第10話「ヴァイパーとの戦い(前編)」

「ほら、その呼吸だ」

「はい」


 本来ならリコラは彼ガラフではなく、レイチェルに稽古をつけてもらいたかったのだが、生憎と今日彼女はいなかったのだ。


「では、いよいよ……」

「そうだ、使ってみなリコラ」


 ガラフから手渡された銀のシャムシール、優美な形状を誇示するその曲刀はリコラの腕にも意外なほどよく馴染み、そして軽い。


「はぁ……!!」


 そのシャムシールの機構の一つ、《倍速ラッシュ》の発動に備えて、ガラフは微かにその顔を締めてみせる。自分の十八番ともいうべき身体加速能力である《倍速ラッシュ》系統のマシンリムであるが、彼も本格的な実戦からは離れているのだ。


 ジャ……


 しかし、リコラから発せられた曲剣の攻撃、《倍速ラッシュ》により加速されたその二段攻撃を防げたという事は、彼ガラフの実力も決して衰えていないという証明である。


「踏み込みが甘い!!」

「はい!!」


 お返しとばかりに振り払われたガラフの剣、それをシャムシールをもって瞬時に受け流す。やはり武器内蔵の《倍速ラッシュ》は、その武器を使用した時に良く効果を表すようだ。


 ギィン!!


「……くっ!!」


 だが、そのリコラが放つ《倍速ラッシュ》の力を帯びた斬撃をガラフは容易く弾く。本来ならばマシンリムの力を借りた攻撃は、同じくマシンリムの力を借りないと対抗できないのが常識であるのにだ。


「よし、いいぞ!!」

「はい、ガラフさん!!」

「その勢いだ!!」




――――――




「おう、ボウズ」

「あれ……]


 観客席に座っているノエル少年は、そのガラフの声に一瞬首を傾げたが、その後に何か気がついて。


「なんだよ、オッサン……」

「オッサンはないだろう?」

「フン」

「フフ……」


 知った顔だと気がつき、そのまま微かに顎を引いた。


「この隣、いいかい?」

「どうぞ……」


 ギラついた太陽が照らすコロシアム、その円形観客席にと佇む二人は、ジリジリと熱を持った席の上に尻を乗せながら、お互い何ともなく無言でいる。


「君もあのリコラ」

「リコラっていうのか、あの女」

「応援しにきたのかい?」

「まさか!!」


 その突如として大声を上げたノエル、黒髪の少年の声に近くを通りすがった物売りがこちらを振り向いた。


「ああお姉さん、飲み物とツマむ物を」


 そのノエルとは違いどこか呑気なガラフの声、その声を聴きながらノエル少年は、じっと無人の闘技場のリングを見つめている。


「ノエル君、だったね」

「ああ……」

「君のマシンリムの調子はどうだい?」

「うん……」


 物売りから買ったそのビールを傾け始めたガラフの声に、ノエルは僅かに躊躇いながらも自らのマシンリム、腕に装着された内蔵式の銃器をそっと太陽に輝かせた。


「つい昨日、元に戻った……」

「盗まれたな?」

「あのヴァイパーという野郎のマシンリム、そういうことか?」

「まあ、食え……」


 ツマみ、皿に入ったナッツを差し出した傾げたガラフの声に従い、ノエル少年はマシンリムを展開させたままアーモンドを一つ摘まむ。


「あのヴァイパーの奴のマシンリム、Aランクマシンリムは《奪取スティール》だ」

「《奪取スティール》……」

「しかし、な」


 ザァ……


 観客が席を覆い始めた、まもなくリコラとヴァイパーとやらの戦いが始まる。


「奴も災厄の日の影響によってか、マシンリムのランクが落ちたらしい」

「災厄の日……?」

「若い奴は知らないか」


――まもなく、リコラ選手とヴァイパー選手との戦いが始まります――


 その会場アナウンスの声、それを聴いた時に、ガラフはリングを囲む観客の中に見知った顔を見つけたようであるが、その彼女には気が付いていない振りをして。


「今では、Bランクの《複写コピー》にまで落ちているらしい」

「コピーか、俺の《銃器腕ガン・アーム》の能力はそれに盗まれたか!!」

「まあ、それを言ったら俺も災厄の日の影響を受けているがね」

「ちくしょう!!」


 ノエル少年はあまりガラフの言葉は耳に入っていないらしい。一人ピーナッツをバリバリと噛み締めている彼ノエルの横で、ガラフはよく晴れた天を見上げながら、その口に苦笑いを浮かべる。




――――――




「ランクA選手、ヴァイパー!!」

「ウォオ……!!」


 その観客の声はリコラの耳には入らない。またしても例のニヤケ顔を浮かべている相手、ロングコート姿であるヴァイパーの挑発するような、リコラを舐め回すような視線をキッと睨み返している。


「ヴァイパー、強いのは確か何だけどよ」

「楽しくないのよね、実際」

「気に入らねぇ……」


 時おり、そのヴァイパーにと何か恨み事のような罵声も響くのだが、彼ヴァイパーは全くその表情を変えない。


「ランクC選手、リコラ!!」


 ウォウ……!!


