第5話

「どうした、金色の鳥王ゴールデン・ガルーダ!」


 白金の蛇姫プラチナム・アムリタを操り、自らを自在に振るわせるヴィグナーンタカは凄まじい勢いで蓮司に迫ってきた。


 金翅鳥王剣と魔剣がぶつかり合い、金色のオーラと邪悪なオーラが互いに反発し合いながら、周囲に散らばっていく。


 それだけを見れば幻想的であるが、互いの感情がぶつかり合う光景は単なる殺し合いでしかないことを表現しているかのようにも思えるほどだった。


「俺が憎いなら、もっと本気を出して見せろよ」


「勘違いするな!」


 ヴィグナーンタカを金翅鳥王剣で捌くが、沙希の肉体を操るヴィグナーンタカは難なく受け止めて見せた。


「やっぱり、お前には憎しみが足りない。それじゃ俺は殺せないぜ」


「お前を殺す? お前は自分をなんだと思っているんだ?」


 一旦距離を取りながら、蓮司はそう吐き捨てる。


「お前はただの剣だろ。道具を殺すって、何様のつもりでいるんだ?」


「何?」


「それにお前単独じゃ俺を倒すどころか、何もできないで終わるぜ。沙希の体に寄生しているだけの調子こいた剣のくせに何ふざけたことばかり言ってるんだ?」


 生き物ですらないただの道具に過ぎないことを蓮司は揶揄した。


「それに俺は今無茶苦茶頭に来てるんだ! 猿回しの猿以下の癖に、沙希の体を乗っ取ってるお前がムカついて仕方がない。調子ぶっこくのも大概にしろよ!」


 ヴィグナーンタカの側面を打ち抜くように、蓮司は金翅鳥王剣で切り付ける。刀剣の弱点とも言える側面への打撃に、流石のヴィグナーンタカも怯んだのか、操っている沙希ごと後退した。


「やっぱりお前、雑魚だな」


「何を言ってる?」


「沙希だったら今の一撃ぐらいで下がらない。むしろ、俺の二撃目を狙って反撃してくるだろうよ。お前、剣の癖に相手を倒して殺す覚悟も持っていないのか?」


 数合打ち合って分かったことがある。こいつはただの道具に過ぎないということだ。


 持ち主を操る力はあっても、それを活用するだけの技術までは持ち合わせてなどいない。実際、沙希の身体能力に頼り切りで、間合いの取り方も決して上手とは言えない。


 蛇姫アムリタとして憎しみをむき出しにし、自分を殺しにかかってきた沙希の方が遥かに強さがあったし、それ以上に狂気がその実力を数段に上げていた。


「あの時の沙希は、俺を全力で殺そうしていた。自暴自棄になって、全てに絶望して、蛇の一族ナーガとしてしか生きられないと思ったからな。捨て身になって、文字通り命を投げ出して俺と戦った。それだけに強かったよ。流石に死ぬかと思った」


 沙希の強さを褒め称えつつ、ヴィグナーンタカがいかにそんな強い宿主を全く活用できていない無能ぶりを蓮司は辛辣に指摘してやった。


「お前に恐怖は感じない。所詮お前はどこまでいってもただの道具だ。ちょっと変わった能力があるだけのな」


「言うじゃねえかお坊ちゃん」


「生意気にも強がり言ってるつもりか? ナマクラの分際で沙希の体を好き勝手弄びやがって」


「羨ましいか?」


 ヴィグナーンタカのあからさま過ぎる挑発に、蓮司は真正面から乗ってしまうが、ヴィグナーンタカの思惑を全てぶち壊すかのような鋭い打ち込みに、再びヴィグナーンタカごと蛇姫アムリタは吹っ飛ばされてしまった。


