第3話

 ここは一体どこなのだろう?


 暗い見知らぬ一室の中、仰向けになりながら北条沙希は、ゆっくりと瞳を開きながらそう思った。


 つい先刻まで、彼女は地獄にいた。耳を貫く爆音と共に、がれきの下敷きになり、そこではあらゆるモノが燃えていた。


 お気に入りの鷲の人形、父にせがんで買って貰ったブランドもののバッグ、剣道の大会で優勝した時に授与されたトロフィーのいくつかが、爆音の後には炎となっていたのだから。


 そして、当たり前のように生活していたはずの自宅も、あの爆音と共に全てが破壊されてしまった。


 そこまで思考を巡らせながら、沙希は両親のことを思い出した。あの爆発の中で、無事でいたのだろうか?


 だが、それ以上に彼女は一つの疑問にたどり着く。


 何故、自分は助かっているのか、そして、父と母は無事なのか。


「お目覚めですかな、姫君」


 その言葉と共に、一瞬で暗闇は眩いほどの明かりが灯る。


 すると、一人の少女と若い青年が自分を見下ろしていることに気づく。そして少女は、あの爆発の時に自分に話しかけてきたゴスロリ服の娘だ。


 まともな人間のようではあるが、彼らにはなんとも言えない異形、というよりも、人間の目をしていないことに沙希は気付いた。


「あなた達は誰?」


「我らは蛇の一族ナーガ、私はその一翼を担うダハーカと申します」


 大仰に頭を下げると、ダハーカと名乗った男は蛇のように、瞳孔が縦に入っていた。


 礼儀正しく振る舞ってはいるが、どこか爬虫類のように冷たい雰囲気を持っている。


「ここはどこなの? パパとママはどうしたの?」


 両親の安否を尋ねた沙希を、ダハーカはまるで観察するような視線を向ける。


「まずは、順を追って説明させて頂きましょう。ここは我々が所有する医療施設です」


 医療施設という言葉に沙希は反射的に周囲を見渡す。


 病院を遊び場として過ごした経験から、気付けば生命維持装置などの医療機器がずらりと並んでいる。


「ここは病院なの?」


「ええ、あなたは重傷を負われていました。瓦礫の山から彼女があなたを救出し、治療を施させて頂きました」


 治療という言葉に、沙希は自分が入院着を着ていることに気付く。


 だがそれ以上にダハーカが口にした瓦礫の山という言葉が引っかかる。


「瓦礫の山って、どういうこと?」


「大変辛い話になりますが、あなたがお住まいになられていた家はすでに消滅してしまいました」


 右手で顔を覆いながらダハーカは声のトーンを全く変えずにそう言った。


 まるで自分の反応を試すかのような話し方に、沙希は心が苛立ってきた。


「どういうことなのかハッキリ言ってよ! 瓦礫の山になったってどういうことなの? それに消滅って……パパとママは無事なの?」


 自分の生まれ育った家の存在など今はどうでも良い。


 それよりも沙希は自分の両親の事が気がかりであった。


 そんな沙希の視線から目をそらすかのように、ダハーカは体を背ける。


「では単刀直入に申し上げましょう。あなたのご両親は殺されてしまいました。お可哀そうに」


 まるで晩ご飯の献立について語るかのように、ダハーカは両親の死を彼女に告げた。


「殺された……?」


 両親の死という言葉の重さに、思わず沙希は押しつぶされそうになった。


 当たり前のように生活をし、うっかり母が作った弁当を忘れたことを思い出す。


「嘘よ! だってパパもママもちゃんと無事で……」


 必死に否定する沙希に、ダハーカは手にしたスマートフォンに映っている冷徹な現実を突きつけた。


「これがあなたのご自宅の惨状です。残念ながら助け出すことができたのはあなただけでした。ご両親は奴らの手で殺されてしまった。無念です」


 ダハーカが見せた画像には、沙希が生まれてから過ごしてきた我が家が単なるがれきの山に代わり、一部が炭と化した無慈悲な光景が映し出されていた。


「嘘よこんなの! だって私は無事だったじゃない!」


「ですが、あなたのご両親は生身の人間です。我々が駆け付けた時にはすでにこと切れていました」


 両親の死を受け止めきれない沙希に、ダハーカは淡々と事実を突きつけていく。


「そしてあなたもまた無事ではなかった……」


 ダハーカが指を鳴らすと、天井がライトアップされる。

 

 そして、その天井に映るのは紫水晶アメジストで編んだようなロングヘアと共に、紅玉ルビーを埋め込んだかのように紅に染まった瞳の少女の姿があった。


 どこか、無機質というよりもダハーカと同じような冷たい印象を持つ美少女の姿に沙希は息を呑んだ。


「誰なの、この子?」


 そうつぶやくと、天井に映し出された少女も同じように口を動かす。よくよく見ると自分と同じ入院着を着ており、不安なのか、表情が曇っているのがわかる。


 それ以上に彼女は自分に似ていた。髪と目を除けば、顔のつくりや体つき、コンプレックスがある胸の大きさまでそっくりで……


「え!? まさかこれって……」


 目と髪以外はすべてが似通っている理由に行き着いた時、沙希は体が震えだした。


「いかがですか? 本当のお姿を取り戻した感想は?」


 にやりと笑ったダハーカの顔が、言葉で表すことができないほどに邪気に満ちていたが、沙希は自分の体の変化に戸惑っていた。


 紅に染まっているはずの瞳は血の気を感じることができないほどに冷たく、紫色に染まった髪も常人とはあまりにもかけ離れている。


「これが……私なの?」


「ええ、それがあなたの本当のお姿です。お可哀想に、ずっとその色をあなたは隠して生きてきたのですね。実においたわしい」


 ダハーカは自分の肉体の変化に混乱している沙希の姿を憐れんだ。


「ですが、その姿を取り戻せた犠牲があまりにも大きすぎる。あなたのご両親をむざむざ奴らに殺害されてしまったのですから」

 

