第13話 四人目

 ホテルの部屋から見える景色は海が見えるのだけれど、車道が無いため少し寂しい感じの街灯がちらほらとあるだけだった。まだ深夜というには早い時間なのだが、今日は風が強いせいなのか歩いている人影は見当たらなかった。

 そんな中落ち着きない様子で部屋の中を歩いている少女がいるのだけれど、何か探し者でもしているのだろうか。俺はわけを聞こうにも、話しかけるなというオーラが出ているのでどうする事も出来なかった。


「あのさ、このホテルってトイレって部屋についてるやつしかないのかな?」

「さあ、ここは大浴場とかは無いけど、フロントのある一階とかレストランとかがある二階にはあるんじゃないかな?」

「そうなんだ、よかった。ちょっと売店に行ってみたいんだけど、部屋の鍵を渡してもらってもらえるかしら?」

「鍵なら入り口のとこに刺さっているカードキーなんだけど、それを持っていくとこの部屋の電気が止まっちゃうんだけど」

「霊能力があるなら真っ暗でも平気なんじゃないかしら。それに、お兄さんはそういうの気にしなそうだし」

「いやいや、テレビを見てるし気にするでしょ」

「じゃあ、一緒に行ってあげるから早く準備しなさいよ」

「なんで一緒に行かなきゃいけないのさ。何か買って欲しいものでもあるのかい?」

「え、そうね。飲み物とかあると嬉しいかな」

「仕方ないな」


 俺は財布と携帯を手に持つと、カードキーを抜いて携帯のケースに入れておいた。これを無くすと面倒な事になってしまいそうだし、絶対に無くさないところに入れておくのが一番だ。

 そのまま売店のある一階に降りたのだけれど、売店は閉まっていて自動販売機があるだけだった。俺は何か飲み物を買おうかと思っていると、草薙家の三女は売店には目もくれずにトイレへと駆けこんでいった。トイレなら部屋にあるのを使えばいいのにと思っていたけれど、女の子には色々あるのだと思ってその場で待つ事にした。


 俺は七台ある自動販売機にある商品の数を数えてみたり、全ての商品の値段を足してみたり、似たような商品がどれくらいあるのかを数えてみたりしていると、草薙家の三女が少し恥ずかしそうに歩いてきた。


「間に合わなかったのかな?」

「ちょ、そんなことないし、間に合ってるし、言わせんなって」

「ごめんごめん、でも、トイレなら部屋のを使ってもいいんだよ」

「いや、ちょっとそれは恥ずかしいって言うか、音とか匂いとか気になっちゃうから」


 俺はその話題を広げないようにしようと思って、何が飲みたいのか聞いてみると、チョコが食べたいと言い出した。売店を指差して閉店している事を理解してもらうと、草薙家の三女は少し寂しそうに肩を落としていた。

 このホテルの近くにコンビニがあったのを思い出して、そこまで行ってみるのか聞いてみると、嬉しそうに返事をしていた。そんなところはまだ子供なんだなと思ってみてしまった。

 人気のない道をしばらく歩いていると、部屋から見えた公園があった。上から見た時はそれほど大きい公園ではないのかと思っていたけれど、下から見ると木が密集していて奥まで見ることが出来なかったためか、割と大きい公園のようにも見えていた。


 コンビニでチョコとプリンを買った帰り道、ちょっとだけ海が見たいとの事で海沿いを歩いて帰る事になった。息子が産まれる前に妻と何度が歩いたこの道も当時とは少し変わっていて、妻に呪いをかける前に一度来るべきだったかと思ってしまった。


「お兄さんって、会う前まではやばいやつかと思ってたんだけど、こうして一緒にいるとそうとは思えないんだよね」

「でも、やった事はいい事じゃないからそうとも言えないかもよ」

「それはそうなんだけど、お兄さんにも言い分はあるんでしょ?」

「まあね。妻をあんな風にしたら普通におかしい人だと思うよね」

「それもあるけど、もっとうまくやれば私にも気付かれずに全て終わらせられたんじゃないの?」

「そう言われてしまったら元も子もないけど、俺は君みたいな人に見つけて欲しかったのかもね。俺の妻は能力者だと思い込んでいるんだけど、実際は感じることが出来る程度の人なんだよね。俺は小さいころからそういう人を見てきたし、父親以外で能力がある人を見たことが無かったんだよ。それで、父親も大ぴらに能力をひけらかしたりはしてなかったんで、本当の能力者は力を隠すものだと思っていたんだよね。そんな時に、柏木から草薙家の話を聞いたんだよ。その時は衝撃を受けたよ。能力は隠す為じゃなく人のために使う事も出来るんだって。でも、俺は他人の為に使うってことがどうしても出来なくて、自分の為に使おうって決めたんだよ。その結果、君のお姉さんを死なせてしまう事になったんだけど、その点は申し訳ない心から思っているよ」


