隠れ鬼ごっこの時間 1

 三時間目の自由体育で、それぞれのクラスの先生たちがグランドに姿を見せるや否や、元気よく立ち上がり、その小柄な体からは想像出来ない大声で叫ぶあおい。


「隠れ鬼ごっこ始め~!

 鬼は先生たち四人でぇ

 逃げ隠れる範囲は初等部だけでなく

 幼稚部から高等部を含めた、黒百合の山手校の全域だよっ!。

 みんな~逃げろ~隠れろぉ!

 先生に捕まった子には

 このあおい様が後でお仕置きよ!」


 あおいのその号令に合わせて、蜘蛛の子の逃げ散らかるかのように一斉に逃げ出す、六年の一組二組と一年一組二組の子どもたち。


『さしものお転婆娘な赤井もママからの電話によると

 風邪で体調不良らしいから、自由体育は見学するはず。

 ならば、自由体育を乗っ取られる心配はない。』


そう思い込んで安心し油断しきっていた先生たちは、一瞬だけれど呆然自失状態に陥ってしまった。しかしそれでもあおいの担任の待った先生は、その持ち前の生真面目な責任感ゆえか、いち早く我に返り正気を取り戻した。

 それで待った先生は、あおいたち逃げ出した生徒を追いかけようとしたのだけれど・・・。いつの間に纏わりついたか、ゆかりがジャージの袖を掴んで離してくれない。『どうした?』と、待った先生がゆかりと目線を合わせようとしゃがんでみれば


「せ、先生

 わたしお腹が痛いっ!」


切迫感たっぷりに、そう言い出すゆかり。それで、ますますパニック状態になる先生たち。仕方なく待った先生は


「保健委員の立花美佐!。高田を保健室に・・・」


「美佐ちゃんはあおいちゃんと逃げちゃいました」


「仕方ない。だったら体育委員の栗山ちはる・・・」


「ちはるちゃんは休憩時間に転んで保健室です」


「あー!もう!

 何でよりによってこんなときに・・・」


思わず叫んでしまう、待った先生。その声で我に返った、待った先生の先輩教師で隣のクラスの六年二組の石原哲也先生が指示を出す。


「とりあえず松田先生が高田を保健室に!。

 赤井と皆は僕らで捕まえます。

 それから至急に幼初等部と中高等部の各校長に報告を!」


 仕方なく石原先生の指示に従うことにした、教師生活二年目の待った先生なのだが・・・


「高田、保健室まで歩けるか?」


「だ、だめぇ。わたし歩けなーい!。

 先生、おんぶして連れて行って!。」


ゆかりを背中におんぶする待った先生だが、ふと見ると同じクラスの諏訪野みずきまでが「寒気がする!」と、保健室行きを希望している。保健室のある山手校の総本館まで二人を連れていく待った先生は、二人の気を紛らせようと


「秋にしては今日は寒いよな~。

 昨晩も冷え込んだし

 体調悪くなるのも無理ないよな~。

 でもさ

 赤井に釣られて逃げなかったお前たちはいい子だぞ!。」


とかなんとか甘いことを二人に宣う。本当はゆかりもみずきも、あおいのこの隠れ鬼ごっこで偽装した集団エスケープの共犯者なのに、それに気付こうともせず疑いもしない。待った先生は人のいい先生である。


「先生の背中って大きくて温かい」


 大好きな待った先生におんぶして貰えて、甘えきって、耳元で微かに恋心をささやくゆかり。でも聞こえないふりなのか本当に聞こえなかったのか、無視を決め込んでいる待った先生。

 この待った先生、幼稚部から大学まである黒百合女学院では、非イケメンでも女生徒人気は一番二番を争うのに年齢イコール彼女いない歴なのは、その天然な鈍さゆえに、彼女が出来るチャンスを自らぶち壊して生きてきたのかも知れない。


 ゆかりが待った先生に一途に初恋しているのを知るみずきが


「待った先生って、女の子の気持ちに鈍感ね!」


とでも言いたげに、待った先生のジャージの袖を引っ張ってウィンクしているのに、肝心の本人は天然の鈍感を発揮しているのだ。それでも、ゆかりに気を利かせたみずきは保健室のある総本館に入るころ