「嘘よ、嘘よ嘘よ、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘! 嘘ばっかりよ!」


 泣きじゃくりながら、沙希は必死に今の自分と両親の死を受け入れようとはしなかった。


 肉体が変化した現実も、昨日まで当たり前のように会話をしていた両親が死んだことなど彼女には受け入れられるようなものではない。

 

「どうせ夢なんでしょ! 夢なら覚めてよ! こんなのちっとも現実的じゃない!」


 悪夢を見ているとしか思えない。悪い夢ならば今すぐにでも覚めてほしい。


 強くこぶしを握ってベッドをたたき、しまいには蹴とばして沙希はあがき続けた。

 

 だが、手足から伝わってくる痛みは増すばかりであり、一向に覚める気配などなどなく、あがき続けるほどに自分が今悪い夢ではなく、悪い現実の中にいることを自覚させられるだけであった。


「かわいそうな姫様。そうよね、そんなの認められないわよね。あんなに幸せそうだったんだもの」


 沙希の紅に染まった瞳をのぞき込みながらアジィがそう言った。

 

「それが、あんな悪魔みたいな連中に家族を殺されるなんて、受け入れたくなんてないわよね」


 自分を憐れみながらも、自分と同じく紅に染まり、熱を感じさせない瞳に沙希は息をのんだ。


「でも姫様は独りぼっちじゃないのよ。私とダハーカが姫様の味方になってあげる。だから心配することなんて無いんだから」


 微笑みながら、アジィは沙希をあやすようにそう言った。


 紅色の瞳は血よりも鮮烈に見えるが、自分と同じ瞳をしている彼女の言葉に、少しだけ沙希はほっとしてしまった。


 こんなにも冷えた目をしているのに、なぜか彼女の目を背けることができずにいた。



---


「どうやら、蛇姫の懐柔は上手くいきそうですな」


 壁掛けのディスプレイに映る画像を眺めながら、決してほめてなどいない本音を隠さずに、金城哲人はテーブルをはさんで自分と同じ形の椅子に腰かける男にそう言った。


「それにしても、あの娘があなた方の仲間だったとはね」


「驚いたかねヴェスペくん」


 金城の正体を知る男は仮初めの名前ではなく、彼自身の本当の名前を口にした。


 本当の名前で呼ばれたことから、金城はクスリと笑うと全身を黄色の甲冑で覆いつくし、悪魔四騎士の一角を担うヴェスペの姿へと戻った。


「事前に獣王様から聞かされてはいましたが、実際見るまでは半信半疑でしたよ」


「我々もだ。アムリタがこんな片田舎で暮らしていたとは驚きだよ。ましてや、人間として生きていたとはね」


 男はアジィやダハーカと同じく、蛇を連想させる目と共に奇怪で長い舌を出した。


「そのおかげで我々もこうして彼女を取り戻すことができた。感謝しているよ」


 舌を出しながら笑うのは蛇の一族ナーガ特有の癖ではあるが、ヴェスペはあまりいい気分にはなれなかった。


「ですがのんきなことをやってる場合ではないですよ。蛇王ナーガラージャ殿」


 蛇の一族ナーガの中でも支配層にあたる蛇王ナーガラージャの一人であることに対し、魔獣軍団ベスティ・ヴァッフェの一員としてヴェスペは敬称をつけた。


「ザッハークで構わんよヴェスペくん。それは我々も危惧していることだ。ジャガーノート共には、我々も幾度となく煮え湯を飲まされている」


 忌々しそうにザッハークと名乗った男は、イラつきながらテーブルの皿に手を伸ばす。


 テーブルの皿には蛇の一族ナーガ達が好んで食べる芋虫の素揚げフライドワームが載っていた。


「我々も奴らには何度も邪魔をされています。特に金色の鳥王ゴールデン・ガルーダには恨みがある」


 ヴェスペ自身は戦った記憶はないが、金色の鳥王ゴールデン・ガルーダには彼の主君である獣王達が何度も叩きのめされたことを聞かされていた。

 現在よりも巨大な組織であった魔獣軍団ベスティ・ヴァッフェが、こうして蛇の一族ナーガと手を組まなければならないほどに凋落したことには憤りを感じていた。


鳥王ガルーダは恐ろしく強かった。我々も死んだと聞かされた時には盛大な酒宴を行ったほどだ。しかしヴェスペ君、君が恨んでいるのは奴ではあるまい」


 先刻、黒金のジャガーノートの一人である金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェにヴェスペが撃退されたことをザッハークは皮肉るかのようにそういった。


獅子王レーヴェめ……奴の登場は予想外でしたよ」


「悪魔四騎士をも撃退する力か。鳥王ガルーダは死んだが、奴が残した弟子どもも、侮れないことがよくわかったよ」

 

「次こそは必ず仕留めますよ。それよりも……」

 

「わかっているよ。何度も協議しあったことではないか」


 芋虫の素揚げフライドワームがを口いっぱいに頬張ると、ザッハークは旨そうにクリスピーな音を楽しむように味わっていた。


「平らげてみせるさ。鳥王ガルーダ獅子王レーヴェもな。ついでに、残りの黒金のジャガーノート達も仕留めてみせる。そのために我々は手を組んだのだからな」


 黒金のジャガーノートを一網打尽にする。


 それを行うだけの兵力と作戦は十分なほどにそろっている。


 特に北条沙希、いや、白金の蛇姫プラリナム・アムリタが本領を発揮すれば、十分なほどの結果が出るだろう。


 その前祝いのつもりで、ザッハークは芋虫の素揚げフライドワームのお替りを所望した。

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