第3話

 蛇姫と鳥王の戦いが始まった中で、凛子は黄金の剣を持つ凶蜂と対峙していた。


「止めなくていいのか? 今の彼では彼女は倒せない」


 ヴェスペが首をかしげながらそう呟くが、凛子は「あなた、結構バカね」と返して見せた。


「蓮司君があの子を倒せるわけがないじゃない」


 平然と言いきって見せるが、ヴェスペは隙だらけになるにも関わらず、腹を抱えて笑っていた。


「ならば彼は死ぬために来たということか。愚かだな、君も彼も」


「おバカなのはあなたじゃないの? 人にバカって言った方がバカだってお母さんに教わらなかったかしら?」


 文字通り子馬鹿にした凛子の口調に、ヴェスペは不機嫌そうに黄金の剣を構えた。


「ジャガーノートは口が悪いことが特徴のようだな」


「失礼ね、私は本当のことを言っただけだもん。それが悪口になるなら、少しは自分に非があることを受け入れるべきじゃ……」


 言い終わる前に、黄金の剣から振るわれた飛翔する金色の斬撃が迫ってくるが、凛子はとっさに地面に伏せると共に、そのまま身を転がせながらヴェスペと距離を取る。


「私の使命は君たちの抹殺だ。そのために、偉大なる獣王様の命を受けて同盟者である蛇の一族と共闘している。問答はこれで終いということさ」


「ムードも何もないのね。無粋だわ……レゾナンス、レディ!」

 

 ゼノニウムを共振させることで、アストラル粒子を発生させ、ゼノニウムを活性化させることで全身にゼノニウムの鎧を形成する。


 ジャガーノート本来の力を引き出す真の姿になった凛子に、ヴェスペは先手を取って切りかかるも、凛子は自身の鎧と同じ白金の刀でこれを防いだ。


「下品な剣ね、けばけばしいったらないわ」


「この剣には我々魔獣軍団の英知が込められている。敵からそう言われるのは光栄というしかない」


 自信満々に黄金の剣を突きつけるヴェスペに、凛子は思わず噴き出した。


「オモチャの自慢してる子供みたいで笑っちゃうわ。人殺しの道具にうっとりしてるとか、趣味が悪いわね」


 ヴェスペの持つ金色の剣とは対照的に、凛子は自身の白金の装甲と同じく、白刃の刀身と柄が白で装飾された鍔がない刀を構えた。


「所詮、刀や剣は人殺しの道具よ。それをこれ見よがしに自慢するのは、幼稚園児の自慢と同じでみっともない」


「その人殺しの道具を使っている君も、大概だと思うがね」


「だから私はむやみやたらに振り回したりするようなことはしないの。それに、時と場合によっては人殺しの道具で救える命もある」

 

