第24話
五月の終わり。
定期テストが終了し、体育祭から続いた行事ラッシュは一段落した。
想像通り、ちゃんと勉強した人としていない人の差は試験を受ける時からついていた。
科目係である俺からすると、全員出してくれるのが一番ありがたいのだが期限に間に合わなくて提出出来ない人も多かった。
名簿を用意して、出している人と出せていない人をチェックしないといけないのでとても面倒であった。
テスト自体は特につまることなく、解き進めることが出来た。
そして吉澤や葵も、言うまでもなく順調だったようだ。
古山もここまで出来たのは初めてだと、意気揚々としていたので、感覚として十分に解くことが出来たらしい。
試験返却は、試験明け一週間後。吉澤との勝負や、古山がどれくらい出来るようになったのかなど気になることは多い。
だが、そんな試験の事など他の生徒たちはもはや頭にはない。
今、生徒たちの頭の中でいっぱいになっていることとは。
「えー、試験お疲れ様でした。今日のHRでは来月にある宿泊学習についてそろそろお話を始めようかと思います」
担任のその言葉に、みんなが一斉に盛り上がる。
六月の中旬に予定されている宿泊学習。
古山との会話の中でも出てきた一年生の中ではかなり大きなイベントと言って良いものだろう。
「皆さん盛り上がるのはいいですが、目的は学習ですからね? そこをしっかりと頭に入れてくださいね」
盛り上がる生徒たちに、担任が落ち着かせるようにそんな言葉をかけるが、誰も聞いていない。
「予定としては二泊三日。自主学習時間以外に課外活動としては野外炊事、カヌーなどの体験授業や学年でのレクリエーションなどが計画されています。グループの割り振りなどは、しおりが完成してから決めようと思います。ただ、レクリエーションでの出し物などは練習する時間も必要かと思いますので、早めに決められたら良いのでは考えています」
宿泊学習、修学旅行あるある。夜に学年全体で集まったときに何か出し物をしなくてはならない風潮。
これは中学から変わらないのか、とため息が出てしまう。
大体こういう時のレクリエーションというのは、女装やダンスなど派手なことをやらないといけないことが多い。
陽キャのイケイケのグループはこういうことを楽しめるかもしれないが、陰キャ寄りの俺からすると苦痛でしかない。
いつも思うが、こういうことはやりたい人たちだけがやればいいと思う。
その方が目立つので、やりたい人からしてもよりやりがいがあるだろうし。
「男子は女装してダンスでもやろーぜ!」
「それいいな! 女子の制服でも着れば面白いんじゃね?」
早速、イケイケメンバーが勝手に話を進めて盛り上がっている。
嫌な顔をしている生徒もいるが、スクールカーストに逆らえずに何も言えない。
俺も嫌ではあるが、代替案が思い浮かばないので黙っているしかない。
「男子はそのような意見が出ていますが、女子の皆さんは何かしたいこととかありますか?」
女子生徒にも話を振るが、誰も提案をしようという人はいない。
このクラスではこのようなことに関して、やろうと先導する女子はいないらしい。
その様子を見て、更にイケイケメンバーが話を進めようとする。
「女子にも可愛く踊ってもらえばいいんじゃない?」
それ、単純にお前がこのクラスの女子が踊ってるの見たいだけなのでは?
隣では、吉澤が渋い顔をしている。それに対して古山と葵の表情は変わらない。
古山と葵はこういうダンスみたいなことは普通に出来るのだろうと容易に想像がつく。
一方で吉澤がこういうことが苦手なのと、このようなノリが苦手なのもあってこの表情、といったところか。
「では、うちのクラスではダンスをするということでいきますか?」
担任は他の意見が出ないので、さっさとイケイケ組が勝手に進める話に乗っかろうとする。
「ま、待ってください。ダンスはともかく女装、しかも制服だなんてどうやって用意するんです?」
このまま話を進められるのはたまったものではないと、一人の男子が勇気をもって質問をぶつけた。
確かに、尤もな質問である。
「そんなの女子の友達借りればよくない?」
「い、いや……。そんな簡単そうに言うけど……」
「実際のところ、簡単じゃん?頼むだけでいいんだから」
イケイケ組としては、女子から制服を借りることの何が難しいのかと本気で疑問に思っている。
「まー、借りれないならペンライトでも持ってオタクの動きでもすれば?」
「それ面白いな!借りれなかったやつそうしようぜ!」
頑張ってぶつけた質問はむなしく、更に都合の悪い流れを作ってしまった。
「……今日すぐに決めないといけないことですか? 出来ればもう少し考える時間があっても良いかと」
この勝手に決まる雰囲気に堪えかねたように、吉澤が担任にそう提案する。
基本的に吉澤はいつも静かにしているので、提案を受けた担任は少し驚いた様子を見せた。
「わ、分かりました。そうですね、女子からはまだ一つも提案が出てないわけですし……」
「あれ、莉乃ちゃん嫌だった?」
「……」
男子の声かけに特に反応する様子はない。
俺の前では普通に話をするようになったけど、他の男子の前では相変わらずこのような雰囲気である。
「しおりは来週完成予定で、配布とともに大まかな話を体育館で行います。その後に部屋割りや野外炊事のグループ決めを行います。なので、グループを大体作っておいてもらえると嬉しいですね」
担任から今後の予定の話が伝えられて、今日の授業は終わった。
「はぁ……」
「珍しいね。莉乃がこういう時に発言するなんて」
「男子にこちらのことまで勝手に決められるなんて、たまったものではありませんよ」
「まぁそれに莉乃ダンス壊滅的だもんね……」
「そ、それは関係ありませんけどね……!」
「女子は吉澤の一言で変えられそうな気配が出てきたけど、男子はこのままあの提案が通りそうだな……」
「女装の話?」
「どうするかな……。妹に借りるしかないのか……?」
「いや、妹さんだって桑野くんが宿泊学習中も学校に行くから普通に借りるのは難しくない……?」
「それに実の兄に制服を素直に貸すとも思えないのですが……?」
二人にドン引きされた顔でそう言われたが、確かにその通り。
「○ね!」とか言われるに違いない。
でも、妹以外に借りれそうな相手はいない。
葵?絶対にあり得ないね。どんな面下げてあいつに借りるのか。
絶対にニヤニヤしながら煽られるに決まってる。
「オタク芸でも極めるかぁ……?」
「あ、頼れる人いないんだ」
「可哀想ですね……」
俺がポツリと言ったことに更に追い討ちかける二人。
貸してくれるとまでは言わなくていいから、せめて慰めの一言でも古山ぐらい言ってくれると思った俺が甘かった。
吉澤には……期待してない。予想通りって感じだ。
部活に向かう二人を見送りながら、自分の荷物の片付けをして帰路に着く。
とりあえず、ダメ元で妹に情けを乞うだけしてみようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます