挿話1 修道女ジェシカ

「た……助けてくださいっ! き、教会に盗賊が! それも五人もっ!」


 夜の街を走り抜け、騎士様の駐在所へ飛び込むと同時に事情を話すと、


「落ち着いてください。順を追って分かるように説明してくださいますか?」

「ですから! 今、教会に、盗賊が来ているんですっ!」


 のんびりとした様子の若い騎士が声を掛けてきて、思わず苛立ってしまう。

 ……私は神に仕えしシスターなので、心を穏やかにしようと思っているけれど、流石に今は仕方がないだろう。

 ウィルさんが盗賊を無力化してくれているけれど、他にも仲間が隠れていたり、別の場所から他の盗賊が来るかもしれない。

 ウィルさんは国を救った英雄で、凄く強いけれど、その一方で悪魔の呪いによって極端に体力が無いのは、私が誰よりもよく知っている。

 だから、一刻も早く戻らないといけないのにっ!


「ん、随分と騒がしいけど、どうかしたのか?」

「あ、先輩。こちらの女性が、教会に盗賊が来たと……」

「ふぅん。で、その被害届って訳か。とりあえず時間も時間だし、明日にでも出直してきてもらってだな……」


 奥から出て来たやる気の無い騎士の対応に、苛立ちが更に募り、


「だから、今まさに盗賊が来ているって言ってるでしょっ! それを、ウィルさんが一人で押さえてくれているのっ! 盗賊は少なくとも五人! 早く何とかしてくださいっ!」

「なっ……今居るのかよっ! 話が違うじゃねーかっ!」

「私は最初から、そう言っていますっ!」


 ちょっとだけ怒ってしまった。

 だけど、ウィルさんを助ける為なのだから、少しくらい神様の教えには反してしまってもしかたないでしょ。

 だって、あの悪魔が国を襲った時、壊れた家から私を救いだしてくれたのは、神様ではなくウィルさんなんだもの。


 そこから騎士様たちが大慌てで出撃準備を整え、最初に対応した若い騎士が留守番で、残りの四人の騎士様が教会へ来てくれる事になった。

 気を引き締めて再び教会までの道を走っていると、四人の騎士様の中で比較的年齢が高い、熟練騎士といった風貌の方が突然足を止める。


「待った! 何だ……!? 何かおかしいぞ!?」

「どうしたんだっ!? 索敵魔法に何か引っ掛かったのかっ!?」

「……引っ掛かったなんてレベルじゃない。強大な何かが……それこそ、前に国を襲った悪魔とは少し異なる、死の魔力を放つ何かが、この先に居る!」

「死の魔力って何だ!? それにこの先……って、今向かっている教会に居るのか?」

「死の魔力は死んだ者が使う闇の魔力だが……これは、ダメだ。俺たちが行って何とかなる相手じゃない。引き返して、聖騎士隊の出動を要請すべきだ」


 騎士様たちが何か言いながら、全員の足が完全に止まってしまった。

 もうっ! 一体何なのよっ! こんな所で止まって、ウィルさんに何かあったら、タダじゃおかないんだからっ!


「あのっ! もう少しで教会なので、急いでくださいっ!」


 その先にある角を曲がれば、後は真っ直ぐ進むだけで教会だというのに、この人たちは何をしているのっ!?


「いや、しかし……ん!? 何だ、これは? 強大な魔力がもう一つ……光の魔力か!?」

「どういう事だ!? 強大な光の魔力……って、天使でも舞い降りたのか!?」

「わからん。ただ、非常に強い……死の魔力を超える魔力を持つ者が現れたのは間違いない」

「何が起こっているんだ!?」

「む……どういう訳か、死の魔力がどんどん弱くなっているぞ!」

「よ、よし。行ってみよう」


 ようやく騎士様たちが再び動きだしたので、私も先導として走り出すと、教会の中で黒い影が蠢いている。

 あれは……ウィルさん?

 何かを剣で斬ったみたいだったけど。


「ウィルさーんっ!」

「あ、ジェシカ!」

「あの、今何かと戦っていました?」

「えっ!? いや、その……何でも無いですよ」


 うん。ウィルさんが何でも無いっていうなら、きっと何でもないんだ。


「それより、そちらに居る方々が騎士の人たちですか?」

「はい。盗賊さんたちは、騎士さんたちにお任せしましょう」


 振り返ると、騎士様たちが教会の敷地に入らず何やら話し合っている。


「……先程まであった、強力な死の魔力と光の魔力が共に消えている」

「……共に!? 相打ちって事か?」

「……おそらく」

「……だが、そこに居るのは悪魔殺しの英雄ウィルさんだ。彼が光の魔力の持ち主では?」

「……いや、ウィルさんは剣士だよ。今は牧師だから神聖魔法も使えるかもしれないが、現に今、彼からはあの強い魔力は感じない。とはいえ、我々よりは強い魔力を纏っているが」


 こそこそと一体何を話しているんだろう。


「あの、すみません。あの穴の中に盗賊を落としたらしいので、早く捕まえてくれませんか?」


 私が催促しに行って、ようやく騎士様たちが動き出す。

 もぉっ! 少しはウィルさんを見習ってよねっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る