「てめえ、蛇姫アムリタ様のこと助けるつもりじゃねえのかよ!」


「助けるつもりだ。だが、余計なおまけがついているからな。お前だけは盛大に叩き壊しておかないと、元に戻った沙希に謝ることだってできやしないんだ」


 怒りをむき出しにしている蓮司に、ヴィグナーンタカのオーラが揺らめいていた。蓮司の怒りに、流石のヴィグナーンタカも焦りを感じているようである。


「そうかい、なら、少々予定は狂ったが、仕方ねえな」


 ヴィグナーンタカも何かしらの決意を決めた時、ヴィグナーンタカは刀から人型の形態を取る。


 そして、自らが放ったオーラが蛇姫アムリタとなった沙希の全身を覆っていった。

  

「ううううう……あああああ!!」


 もがき苦しむ沙希の姿に、蓮司はヴィグナーンタカの目的が変わったことを察した。


「お前、まさか……」


鳥王ガルーダさんよ、お前の考えてる通りさ。俺の目的は蛇姫アムリタがお前を殺すことへの手助け。そして、万が一お前らの手に落ちそうになった時……蛇姫アムリタを処分することだ」


 冷酷な任務を堂々とヴィグナーンタカは語ってみせた。


「仮にも、お前らの同胞だろうが」


「俺はあくまで命じられた目的を果たすだけよ。道具で結構、俺は使命を忠実に果たすだけだ」


 やや挑発を込めているヴィグナーンタカの口ぶりに、蓮司は激怒しそうになる。


 命をなんとも思っていないこのやり口に、蓮司は嫌悪感しか抱くことが出来ない。だが、その嫌悪が蓮司の怒りを推しとどめた。


「……それがお前が作られた目的ということか」


「そうよ、その通りだ。俺は蛇の一族ナーガの技術の粋を集めて作られた。貴様らのような、低俗な生き物どもを刈り取るためにな」


 ヴィグナーンタカは勇ましく語ってみせたが、蓮司はその主張が破綻し、矛盾していることに気づいていた。


 それを知ると、先ほどまであった怒りがスッと消えていくと共に、自分の果たすべき使命を蓮司は再確認した。


「それがお前の存在目的だったとしたら哀れだな。お前は自分を作った奴らに都合よく利用されているだけの道具ならぬ道化だぜ」


 鎧越しに蓮司は口元を緩ませそう言った。


「技術の粋を集めて作った割には、ジャガーノートになったばかりの俺に圧倒され、しまいには大事な蛇姫アムリタ、いや沙希を人質にして脅すぐらいしかできないんだからな。命乞いさせるためにお前の主はお前を作ったのかよ?」


「なんだと?」


「お前のどこが技術の粋を集めて作られたっていうんだ? とんだナマクラだな。無駄なおしゃべりする機能だけ付けるなら、AIとBluetoothスピーカーでつないで会話させた方が安上がりだ。お前は、単なる燃えないゴミなんだよ」


 兄貴分である片桐悠人なら、これぐらいのことは言うだろうと思い、精一杯の挑発を言葉にして蓮司はぶつける。


 その効果は如実に出たようで、ヴィグナーンタカの怒りのオーラが一斉に蓮司へと向かってくる。


「なら、本領発揮してやろうじゃねえか! ジャガーノートだからって調子に乗ってるんじゃねえ! この世界で至高の生物は蛇の一族ナーガなんだよ!」


 怒りという原動力がそのまま力になっているかのように、オーラが燃え盛る炎、もしくは放電している電気のように揺らめいて動いている。

 

 だが、蓮司は全く怯むことなく、迫り来るであろうヴィグナーンタカの怒りの攻撃の初動を見逃さずにいた。


「死ね鳥王ガルーダ! テメーを原子のチリにしてやるぜ!」


 ヴィグナンターカが全身全霊の攻撃を放ってくるが、蓮司はその攻撃が来ることを全て読んでいた。


 蛇姫アムリタとの戦いで会得した、見切りと高速移動を使って蓮司はヴィグナーンタカの攻撃を回避し、自分がここに来た本当の目的を果たそうとした。


「何?」

 