 僕の話を聞いていたのか聞いていないのかわからないけれど、少女は僕の方を見て笑顔を見せてくれていた。


「誰でも隠したいことは有ると思うんだけど、お兄さんの場合は普通とちょっと違うだけだよね。私もお兄さんに謝らないといけないことがあるんだよね」


 そう言いながら街灯の光から外れると、少し思いつめたような表情になっているように見えた。どこからかやって来たのかわからないけれど、ほとんど実体のない子供が少女の手を掴もうと自分の手を伸ばしているのだけれど、その手は届くことは無かった。少女は子供に向かって人差し指を指しながら呪文を唱えると、その子供は光に包まれながら天に還っていった。


「私はね、お姉ちゃんが苦手だったんだ。私より先に産まれただけなのに偉そうにしているし、下のお姉ちゃんもお兄ちゃんもお姉ちゃんがいたから死んだようなもんだしね。でも、下のお姉ちゃんもお兄ちゃんも私が産まれる前に亡くなったらしいんだよ。お兄ちゃんは本当にこの世に存在したかもわからないけれど、家族以外にはみせない写真とかビデオに私が知らない男の子が映っているんだよね。草薙家ってご先祖様がとんでもない呪いをかけられたせいで男児は生まれない家系なんだけど、何代かに一度だけ男児が生まれるみたいなんだ。柏木さんから聞いてるかもしれないけれど、そういう呪いってどんなに頑張っても解けないんだよね。解けても何かあるわけじゃないし、そんな事はどうでもいいんだけど、男児が生まれる時ってのは決まって良くないことが起る前触れだって言われてるのよ。今のところ、その予兆も無いんだけど、備えておくのは大事だと思うのよね。お母さんもおばあちゃんも言ってるんだけど、お姉ちゃんって能力者としてはイマイチなのよね。言い方は悪いんだけど、一応草薙家の娘なんでそれなりに対処は出来るのよ。でも、対処が出来るだけで解決は難しいと思うのよね。それで、そんなに大変じゃなさそうだけど急を要する時にとりあえずでお姉ちゃんが行く事が多いのよ。お兄さんの家ってそんなに難しい事じゃないと思ってたんだけど、事態が急にコロコロ変わりだしてしまったじゃない。本当は私が行っても良かったんだけど、お姉ちゃんが柏木さんと仲が良いからって行っちゃったのよね」


 そんな大事な話を俺にしてしまっていいのだろうか?

 こんな話を聞いてしまったら、もう元の生活に戻ることは出来ないんじゃないだろうか。


「お兄さんから見てお姉ちゃんは騙しやすかった?」

「うん、あのお姉さんだけを見ていたら草薙家もそんなにたいしたことないのかと思ってしまったよ」

「お兄さんって正直なのね。あんなにひどい嘘をついていたのに、私の前だと正直になってしまうのかな?」


 そう言いながらも笑っている少女の後ろに立っている二体の鬼がこちらを睨みつけているせいで、俺はその場から動くことも出来ずに冷え切った汗を出していた。


「お兄さんを今すぐ殺すとかは無いから安心してね。お姉ちゃんが死んだことで私の立場も発言力も元に戻ったんだし、お兄さんが殺さなかったとしても私が殺しちゃったと思うのよね。でも、あの守り神ってお兄さんのアイデアなの?」

「アレは偶然見つけたんだけど、何体かの違う神の守り神を一か所にまとめると争いが起こるんだよ。もちろん、全ての神がそうだってわけじゃなくて、武闘派な神にその傾向が強いかもしれない。で、家の中に争いの場を設けようと思って、あの場所を作ったんだよね。出来るだけ狭い場所に密集させてると効果が高いような気がしたんだよ」

