第2話

 ゆっくりと起き上がりながらも、悠人はシャクラを連射し、アジ・ダハーカから距離を取った。


「ちょこまかと、こざかしい手段を使うのね」


 アジ・ダハーカの主人格であるイブリースは軽蔑と憐れみを向ける。


「薄汚ねえ手段使ってくるよりはマシだろ。歩く生物兵器の癖に」


 流れた血から、無数の蛇を生み出せることを悠人は皮肉って見せる。


「その生物兵器に、あなたは殺されるのよ」


 その台詞に、思わず悠人は腹を抱えて笑い出した。


「なんだよ、自分がイカレた兵器だっていう自覚はあるんだな。俺はてっきり、自分を神かなんかだと勘違いしているアホだとずっと思っていたぜ」


 再び笑い出した悠人に怒りをむき出しにするかのように、イブリースは鞭状の腕を振るい、火球を連射する。


 しかし、その攻撃を待っていたかのように悠人は最小限度の動きと、金剛杵を器用に使い、回避と捌きを連動させ、全ての攻撃から逃れた。


「不遜ね。ジャガーノートであったとしても、ベースが人間ならば所詮はこんなものなのかしら?」


「病原菌か得体のしれない細胞がベースになってる奴に言われたかねえわ。生物Xが調子乗ってんじゃねえ」


 繰り出される触手攻撃を捌きつつ、悠人は余裕さを崩さずに煽ってみせた。


「しぶといわね。アジィやダハーカが苦戦するのも無理はないというところかしら?」


「あいつらが苦戦するからといって、自分も苦戦する言い訳としては下手過ぎるぜ。大見栄切ってる割りにはだっせーわな」


「ずいぶんな言い方ね。とはいえ、あなたもこの状況を打開する術などないんじゃないの?」


「俺、こう見えてハッタリが下手くそなんだ。無いものを有るとか、そんな嘘付くと死ぬ体になってるんだわ」


「なら、その嘘を事実にしてあげるわ!」


 イブリースの言葉に周囲の空気が変化していくのを悠人は感じた。


 自分と同じく、まだ隠し玉を有していたらしい。


「地に這う蛇よ、大地を食らいなさい!」


 イブリースが叫ぶと、彼女とアジィやダハーカ達の口から無数の蛇が吐き出されていく。

 

 というよりも、無数の蛇が生み出され、地面を侵食していくかのように蛇たちが這いずり回っている。

 文字通り、地面を食っているという言葉が似合う光景である。


「ついに本領発揮しやがったか」


「さあ、早くしないとこの一帯は私の支配地域になるわよ。止めなくていいのかしら?」


「おめーは放射性廃棄物か?」


 思わずつぶやいたが、アジ・ダハーカから出てきた蛇たちは確実に地面を侵食し、汚染させていく。


 彼らが這いずり回った後は草も花も枯れていき、汚染物質のような黒い残滓が残っている。

 

 放射性廃棄物をまき散らすよりも、ある意味えげつない状況を作り出していた。


「なら、止めてごらんなさいよ。この蛇たちは大地を食らいつくす。食らいつくしてこの大地そのものを力に変えていく。そうやって集まった力は最終的に私たちの力となるわ」


「大地を食ってるってわけね。気持ち悪い能力だぜ」


「まあ、食らいつくした大地は草一つ生えない不毛の大地になるけどね。だけど、それはお互いでしょ。あなた方ジャガーノートだって、十分に化け物じゃない」


 イブリースの言葉は決してブラフや駆け引きだけではない。それは悠人の心に対して、正確に突き刺さるだけの鋭さがあった。


「それだけの力がありながら、いつまで人間の味方のフリをしているのかしら? 人間はあなたが守るだけの価値があるとでも?」


「まあ、ろくでもねえクズがいるのも確かだ。だが、それはお前らも同じだろ。いい加減、問答は飽きてるんだわ」


 つまらない問答に付き合うつもりはないと言わんばかりに、悠人は無理やり話を打ち切り、金剛杵を腰に巻き付けて収納する。


「超力招来!」


 両腕が太陽の如く光り輝くと同時に、高出力のエネルギーが球状となり、バランスボールほどの大きさから、バレーボールほどの大きさへと凝縮されていく。


「そこまで言うなら使ってやろうじゃねえか」


「ふふ、そうよね。それ以外に方法など無いのよね」


 悠人の狙いが分かっていたかのように、イブリースはほくそ笑む。


 自らの蛇にて大地を侵食し、不毛の大地へと変えていけば、それを消し飛ばすには奥の手である地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌス以外にはありえない。


 大地は消し飛ぶが、同時に自分たちも消し飛ぶ。しかし、アジ・ダハーカとなった彼女たちには再生能力がある。


 さらに散らばった肉片が分裂し、大地を食らい、広範囲に渡って大地をさらに浸食して力を得ることが出来る。


 どうあがいても悠人が手詰まりであることを確信したイブリースであったが、その予想は少々外れていた。


 金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェはそのまま高く跳躍し、大地に向けて地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスを放ったのだから。


 超高温のエネルギーの弾丸が浸食された大地を破壊していく。その奔流に巻き込まれぬように思わずアジ・ダハーカも跳躍してしまった。


「私たちではなく、地面に向けてその技を使うなんて……」


 予想が外れたことに動揺するイブリースだが、彼女の前には仮面の下でほくそ笑む金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェ、片桐悠人の顔がハッキリと目に焼き付いていた。


「読みが甘かったな! 悪の根源さんよ!」


 左腕からのエネルギーを、右腕がまるで弓の弦を引いているかのような構えと共に悠人は叫んだ。


「お前さん少々長生きし過ぎなんだよ。だから、キッチリ供養してやるぜ!」


「元人間風情が!!!」


 侮辱されたことへの怒りの咆哮と共に悠人へと迫るも、その怒りが悠人に届くことはなかった。


天射貫く太陽の矢ガンディーヴァ!」


 叫ぶと同時に、両腕の間で発生した金色のエネルギーが、巨大な矢、というよりもエネルギーの大瀑布とも言うべき流れを作り出す。

 幻想的な金色のエネルギーがアジ・ダハーカを凄まじい勢いで飲み込んだ時、彼らはこの地上から消滅していた。


「面倒な技使わせやがって」


 着地し、自らが破壊した大地を眺めながら、悠人はジャガーノート化を解除した。


天射貫く太陽の矢ガンディーヴァはあらゆるものを消滅させる。地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスがあらゆるものを粉砕するのとは真逆なんだが、使い勝手が悪すぎるのが欠点だな」


 天射貫く太陽の矢ガンディーヴァは本来、対象を焼き焦がす技だった。だが、悠人はその技に磨きをかけ、圧倒的と言ってもいいエネルギー量を利用し、命中した個体は塵芥一つ残さずに消滅させる技へと昇華させていた。


 その気になれば、山一つ、下手をすると地球のコアまで穴を開けてしまいかねないほどの威力を持っているが、その為に悠人は地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌス以上にこの技を使いたがらない。


「威力があるっていうのも考え物だぜ。だが、悪の根源さんよ、感謝しておけよ。ちゃんと死ねたんだからな」


 永劫生き続ける肉体を持つアジ・ダハーカに、死があること生があることを物理的に証明したことを、多少の皮肉と同情を交えなら悠人はそう言った。

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