 リコラはその片手に剣、ガラフから貰ったシャムシールを携えながら、キッとヴァイパーのその顔を睨み付ける。


「嬢ちゃんよぉ……」


 低く、相手を嘲るようなヴァイパーの声。それを聴いた時にうなじがささくれる感覚をリコラは抑えながら、その身を僅かに堅くさせる。


「俺のキスの味、どうだったよ?」

「……」

「初めてなんだろ、え?」


 無論、リコラにはそのヴァイパーの言葉が挑発であることは解っているが、彼女はまだ若いのだ。


――ゴォーン!!――


 その始まりの銅鑼の合図と共に、リコラはその怒りを爆発させた。


 ギィン!!


 だがヴァイパーもさるもの、例によってその手をリコラにと向けたまま、もう片方の右手でリコラから放たれた剣撃を防いでいる。


「ヒュウ……!!」


 そのリコラの曲刀シャムシールによる一撃を自らの剣によって弾き返したヴァイパーはそのまま、力強くリコラを押し返す。しかしリコラは《姿勢制御バランサー》のマシンリムを駆使してヴァイパーからの圧を受け流し、そのまま二撃、三撃とシャムシールによる剣を与え続けた。


「その剣、ガラフの野郎のモンか!!」

「ガラフさんを知っているか、お前は!?」

「懐かしい奴だ!!」


 そう口を動かしている間にもヴァイパーはその剣、そして手の平をリコラに向け続けるのを止めない、器用なものだ。


「それじゃ、いっちょ行きますか!!」

「!?」


 ゴゥ!!


 突如として剣の勢いが増したヴァイパー、彼はその頬を歪めながら、リコラにと剣による連続攻撃を加える。


「Bランク、《自動残撃モーターソード》ってね!!」

「くっ!!」


 その立て続けに繰り出される剣の力にリコラは堪らず、自らのマシンリム《万能兵装ウィング》の浮力を借りて空中にと退避した。


「おっ、と勢いが……」


 ヴァイパーはどうした事か、その場でしばしのあいだ「たたら」を踏んだが、勢いが付きすぎたと思われる剣を投げ捨て、その空いた手もリコラにと向ける。無論もう片方の手は先程からリコラに向けたままだ。


「ちっ、あのボーヤの《銃器腕ガン・アーム》は使用期限切れか!!」

「こちらの手番ね!!」


 ボゥ!!


 その隙を縫って、リコラは空中からハンドガンによる射撃をヴァイパーにと投げつける。加速型の《倍速ラッシュ》によるおまけが付いたその銃撃はヴァイパーの身体を撃ち、彼を僅かにたじろがせる。


「これなら!!」

「くそ、やるじゃねえかバージン!!」

「舐めるんじゃないわよ!!」

「さすがにやっこさんのマシンリムはAランクはあるのかもしれん、上手く《複写コピー》で盗めん!!」




――――――




「やるな、アイツ……」

「どうかな、ノエル坊や」


 歓声に沸き立つ観客席、ガラフはビールを飲みながらもその声には呑まれない所に、彼の戦士としての実力が感じられる。


「いずれ、ヴァイパーに《複写コピー》される」

「そうね、ガラフ」

「……」


 その、自らの背後にと回ったレイチェルにはガラフは目を合わせない。いや、一旦あわせたのたがガラフの方からその外してしまったのだ。


「……やはり、レイチェルとは距離が遠いな」


 無理もない、二人にとっては過去の汚点とも言うべき話なのだ。リコラの親の件もある。


「あっ!!」


 そのノエル少年が上げた大声、それを聞いたガラフとレイチェルはそのまま、彼の指差す方向にとその目を向ける。


「ヴァイパー選手、盗んだー!!」


 その観客達が見つめる先、そこにはリコラと同じくその背から翼を生やしたヴァイパーの姿があった。


「さすがAランク、こりゃいい……」

「……くっ!!」


 ヴァイパーがどうやって相手のマシンリム能力を知っているのかは解らない。しかし理屈はともかく彼ヴァイパーが《複写コピー》の能力で奪いとったマシンリムを使いこなすには支障がないようだ。


「どうする、リコラ選手ー!?」

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