 そう呟くと共に、凛子はヴェスペ相手に一気に距離を詰め、自身の愛刀を中段に構える


「人殺しの道具で人を救えるだと? そう思うところが偽善に満ちている。吐き気がするな」


「確かにそれは偽善よ。だけどね、同時にそれは真実なの!」


 白刃と共に、凛子は上半身を極限まで弛緩させ、自重で倒れそうになる力を利用することでヴェスペの右湧きを一閃する。


「ぐ……」


「あら残念、胴ごと切ったつもりだったのに」


「どうやら見くびっていたのかもしれんな」


 かろうじて半身を捻ることで、斬撃の威力を殺して切断は免れたが、それでもヴェスペの左腹部は斬撃によって裂かれた傷がついていた。


白金の猛虎プラチナム・ティーゲルは伊達じゃないのよ。私、こう見えても無駄に自分を飾るの大嫌いなんだから!」


 すかさず白刃がヴェスペの喉元に迫るが、再びヴェスペは半身を捻って回避し、黄金の剣にて凛子の白刃を受け止める。


「対した剣の使い手のようだな。お嬢さんだからと思って油断したが、なるほど大したものだ」


 凛子相手に油断していたことを、ヴェスペは堂々と呟いた。


「だが、その程度の剣術ではせいぜい、殺せるのは人間や獣だけだ」


「あら、だったらあなたには通用しちゃうんじゃない?」


 凛子はヴェスペが魔獣軍団に所属していることを皮肉ってみせた。


「バカを言ってもらっては困る。私は魔獣軍団の一員にして、悪魔六騎士の一人だ。その程度の剣術で容易く死ぬほどヤワではないよ」


 再び黄金の剣を構え、ヴェスペはエネルギーを収束させる。


「それに私は戦いに愉悦を感じるタイプではないのでね」


「どっちかというと人殺しを楽しむタイプみたいね」


「惜しいな、厳密には弱いものをいたぶるのが好きなだけだ」


 残忍な笑顔を向けているのが仮面越しでも伝わってくるが、ヴェスペは再び飛ぶ斬撃を放って見せた。


 エネルギーの奔流が迫る中で凛子は怯むことなく、白金の刀を上段に構え、ヴェスペが放った斬撃を文字通り切り捨てた。


「これもしかして攻撃?」


 言葉は短く小声ではあるが、盛大な罵声よりもそれは鋭くヴェスペのプライドを傷つけた。


「弱い物イジメしている卑怯者の攻撃なんて、大したことなんてないと思っていたけど、この程度だったの? 呆れちゃうわ」


 愛刀を片腕に両腕を上げ、盛大に呆れていることを凛子は隙だらけになることも承知で見せつける。


 その返礼と言うべきか、ヴェスペの両肘から命を穿つ毒針が放たれる。しかし、その毒針も凛子の愛刀によって見事に弾かれていた。


「剣術じゃ勝てないからって、飛び道具なんて使うんだ」


「卑怯と思うかね?」


「まさか。戦いに卑怯もヘッタクレもないもの。でもね、あなたには足りないものがあるわ」


「何かね?」


 ヴェスペの疑問に答えるかのように、凛子はヴェスペに切りかかる。


 刃と刃がぶつかり、独特の金属音が鳴り響き、ヴェスペの黄金の剣が凛子が振るった白刃を受け止めていた。


「足りないものがあるのに受け止められてしまったな白金の猛虎プラチナム・ティーゲルくん」


 皮肉を口にするヴェスペの口ぶりには、まだ自分が有利であり、余裕があることを見せつけるように思えた。


「君の剣術は確かに素晴らしい。太刀筋は自由奔放でありつつ、基本に忠実だ。相反するものを見事に融合させている。君ほど優れた剣士は十人いればいい方だろう。だが……」


 凛子の刀を押し切り、黄金の剣に再びエネルギーを集中させた。


「殺意が足りない。所詮は武芸、曲芸だ。殺せるだけの力は存在しない。それがよくわかったよ」


「で、今度は何? 口から火でも吐くの?」


 凛子の皮肉など無視するかのように、ヴェスペの全身が少しずつ金色に染まっていく。


「私にはまだ、切り札がある。ラインの黄金の力がね」


 金色の光が一つの塊となり、ヴェスペは自身の右腕を突き出し、その光を放ってみせた。


 ヴェスペの光線を凛子は両腕で愛刀の両端を保持して受け止めるが、出力の強大さに思わず上空に向けて光を反射させた。


「これが我々の力の一部だ。君たちが持つレゾナンスシステムとゼノニウムも大したものではあるが、上には上がある」


「大した力ね、まったく」


 凄まじい出力に受け止めきれずに反射させてたことに対し、凛子には若干の悔しさが混じっていた。


「でなければ、獣王様の側近にはなれんよ。君との剣術ごっこにも飽きた。決着をつけるべきだな」


 再びヴェスペは両腕から先ほどと同じ光を放つ。


 破壊光線の一種ではあるが、それだけに破壊力は尋常ではなく、地面を容易く削り、地形そのものを容赦なく破壊していく。

 

 なんとか回避し、愛刀で捌きながら凛子は光の津波に耐え抜いていた。


「強さというのは残酷なものだな」


「何言ってるの?」


「君が哀れに見えてきたよ。それは、君だけではなくあの少年、鳥王にも言えるがね。なまじ強さがあるからこそ、簡単には死なない。それだけに味わう苦痛は容易く死ぬ人間以上だ。死んだ方がマシという言葉があるが、同情してしまいたくなるよ」


 ヴェスペの言葉に、思わず凛子は吹き出してしまった。


「バッカじゃないの? 力もらったからってトリップし過ぎじゃない」


 ツボに入ったのか、腹部を抑えつつ、盛大に笑う彼女にヴェスペは不快さを具現化するかのように、再び光線を放つ。


 しかし、その光線は凛子の愛刀にてしっかりと両断されていた。


「上には上がいるとか、強さが残酷だとか、死んだ方がマシとか、ちょっと強くなったからってそれを自分の実力だと勘違いしてるんじゃないの? 所詮は人殺しの力じゃない」


「君が持つ刀も、君が振るう剣術も、人を殺す道具と武器だろう。それの何が悪い?」


「あいにくだけど、私は活人剣を目指しているの。そしてこの零閃れいせんもね」

 

 白金に輝く愛刀を構えながら、些かも怯まずに凛子はそう言い切った。


「弱者の寝言だな。君たちは、人間に毒され過ぎている」


「魂を悪魔に売り飛ばしている輩に言われても困っちゃうわね。でも、上には上がいるっていうのには同感」


「ふん、降伏かね?」


「いいえ、勝利宣言よ!」


 ヴェスペの傲慢さをへし切るかのように、零閃れいせんが独特な高音を奏でながら、青白く輝き始めた。


「何だこの音は?」


 虫の羽音と金属音が入り混じったような音に、ヴェスペは不快感を覚えるが、その音は凛子が持つ零閃れいせんという刀から放たれていることに気づく。


「こざかしい!」


 ヴェスペ自身も愛刀である黄金の剣を振るい、自らの力と合わせ、光線を発射する。


 黄金と殺意を食べた光の波動は、津波のような勢いで凛子を飲もうとする。しかし、津波が巨岩によって水流を割るかのように、零閃れいせんではなく、凛子の肉体によって両断されてしまった。


「バカな……」


 ヴェスペは渾身の一撃を放ったはずが、完全に無効化されたことが信じられず呆然としてしまう。

 

 そんな隙を狙いすましたかのように、凛子はヴェスペの胴を薙いだ。


「ぐぉ!」


「あ、惜しい。首を狙ったはずなのに、胴を斬っちゃった」


 野菜か果物を斬り損ねたかのように、軽い口調で凛子はそう呟く。軽口を叩くのは滅多に怒ることはない凛子が激怒している証である。


「なんだ、その力は……」


 フル出力で放ったはずの光線を無効化されたことに、ヴェスペはまだ信じられずにいた。


「答えるわけないでしょ。自分の力を敵に対してベラベラしゃべるほど、私おしゃべりじゃないの」


「まさか、これがジャガーノートにあるヴェーダなのか?」


「そういうことにしておいてあげるわ。そして教えてあげる、あなたに足りないものをね!」


 白金の愛刀を構え、猛虎となった凛子は狂蜂目掛けて太刀を振り下ろした。


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