第3話 氷上の貴公子は、隣の席

 夜遅くまで楽譜と格闘していたせいで、一限目の小テストの存在を忘れていた。

 

 二十点満点中六点。

 ひどい。英語は得意なのに。


 がっつり赤が入っている現実がにわかに信じられず、

「あの、私こんなに間違ってた? 」

 と丸付けをした隣の霧崎きりさき君に訊いた。


 そしたら鋭い目で見られて、あぁ昨日先生にもこんな目で睨まれたな、と思った。

 霧崎君は少しの間無言だったけど、やがてこちらに身体を向けて、


「間違ってるよ」

 と言った。


 そして私の手からプリントを取り上げると、正しいスペルを横にさらさらと赤で書いた。

 綺麗な字。てか、指細い。

 

「r一個足りないじゃん。他もそんなんばっか」

「ほんとだ……」

「人に聞く前に自分で確かめろよ」

 

 冷たい声と共に、プリントが突き返された。

 私は顔が真っ赤になった。


 初めて喋ったけど、霧崎君って、こんなに嫌なヤツだったの。

 霧崎君のファンだというあの子とあの子に言いふらしたい。

 氷上の貴公子、リンクを降りたらただの嫌味な優等生だよ! 


 私は胸の中で悪態をつき、小テストを見つめる。

 ……これ、メルカリに出したら売れるかな。

 世界ジュニア銅メダリスト、霧崎洵きりさきじゅん直筆赤ペン先生。



 先月BSでやってた霧崎君の世界ジュニアの演技は、私も見た。

 悔しいけど、あれはなかなか格好良かった。


 ショートはサン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ。

 本来のオーケストラ版ではなく、なぜかピアノ伴奏版の方。

 私は前にアンサンブルでやったことがあるから、演技を見てたら自然と指が動いた。

 一緒に見ていたお母さんは、完全に目がハートになってた。

 あなた本当にこの子と同じ学校なの?って。

 面倒くさいから今隣の席だってことは言ってない。


 フリーは、エリザべート。

 死神とお姫様のミュージカル。

 霧崎君って宝塚とか見るのかな。

 一個ジャンプ転んでたけど、このエリザベートはすごかった。

 ドラマチックで、ヒリヒリと胸に迫って、強い生命力に溢れてた。

 キスクラでは、いつものポーカーフェイスに戻ってたけれど。


 クラスにスター級のフィギュアスケーターがいる。

 それも隣の席ってどんな気分? 

 ……って言われても、別に普通だよと思う。


 私は霧崎君とは話さないし、霧崎君は他の子ともあまり話さない。

 何を考えているのか分からないし、その端麗な容姿も、教室に一歩足を踏み入れれば、統一された制服の群れに埋没してしまう。

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