 あっさりと攻撃を回避され、反撃する可能性があると身構えていたが、蓮司はヴィグナーンタカに目もくれず、寄生主となっていた沙希に全速で向かっていく。


 ヴィグナーンタカも傍観することなく、攻撃を行うが、圧倒的速度で移動する蓮司には一発の攻撃も命中することはない。


「俺の目的は初めからこれだ!」


 蓮司の叫びに、あっけに取られたヴィグナーンタカをよそ目に、蓮司は沙希を抱きかかえて、自分の手で彼女を取り戻すことに成功した。


「やっぱりお前はナマクラ、いや、ただのポンコツだったな」


「この野郎!!!」


 まんまと自分がしてやられたことに、ヴィグナーンタカはさらに怒りを燃やす。だが、その怒りが蓮司と沙希に向かうことはなかった。


「一つ忠告だ、常に背後にはご注意しろよ」

 

 蓮司が指さした先をヴィグナーンタカは振り向くと、そこには蛇姫アムリタと同じ白金の鎧を纏った猛虎が、赤銅色に染まった刀を構えていた。


「金剛双輪拳 一切皆苦!」


 白金の猛虎プラチナム・ティーゲルの愛刀は、容易く魔剣と呼ばれたヴィグナーンタカを両断していた。


「バカなああ……!」

 

蛇の一族ナーガの技術の結晶も、人類の英知が生み出した超合金ゼノニウムで作られた、刀の一閃の前では無力であったようだ。


 醜い断末魔と共に、ヴィグナーンタカは文字通り命を断たれ、消滅していった。


「あっけないものね」


 ジャガーノート化を解除した凛子が、生真面目な表情でそう呟いた。


「さて、蓮司くん。よかったね! 無事沙希ちゃんを助けられて!」


 先ほどの生真面目な表情が別人であったかのような、屈託のない笑顔に蓮司もつられてジャガーノート化を解除する。

 

「凛姉のおかげで助かったよ」


「そんなことないよ~蓮司くんの力だもん」


 煽てる凛子に思わず蓮司もつられて苦笑してしまった。


「ふふ、お姉さんは見ていたんだからね。あの怪物相手に戦うんじゃなくて、挑発させまくって、沙希ちゃん助けることを最優先にしちゃったんだから。正臣たちが言っていたこと、ちゃんと分かってくれたんだね」


「まあね、でなきゃここに送り出してくれた二人に申し訳が立たない」


「しかも、さりげなくお姫様抱っこまでしちゃってさ。あの蓮司君も、まさかこんなことがさりげなく出来る子になったなんて、お姉さん嬉しいよ」


 大げさに泣きまねをして蓮司をほめたたえつつ、若干揶揄する凛子に、蓮司は自分がどういう体制で沙希を抱えているのかにやっと気づいた。

 

 その瞬間を狙ったかのように、気絶している沙希のジャガーノート化が解除されていく。


 白金の鎧が粒子となり、その下にある人としての肉体が露わになっていく。


 紫水晶アメジストのような薄紫色のロングヘア、透き通る白い肌と、16歳とは思えないほどに宝満でくびれた肉体が蓮司の目に焼き付いていた。


「凄い! 沙希ちゃんってこんなに可愛い女の子だったんだ!」


 目を輝かせる凛子に、蓮司は軽くため息をついた。


「こんなに可愛い子だったら、そりゃ全力で戦っちゃうよね!」


「凛姉、はしゃいでるならアム呼んでよ。家に戻ろうぜ」


「あ、そうだよね! ごめ~ん!」


 手慣れた手つきで凛子はアムを呼び出す。その間に、沙希はゆっくりと目を覚ました。


 紅に染まったルビーのような瞳に、蓮司は心を射貫かれるような気分になる。


「……蓮…司」


「もう大丈夫だ。大丈夫だからな」


 まだ夢うつろな沙希に、蓮司は優しくそう囁いた。


「……ありがとう……そして、ごめ……んね……」


 らしくもないしおらしさに、蓮司は胸をなでおろす。どうやら、何とか元には戻ったらしい。


「無理しなくていい。今は休んでろよ」


「……うん」


 再び沙希は瞳を閉じ、小さく寝息を立てる。


 蓮司は改めて、自分が戦いに挑んだ理由と目的を振り返る。この幼馴染を、両腕に残る温かさを取り返し、守ろうとしたことを。

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