集結、ジャガーノート

第1話

 久しぶりに、面倒な相手と対峙している。


 二体の蛇の化け物と対峙しつつ、片桐悠人は金剛杵ヴァジュラを構えなおした。


「どうしたのかしら獅子王ルーヴェ?」


 腹立たしいほどに見下しているのが分かるアジィの口調に、悠人は言葉ではなく、金剛杵ヴァジュラで顔面を叩いた。


 どす黒い血にまみれた肉片が飛び散るも、怯むことなく鞭のような腕を振るいアジィは反撃するが、悠人は金剛杵ヴァジュラで鞭状の腕を絡ませて動きを封じた。


は通用しないぜ」

 

 アジィの片腕を封じたことを暗に皮肉りながら、悠人はアジィを引き寄せようとするが、そうはさせないと言わんばかりに放たれた炎の弾丸が迫ってきた。


 金剛杵ヴァジュラに絡ませたアジィの腕を解くと、悠人は金剛杵ヴァジュラを回転させて、火球を天空へとはじき返した。


「利かない攻撃を繰り返しやがって、マンネリにもほどがあるぜ」


 十回近くダハーカの火球を上空へと跳ね返したことを悠人は皮肉ってみせた。


 両腕の鞭で接近戦を仕掛けてくるアジィ、文字通りの火力で攻撃を繰り返すダハーカのコンビは驚くほどに連携が取れている。


 アジィの鞭で相手を拘束し、動けなくなったところをダハーカの火球で始末する。


 シンプルではあるが、それだけに無駄がないやり方だ。


「あなたもさっきから金剛杵ヴァジュラを振り回しているだけじゃない」


 臆せずにアジィは舌を出しながらそう言った。


「お前ら相手ならこいつを使うだけでちょうどいいんだよ」


 金剛杵ヴァジュラを見せつけるかのように、器用に振り回しながら悠人は構えなおした。


 だが、実際のところ金剛杵ヴァジュラだけでは手詰まりになっている。


「さて、どうするか……」


 通常ならば、自分の格闘術と金剛杵ヴァジュラだけでも有利に戦い、おつりがくるほどだが、相手は蛇の一族ナーガだ。


 金剛杵ヴァジュラの先端を鋭い刃の槍に変形させ、悠人はアジィの胴体へと突き刺す。


 ウナギの蒲焼きならぬ、蛇の一族ナーガの蒲焼きの下ごしらえをしているような感覚になる。


「飽きないわね、この程度の攻撃しかできないのかしら?」


 腹を貫かれながらもアジィがあからさまに小馬鹿にしているが、致命傷になっていないのは悠人が一番わかっている。


 蛇の一族ナーガ達は皆、驚異的な再生能力を有しており、首と胴体を切り離してもすぐに接合してしまう。


 生物にとって内臓が配置されている腹部を貫いても、毛ほどのダメージにもなりはしない。


「てめーら相手ならこれで十分だろ」


 強がりを口にしたが、正直この程度の攻撃で始末できる相手ならばとっくに始末できている。


金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェ様も大したことはないようね。私たちの仲間も、魔獣軍団ベスティ・ヴァッフェの連中もあなたに始末されたみたいだけど、期待外れにもほどがあるわ」


 無口なダハーカとは対照的に、饒舌に皮肉を混じらせて挑発してくるアジィに、悠人は思わず舌打ちした。


 倒そうと思えば倒せないことはない。だがその選択は、二体の怪物を始末するにはあまりにも割に合わない結果を生み出してしまう。


「あのヴェスペにやったみたいに、私たちもやっつけてみなさいよ」


 醜悪な面容の蛇女がゲラゲラと下品な笑いを交えているが、その挑発に乗るほど悠人は安いプライドを持ち合わせてはいない。


 そして、その挑発はあえてその選択肢を選ばないであろうと高をくくっているからに他ならないのだ。


「何度も同じこと言わせるんじゃねえよ」


 槍に変化させた金剛杵を、横一閃に薙ぎ払う形で振るい、悠人はアジィの顔面を切り裂く。


 一瞬怯んだアジィを援護するかのように、ダハーカが火球を吹き出すが、ピッチャーが放ったボールをバッターが狙いすましたかの如く、悠人は火球をダハーカ自身に跳ね返した。


