第4話 幼馴染「一緒に帰りませんか?」

 放課後の図書館で執筆をする事が、俺のルーティンワークである。


 今日は普段よりも調子が良い。

 執筆を開始してから1時間ほど経つが、一度も指先が立ち止まることはなかった。


 なぜならば、


「あぁあぁぁ……なんで俺、あの時送信ボタン押しちゃったんだ……ああぁぁニラさん……」


 ただの現実逃避である。


 背けたい現実の密度が高ければ高いほど作業は捗る。

 余程ショックだったのか、書き上げるつもりのなかった最新話を書き終えてしまった。


「投稿、するか、明日の朝に回すべきか……」


 腕を組み、薄汚い天井を眺める。

 普段なら躊躇わずに投稿するところだったが、尻込みしていた。


 ……ニラさんからの反応がなかったら、どうしよう。


 昼休みにあんな不審者絡みしたから、可能性としては充分にありえる。

 想像すると、胸に鈍器で抉り取られるような痛みが走った。

 ニラさんの感想が、ニラさんの言葉が、自分の執筆活動においてどれだけ助けになっていたか、痛感する。


 うぅ……ごめんよう、作品に罪はないのに。

 作品の一番のファンに、初絡みで突然幼馴染愛を語るようなアホ作者でごめん。


 自分の浅はかな思考と行いに贖罪の念に駆られる。

 大自然の息吹を感じながらみんなでワクワク打ち水ツアー的なものを検索しそうになったその時、


「なに夏休み最後の日みたいな顔してるんですか」

 

 気がつくと、そばに凛が立っていた。


 不機嫌そうな表情だが元々の目つきが少々鋭いだけで至って通常運転。

 

 と思ったが少しばかり様子がいつもと違うような。


「なんでちょっと顔赤いんだ?」

「……っ」

「凛?」

「だ、暖房が効きすぎてるせいじゃないですか?」

「ああ、なるほど」


 確かに言われてみると、設定温度が少しばかり高いかもしれない。


「まあいいや。それで、何用かね?」

「高給取りの文官気取りとか気持ち悪いんでやめてください」

「言い回しだけでそこまで浮かぶの凄いね?」

「いいツッコミです。えっと……執筆終わりましたら、一緒に帰りませんか?」

「ほあ?」

「アホの子みたいで気持ち悪いんでやめてください」

「いや、だから凄いね!?」


 その才能俺が欲しいわ!


「今日は、橋下さんたちと一緒じゃないのか?」

「ゆーみんとひよりんは、先に帰りました」

「なんでまた急に」


 純粋な疑問を投げかけると、凛はわずかに目を泳がせてからこう答えた。


「……たまにはいいじゃないですか、幼馴染なんですし」

 

 凛の頬が、ほんのりと朱に染まる。

 その変化は、暖房のせいじゃない気がした


 素直じゃないなあと、内心で肩を竦(すく)める。


 凛の口調には棘があるが、それは俺に対する信頼の証だ。(と、俺は思っている)

 10年という付き合いもあれば、なんやかんや凛は俺に懐いてくれている。(と、俺は思っている)

 ただそれを率直に口にするのは照れくさいから、こうやって曖昧な言葉をセレクトして下校のお誘いをしてきたのだろう。(と、俺は思っている)


 え? ()の中身が気になるって?

 君のような勘のいいガキは嫌いだよ。


「今、なにやらとっても気持ち悪い事を考えられているような気がします」

「キノセイダヨ」

「テキストに起こしたらカタカナになりそうな声気持ち悪いんでやめてください」

「もう凄いねほんと!」


 というわけで、凛と一緒に下校することになった。


 本心を言うと、嬉しかった。


 お昼に『凛をざまぁ』する想像をして、メンタルがミキサーでぎゅるんぎゅるんされたような気持ち悪さを覚えていて。


 結構、いや、めちゃくちゃ会いたいなーと思っていたところだったから。


 最新話の投稿は、明日にすることにした。

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