「残念だけど、そんなに直接的な効果はなかったんじゃないかな。私も一部分しか見てないんでハッキリとはわかっていないけど、あの家ならそんな事をしなくても近いうちにどうにかなったと思うんだよね」

「そうか、ちょっといい線行ってたかと思ったんだけど、あんまり意味がなかったのかもね。そう言えば、お兄さんって私の事名前で呼んでくれないのね」

「ごめん、名前を知らないんだ」

「顔も名前も知らない相手をホテルに連れ込んだらダメじゃない。仕方ないから教えて上げるけど、私の名前は鵜崎美春よ」

「鵜崎? 草薙じゃないの?」

「草薙はおばあちゃんの旧姓なのよ。おじいちゃんもお父さんも婿養子なんだけど、おじいちゃんの家の名前を継ぐことになったとかで、草薙から鵜崎に変わったみたいなの。草薙は芸名とかペンネームみたいなものだと思ってくれたらいいと思うよ。で、お兄さんはこれから奥さんをどうしちゃうのかな?」

「今の状態を変えるつもりはないけど、何かアドバイスとかあるのかな?」

「そんなものはないんだけど、病室の守り神は四つ角に置いた方がいいじゃないかなって思うよ」

「ちょっと待って、どうして病室にも守り神を置いているってわかるの?」

「私の代わりに見てくれる人がいるからね。例えば、ほらそこにも」


 鵜崎美春が指をさした先にはカラスがこちらを向いていた。特別大きいわけでもなく見た目は普通のカラスだった。


「その子は今のところ私の支配下にはいないんだけど、その気になれば今からでも偵察に行ったりできるんだよね。カラスだけじゃなく他の動物や虫でもいいんだけど、お兄さんには出来ないかな?」

「俺に出来るのはせいぜい、俺が呼び出した奴と契約するってくらいだよ。契約って言っても俺が満足したら一方的に破棄してしまうんだけど、それはやめた方がいいかな?」

「お兄さんだけが得をしたっていいと思うよ。向こうだってこの世界に来られたのはラッキーな事だと思うんだけど、同じやつに二度目に会った時は気を付けた方がいいと思うよ」


 気温的には寒くないのだけれど、長時間海沿いにいるせいで体が冷えてきていた。俺は部屋に戻ってシャワーを浴びようと思ったのだけれど、鵜崎美春に先と後ならどちらがいいか聞いてみた。後が言いそうだ。


 部屋に戻ってシャワーを浴びていると、それほど音量は上げていないはずなのにテレビの音声が聞こえてきた。これだけクリアに音が聞こえると、女子としては部屋のトイレは使いずらいだろう。俺はなるべく浴室もトイレも汚さないように気を付けて使用した。鵜崎美春は俺が出てもすぐに入ろうとはせずに、どうして今なのだろうというようなタイミングでシャワーを浴びに行った。このクイズの答えは気にならないのだろうか?


 シャワーから上がってきた鵜崎美春は上下とも丈の短いパジャマを着ていて、これなら下着でも変わらなそうだと思った。


「お兄さんが気になっている事を一つだけ教えて上げるね。柏木満智子さんにかかっている術はもうすぐ解けそうです。お兄さんはこれからどうするのかな?」

「そうだな、面会が出来たとしても体に触れられなければ意味が無いし、このまま運を天に任せるだけかな」

「そっか、そっち方面は出来ないわけね。よかったら、私が代わりに殺してあげようか?」

「いやいや、まだ高校生の君にそんな事はさせられないよ。その時はその時で、どっちの言い分を信じてもらえるかに賭けることにするよ。俺の方を信じてもらえるとは思うけどね」

「それはどうだろうね、最初と言っている事が変わったとしても、その後の事に一貫性があればそっちを信じちゃうかもしれないよ。それに、私が殺すわけじゃないから私の手は汚れたりしないよ」


 簡単に殺すと言っているけれど鵜崎美春はそれを簡単にやってのけそうだと思う。方法はわからないけれど、何か思いもよらない方法でやってくれるだろう。


「言っても日本の警察は優秀ですし、どうやって忍び込んで殺害するのですか?」

「それは企業秘密だけど、この場合は虫を使うと思うよ」


 常人には理解できない話ではあるが、柏木が大人しくなるならそれで満足だ。俺は鵜崎美春に一言お願いをしてきた。


「成功したら、お兄さんの子供が欲しいな」

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