「先生、寒すぎるから

 わたし先に教室で制服に着替えます。

 保健室は自分で行くので

 早くゆかりちゃんを連れて行ってあげて下さい。」


と、初等部高学年校舎に帰って行った。




「ねぇ、松田先生・・・」


おんぶしてくれている待った先生にゆかりは


「今日の朝の会で先生が言ってたのは

 みんなで机に隠してた、あの本の事でしょ?。

 あの本ね

 わたしのでもあおちゃんのでもみんなのでもないの。


 元を言えば、あおちゃんのお姉ちゃん

 緑先輩の忘れ物なの。


 始業式の日に公園に行ったら

 緑先輩と真鍋さんがデートしててね

 挨拶したら一緒に遊んでくれたの。


 それで緑先輩が忘れて帰っちゃったの。


 その日はわたしの誕生日でお泊まりに来てくれた

 あおちゃんと美佐ちゃんとで話し合って

 次の日に学校に緑先輩に来てもらって返す予定が

 みんなに見つかっちゃって

 エッチな本だから大騒ぎになって


 でも、みんな興味あるから

 勝手にビニール破いてみんなと読んじゃったの。


 でも、まさかここまでエッチな本とは知らないから


 家に持って帰る勇気はないし

 ビニール破いたから緑先輩には返せないし・・・

 で結局、クラスに隠しておこう!と皆で。


 その時あおちゃんはカネコちゃんと

 先生のお手伝い行ってしまって・・・

 あおちゃんには

 お姉ちゃんに返すのよ!って

 きつく言われてたけど・・・


 緑先輩、怒るとめちゃくちゃ怖い人だし。


 だけど先週、やっぱり返そう!って皆で決めて・・・


 先生はあおちゃんの大好きな真鍋さんの先輩なんだよね!。

 それ知ってたから、先生から緑先輩に返してもらうつもりが

 でも先生、男の人だから、皆やっぱり恥ずかしくなって。


 それでなの!。

 あおちゃんも美佐ちゃんも悪くないの!。

 すぐに返せなかったわたしが悪いの。

 先生、校則違反してごめんなさい。」


 保健室でゆかりは待った先生に全てを打ち明ける。事の発端を。そしてこの隠れ鬼ごっこ集団エスケープについても。


「それとね

 この隠れ鬼ごっこエスケープ作戦も

 あおちゃんは悪くないの。


 先生にあの本が見つかって

 わたし先生が好きだから

 恥ずかしくて落ち込んじゃったの。


 それで、あおちゃんが

 待った先生と二人きりにしてあげるから

 先生と二人きりで話してごらん!って。

 それからね


 あおちゃんが言うには

 あの本はお姉ちゃんが忘れ物したのが悪いのに

 それで初等部のみんなを校則違反で処分なら

 おかしすぎる!って。


 しかも持ち物検査なんて黒百合はしたことないのに

 生徒が帰宅して学校にいないときに没収は

 泥棒と同じだ!だって。


 初等部は不要物持ち込みはあまりないけど

 中高等部は皆がやってる!

 こうなったら中高等部を巻き込んで

 皆を共犯者にして

 学校が誰も処分出来ないようにしてやる!だって。


 前例がない持ち物検査を

 生徒自治の自由が校風の黒百合で

 総学長や山手校学長に無断で

 初等部が独断で出来るわけがない!。

 とまで、あおちゃん言ってました。

 あおちゃん頭いいから。


 こんなこと平気で出来ちゃうあおちゃんは

 怒ったら怖いけど、普段はとってもやさしくて。

 あおちゃんが騒ぎ起こしたのは

 わたしがあの本をすぐに緑先輩に返さなかったからなの!

 あおちゃんはクラスの皆を庇っただけなの。


 先生、あおちゃんは悪くないんです。叱らないで下さい。

 だって、いちばん悪いのはわたしだから。」


 あおいが引き起こした隠れ鬼ごっこ騒ぎの事のあらましを、思い詰めた顔で語るゆかり・・・


「わたし先生が好きだけど

 こんな悪い子なわたしなんか

 先生はキライだよね。


 わたしパパがいないから

 だから先生に憧れちゃったのかな?。

 わたし先生が好き!

 でも、わたしは悪い子だもん。


 それに

 わたしはまだ子どもだから

 大人の先生は振り向いてくれないって事

 わたし、わかってるもん。」





続く・・・







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