「自分の技で死にかける気分はどうだ?」


 嫌みを投げかけると、相棒を守るかのようにアジィの触手が金剛杵ヴァジュラを掴んだ。


「まだまだあなたには付き合ってもらうわよ」


 どうしても自分を逃がすつもりはないらしい。


 だが、蓮司がこの二人よりも強大な力を持つ蛇王ナーガラージャザッハークに狙われている以上、悠人は今すぐにでも蓮司を追いかけたかった。


「しつけえな。そういうのを人間社会じゃストーカーって言うんだわ」


「別に逃げてもいいのよ」


「何?」


「あの坊やを助けに行ってもいいのに。早くしないと、ザッハーク様があの坊やを殺しちゃうわ」


 どこか勝ち誇っているかのように振る舞うアジィだが、それは演技であっても虚勢でも虚言でもないことを悠人は理解している。


「ザッハーク様は私たちよりも強く、そして、私たちよりも遥かに無慈悲よ。それがあの金色の鳥王ゴールデン・ガルーダの子ならばなおさら容赦なんてしないわ。まともな死体も残らないでしょうね」


 趣味の悪い言い回しではあるが、アジィは悠人が一番危惧していることを指摘してみせた。


 悠人自身はザッハークとは戦ったことはないが、それでも他の蛇王と呼ばれる蛇の一族の大幹部と戦った経験がある。


 勝つには勝ったが周囲に甚大な被害を出し、あまりにも割に合わない結果となったことを悠人は思い出す。


 苦い記憶が脳裏をかすめた時に、通信を告げるコール音が鳴り響く。この非常時に呼びかけてくるのは誰かと思ったが、網膜に映ったコールサインは自分の親友からのものであった。


「はいこちら蒲焼き屋片桐」


 多少の悪ふざけを込めて、悠人は通信に応じた。


『悠ちゃん、苦戦しているのか?』


 落ち着きながらも、不思議な温かみがある親友の口調に悠人は少しだけにやけた。


「苦戦というよりも、こいつらしつこくてさ。放してくれねえんだわ」


『蓮司は?』


「逃がしたが、ザッハークの野郎が追いかけているらしい」


『……あの蛇王が直々に出張ってきたのか?』


「あいつら蓮也さんにフルボッコにされていたからな。蓮也さんの息子である蓮司もぶっ殺すつもりなんだろ。恨み骨髄にもほどがあるぜ」


 同胞を連れ去った北条夫妻に十数年越しの報復を実行するような連中が、自分たちをコテンパンにした相手への恨みがどれほどのものであるか、言うまでもない。


 ましてや、十数年越しに報復しなければならないほどの損害を与えれいればなおさらだ。

 

