第7話「アタック」

「ねえ、ガラフさん」

「ん……」

「レイチェルさんとは、本当に最近会ってないの?」


 闘技場の受付を済ましながらの話ではあるが、リコラにしてみれば彼らの仲が「より」を戻せないこと、それは悲しい事なのだ。


「もう随分昔の事じゃない」

「俺達にとってはな、リコラ」

「うん」

「昨日の話なんだよ、未だに」


 受付に張り出された、出場選手のチラシを見つめながら、ガラフはどこか他人事のようにそう呟く。


「あまり、人の事に口を突っ込むな」

「……」

「ああ、そうだリコラ……」


 そのままその場から立ち去ろうとしたガラフは、コートに包まれた背をリコラに向けながら、壁に貼り付けられている紙の内、一枚を指差し。


「この、ヴァイパーという男な?」

「え?」

「気を付けろ……」


 と、言ったきりこの場から立ち去っていく。


「……」

「リコラさん?」

「あ、はい……」

「試合、二時間後だニャ」


 その機械ネコの言葉を聞いたリコラは己の頭を軽く振り、ガラフ達の間柄からその考えを離して、ネコに顔を向ける。


「いやなら、明日でもいいニャ」

「いえ出ます、大丈夫です」

「借金はもう返したんだニャ?」

「返しました」

「よし、だニャ」


 そこまで言って、機械ネコはそのまま低く声を落とし、自らのパサついた髪を撫でているリコラを方にじっとその視線を向けながら。


「気を付けるんだニャ」

「何を、ですか?」

「最近サタナキアの者が、この闘技場に出ているニャ」

「……」


 己の毛繕いをしつつ、唸るような声でそう言い放った。




――――――




「赤コーナー、ランクCリコラ選手!!」


 リコラにとっては二回目の闘技場である、夕闇の中で陽炎が漂うこの闘技場、その足場を革のブーツで強く踏みしめる。


「青コーナー、ランクBフェンサー選手」


 リコラにとっては聴かない名だ。もっともそれをいったらリコラも全くの無名の選手であるが。


「……」


 選手、この野良闘技場に出場しているリコラではあるが、彼女は何故自分が闘技場に出ているかは解らない、遺跡探索の為に戦闘訓練という事はあるが。


「レディ……」


 その遺跡探索の動機自体が、単なる冒険心から来るものなのだ。何か事情があったガラフ達とは違う。


「ゴー!!」


 生きていく為にお金を稼ぐ。もちろんそれは動機の一つではあるが。


「フェンサー選手、身構えている!!」


 フェンサーという男、彼はその手のひらを何やら大きく天にと振りかざし、そのまま口元で小さく言葉を呟いている。


「さて、どうするか……」


 彼女リコラは自らのウィングを展開させつつそのまま低い唸り、駆動音を立てさせながらそのフェンサー選手の周囲を旋回する。その手には何も構えない。


「剣で攻めるか、ハンドガンで攻めるか……!!」


 しかし、その相手の周囲を回っているリコラの姿にもフェンサーはその視線を送るのみであり、身動きをしない。


「反撃を狙っているかしら、ならば……」


 その時。


「何!?」


 フェンサーの身体が強く跳ね、その両の手のひらに出現した銃、それをもってリコラにと襲いかかる。


「くっ!!」


 その両手に持ったピストルからの銃撃の連射、弾丸がリコラの咄嗟に展開させた《防御壁フィールド》の幕を強く叩き、沈み行く太陽の光を浴びて紅く輝くそれを徐々に減衰させていく。


「フェンサー選手、もーのすごい連打だー!!」


 《防御壁フィールド》のパワーか無くなっていく、その事に慌てたリコラは《防御壁フィールド》を展開させたままもう一つ、《倍速ラッシュ》の力を使う事とし。


「《倍速ラッシュ》!!」


 その《倍速ラッシュ》の勢いをまま、その手に持ったハンドガンでフェンサーの銃撃に応戦しようとする。


「なかなかやる、俺の《速射銃ファスト・ガン》の攻撃を防げるとは!!」


 低くくぐもったフェンサー選手の声、その声を聞きながらもリコラは相手のハンドガンによる銃撃は《防御壁フィールド》に当たるに任せ、己れのオートマチック・ピストルをもってフェンサーの身体に損害を与えようとした。しかし、火力では二つのハンドガンを持っている相手の方が有利だ。


