幼馴染と手を

「ふぐっ……えぐっ」

「こんなに華麗なフラグ回収見たことない」


 上映終了後。

 ぐすぐすと、注射を打たれた後の子供みたいになった凛と一緒に退場する。


 同じように退場する人たちの中にも目を赤くしている人がチラホラ見受けられるが、その中でも凛の泣き顔はそれはもう見事なものだった。

 

「あそこでっ……ひっく……あの展開はっ……反則でっ……うぐっ……」

「落ち着きなされ。とりあえず涙拭こ」


 言って、俺は自分のハンカチを渡す。

 

「……ありがとう、ございまず」


 くしくしと、毛繕いをする猫みたいに目元を拭う凛。

 しかし、きらきらと光る感情の証が止まる気配は無い。


 ……可愛いなあ。


 凛には申し訳ないが、その泣き顔をとても可愛いと思ってしまった。

 いつもクールであまり表情が変わらない分、わかりやすく感情を表出させた端正な顔立ちは、なんというか……とても庇護欲を掻き立てられた。


 思わず撫でたい、抱き締めたいという欲求が芯から沸いたが、ぐっと堪える。


「まあでも、思った以上の泣き映画だったね」

「うぅ……深海監督、恐るべし、です」


 少し時間が経つと、凛の嗚咽はだいぶ落ち着いてきた。

 目の赤みも、しばらくすると潮のように引いていくだろう。


「……ハンカチ、ありがとうございました。後日、洗って返します」

「いいよ別に、安物だし」

「よくないです。このまま返したら、何か良からぬことに使用されそうで怖いです」

「俺どんな性癖だと思われてんの!?」


 ツッコミを入れると、凛はくすりと「冗談ですよ」と笑った。


 その表情を見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「でも、ハンカチは洗って返します」


 そこは譲れませんと凛が言うので、大人しく従った。

 心無しか、恥じらいが伺えた。


「今日はありがとう」


 映画館を出た後、凛に礼を言う。


「映画、めちゃくちゃ面白かった。誘われなかったら見逃してたかもしれないから、すごく感謝してる」


 実際、とても面白かったし、凄く勉強になった。


 このシーンはあのシーンの伏線だったんだな。

 ここでヒロインにこのセリフを言わすかあ。


 視聴中、俺は何度も『そうきたかぁ〜!』という気持ちになった。


 実際に創作していると、また違った楽しみが出来るのでこれはこれで良きである。


「そう、ですか。……それは良かったです」


 ん……どうしたんだろう。

 

 やけに凛の歯切れが悪い

 妙にそわそわしているというか。


 何か言いたいけど、言うタイミングがなくておろおろしている。


 幼馴染の第六感が、そう囁いていた。


「どうしたの?」

「ふぇっ」

「なんか言いたげな感じがしてるけど」


 訊くと、凛は驚いたように目を丸めた後、ぎゅっと胸の前で手を握って、


「あのっ」


 一度、息を大きく吸って、おずおずとこんな提案をしてきた。


「ちょうどお昼時ですし……もしお時間よろしければ、どこか食べに行きませんか?」


 ランチのお誘いだった。

 思わぬ角度の提案に、虚を突かれた気持ちになる。


「あ、ああ、お昼ご飯ね、確かにお腹は空いたかも」


 別に悩む必要もなかった。


「行こうか、というか行きたい。帰ってもどうせ暇だし」


 家に1人でいるよりも、好きな人と過ごした方が良いに決まってる。


 俺の言葉に、凛は表情をぱあぁっと花咲かせた。

 その変化はまるで、大都市に夜景が灯る様を倍速カメラで眺めている時のよう。


 思わず惚けてしまいそうになる極上の笑顔に、顔の温度が一瞬にして上昇した。


「じゃ、じゃあ行くか」

「はい」

「ん」


 自然な動作で手を差し出す。

 きょとりと、凛が目を丸めた。


「あっ、ごめん、つい」


 先程ぷいされたのに、またやってしまった。


 慌てて引っ込めようとする。


 しかし、それは叶わなかった


 俺の手を、凛がひしっと掴んだから。


「……えっ」


 凛の表情を伺う。

 端正な顔立ちには──恥じらいと嬉しみの感情が見て取れた。


「特に深い意味はありません。今の私は機嫌が良いので……その……特別です」


 ふいっと、凛が横に視線を流す。

 

「……なるほど、じゃあ凛の機嫌をアゲアゲし続けたら、ずっと手を握ってられるってことか」

「そこ、調子に乗ったら怒りますよ」

「ひい、ごめん」


 大仰にリアクションを取ると、凛はおかしそうにふふっと笑った。


 そして、


「でも、まあ」


 前置きし、手を繋いでないもう一方の手で口元を隠してから、


「手、繋ぐくらいでしたら……いつでもしていいですよ」


 言われて、嬉しみメーターがぶっ壊れそうになった俺は、思わず自分から凛の手をぎゅっと握った。


 凛はちょっぴり驚いたようにこちらを見てきたが、すぐに口元を緩め、ぎゅっと握り返してきた。


 負けませんよ、とでも言わんばかりに。


 掌から伝わる凛の手のぬくもり、肌触り。

 それらの情報がやけに強く感じられて一瞬、今自分の歩いている方向を見失いそうになった。


 凛と手を繋いで、街中を歩く。


 その途中、ふと思った。

 もしかして凛がこの時間の上映時間を選んだのは……最初からランチも込みだったからとか?


「なんですか私の顔をジロジロ見て、顔がだらしなくニヤけてますよ気持ち悪い」

「にやにやは否定しないけどジロジロは否定させて!」


 まあ、訊くのも無粋というやつだろう。


 凛が俺と映画に行きたい、一緒にお昼ご飯を食べたい、そう思ってくれた。


 その事実だけで、充分だ。


「それで、なに食べる?」

「そうですねえ……」


 んーっ、と人差し指を顎に添えて考え込む凛。

 しばらくすると、凛が「あっ」と何かを見つけたように一方向を見た。


「久しぶりに、あそこ行ってみたいです」


 凛が指差した方向にあったお店は──。



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