 それはもはや執念を通り越して、すでに怨念の領域に入っている。


『ちんたらしている場合ではないようだな』


「早めに頼むぜ。でないと……俺たちはまた手遅れになりそうだ」


 力が足りなかった結果、自分の恩師が死んだ苦い記憶が悠人の脳裏をよぎる。


 あの時に今のような力あればという感情と共に、無駄なことを考えていると理性がそれを否定する。


『……蓮司のことは任せてくれ』


 先ほどよりも一段低い声に、普段冷静な親友もまた、自分と同じ思いでいることを悠人は悟った。


「頼んだぜ」


 悠人がそう言い切った後に通信は終了する。


 同時に、悠人の心の中に刺さった忌まわしい記憶の棘を振り切るかのように、金剛杵を構えなおす。


 今考えるべきはこれ以上の犠牲を出さないこと、そして、この悪魔たちから人を守ることだ。


 頼もしい仲間が駆け付けてくることを期待しながら、悠人は邪悪な蛇の一族に向けて金剛杵ヴァジュラを構えなおした。


*****


 自分は一体、何のために戦おうとしていたのか。


 剥がれ落ちた白金の鎧の中から見えた少女の顔を眺めながら、鳥王ガルーダから人間に戻った蓮司は強い後悔と深い罪悪感の渦にいた。


「どうしたのかな、一条蓮司くん?」


 侮蔑と嘲笑が入り混じった声に振り向くとともに、蓮司は残忍な蛇王の見えざる手に掴まれる。


「あれだけ威勢よく戦っていた割には、蛇姫アムリタの正体を知ったとたんに戦意喪失してしまったのかね」


「お前ら、よくも沙希を……」


 蓮司が戦っていたあの蛇姫アムリタの正体が、沙希であったことに気づいた時に蓮司は戦意を喪失していた。


 だが、それ以上に自分をだまし、沙希を道具として扱ったザッハークに対する怒りがあった。


「勘違いしてもらっては困るな」


「何?」


「彼女と戦ったのは私ではない。君じゃないか」


 軽蔑と共にありのままの事実をザッハークは指摘してみせた。


「彼女を殴り、蹴り飛ばし、エネルギー弾まで叩き込んだのは君だろう。どうだったかな? 憎しみを存分にぶつけた感想は」


「最悪に決まってる……」


 伏せ気味に蓮司はそう呟いた。


「それは残念だ。せっかく君の本願を叶えてやろうと思ったのに」


「俺はこんなこと望んじゃいない!」


 怒りのままに蓮司は吠えたが、ザッハークは長い舌を出しながら、残忍な笑顔を見せる。


「彼女を傷つけたのは君であって私じゃない。他者に責任を押し付けられても困るよ」


 穏やかに話しかけるザッハークの口調は、底が全く見えない悪意がにじみでていた。


「それに私は君に全てを伝える義務もなければ、そんな間柄でもない。むしろ君と私は敵同士のはずだ。敵の言葉に耳を貸す方がどうかしているとは思わないのかね?」


 容赦のない口舌の刃をもって、ザッハークは蓮司の心を切り裂こうとしていた。


 敵であるザッハークの口車に乗せられ、知らなかったとはいえ沙希を殺そうとしたのは否定のしようがない事実であった。


 だがショックを受けている暇など無いかのように、蛇姫と呼ばれた少女がまるでもがく姿に蓮司は安堵した。


「沙希!」


 弱々しくも、自分の力で立ち上がろうとしている姿に、蓮司は心の底から喜んだ。決して無事ではないが、死んではいないという事実は沙希を殺しかけたという罪悪感を薄めるには十分すぎた。


「よかった……」

 

 思わず無事かという言葉が口が出かけたが、蓮司はその言葉だけは飲み込んだ。生きてはいても、決して無事とは言えず、自分に彼女を心配する資格などがあるのかという疑問が脳裏に駆け巡っていく。


「おめでたいものだ」


 ザッハークが呆れたように首を振る。


 先ほどまでの事実を突きつけていた態度よりも、悪態をついているようにも思えた。


「君が彼女を心配する資格などありはしないというのに」


 蓮司の心の動きを悟ったのか、ザッハークは蓮司の思考を当てるかのような口調でそう言った。


 自分が沙希を心配する資格がないことは理解している。あったとしても、それを声高に主張するは毛頭ないが、それでも蓮司は沙希が生きていたことがうれしかった。


 そんな蓮司の思いすら見透かしたかのように、ザッハークは不適に笑った。


「さて、彼女は果たしてどう思っているのだろうね?」


 意味深な物言いでそう言うと、ゆっくりと立ち上がった沙希は、血走った瞳で蓮司を切り裂くかのような形相で睨みつけた。


「一条……蓮司……」


 短気だが人を恨むような性格とは対照的なはずの沙希が、自分に憎しみを向けていた。


「一条蓮司は……敵!」


 形容しがたいほどの憎悪を浮き出しにしながら、沙希は吠えるような口調で自分を敵であると宣言した。


「何を言ってるんだ?」


「一条蓮司は……金色の鳥王ゴールデン・ガルーダ……鳥王ガルーダ蛇の一族ナーガの仇敵!」


 憎悪をむき出しにし、呪詛のような言葉を自分に向ける沙希に、蓮司は何も言い返すことができずにいた。


「俺のせいなのか?」


 仇を討とうとして戦った相手が、自分が守るべき沙希であったこと。その憎しみを自分に向けているのはそう考えれば当然ではあるが、憎しみを生み出したのはほかならぬ自分自身だ。


「一条蓮司、殺す!」


 そう叫んで飛びかかろうとする沙希だったが、ダメージが大きいのか立ち上がることができずにいた。


 だが、目に憎しみが映っているかのように蓮司を睨みつけ、憎しみを原動力にしながら必死に立ち上がろうとしている姿は自分が知る沙希ではない。


 憎悪をむき出しにしたその姿はまさに、白金の蛇姫プラチナム・アムリタと呼ぶにふさわしい怪物であった。

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