「このままでは、ジリ貧だ!!」


 確かにリコラが言う通り、彼女は相手からの弾幕に押されている。《防御壁フィールド》が崩壊したら、一気に勝敗がついてしまうだろう。


「くっ!!」


 だが、その時運はリコラに味方した。彼女が偶然にも太陽を背にしたことにより、フェンサーの目を夕陽が射抜いたらしい。


「リコラ選手、テクニシャンー!!」

「ウォー!!」


 審判の女性と観客達の声も耳に入らず、そのままリコラは万能兵装ウィングの出力を上げるために、コロシアムの床を浮揚しながら自らの背にと力を込める。《防御壁フィールド》と《倍速ラッシュ》の同時発動だ。


「同時発動は負荷が大きいけど……!!」


 一人での訓練で何度も試した事だ。ウィングの機能は一度に二つの部分でしか発動出来ない。《防御壁フィールド》を切る訳にはいかないとなれば、残りの能力は攻撃型の《倍速ラッシュ》に回すしかない。


「くそ小娘め、俺のマシンリムはランクBのはずだ!!」


 バォ!!


 視力が回復したフェンサーはなお攻撃、そして走る速度に勢いを増してリコラにと攻撃を仕掛ける。もしかするとこのフェンサーにも「《倍速ラッシュ》」の能力が発動しているのかもしれないとリコラは思う。


「いざ!!」


 リコラはそのまま、バースト寸前の《防御壁フィールド》の力を信じて《倍速ラッシュ》の加速力にて剣を持ち相手にと迫る。もしかするとこのフェンサーにも接近戦の心得があるかもしれないが、どちらにしろこのままでは勝ち目がない。《防御壁フィールド》が破られたら、その銃弾はリコラの身体を容易く捉えるであろう、それほど相手の弾丸の「キレ」は鋭い。


「《防御壁フィールド》!!」

「何ですって!?」


 フェンサーにも防御壁フィールドが備わっていたようだ、《倍速ラッシュ》により加速されたリコラの長剣ロングソードがその赤い《防御壁フィールド》のパワーにより滑り、そのままリコラは空中へフラフラとその身を泳がす。


「バ、《姿勢制御バランサー》!!」


 一瞬リコラは《防御壁フィールド》か《倍速ラッシュ》のどちらを切ろうかと迷ったが、その答えは《防御壁フィールド》の自動解除により判断する必要が無くなった、不安定な体勢になったが為にバーストしたのだ。


「止めだ、小娘!!」


 その空中で停止してしまったリコラに対して、その身を急速後退させたフェンサーがもろ手で放つ銃弾、リコラは《姿勢制御バランサー》の力を使ってどうにかその射線から身体を離し、そして。


「《倍速ラッシュ》!!」


 再びのリコラが扱う《倍速ラッシュ》、自身の身体と反射神経を《倍速ラッシュ》のパワーで加速させ、その力にて彼女の軽い身体は宙を泳ぎ赤い夕陽に照されつつに、高速弾を放ち続けるフェンサーにと迫る。


「リコラ選手、特攻かー!!」

「いいぞ、姉ちゃん!!」


 しかし、そのリコラの突撃に対して再びフェンサー選手が放つ《防御壁フィールド》、反発力を持ったその力場に対し、リコラは己れの復旧が終わったばかりの。


「《防御壁フィールド》!!」

「何!?」


 蒼い《防御壁フィールド》をもってして相手の赤い《防御壁フィールド》を押し込む。そればかりではなく、リコラは《倍速ラッシュ》の力も借りて、自身の剣を相手にと突き付けた。


「くっ!!」


 一撃、その攻撃をもってフェンサーはその身体のバランスを崩し、そのまま己れの足元の車輪から煙を吹き出させる。二撃目をもってしてリコラはフェンサー選手のピストルをその手から弾き、長剣ロングソードを相手の喉元にと突きつける。


「……参った」


 それでもフェンサーは暫く隙を伺っていた様子であったが、リコラはその彼の挙動には油断をしない。レイチェルから習った戦いの礼儀だ。


「……十!!」

「何だ、あの女の勝ちか!?」

「リコラ選手の勝利です!!」

「ちくしょう、金返せぇ!!」


 その観客席から聴こえてくる歓声と罵声、それにリコラは片手を挙げて答えつつも。


「……貴様、名前は」

「リコラ、リコラよフェンサーさん」

「サタナキアに属する俺に恥をかかせたこと、いずれ後悔させてやるぞ」

「……」


 サタナキア、その言葉には身を竦めるしかない。あまり聴きたくのない組織の名前である。

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