明かされる真実

第1話

 満面の星空は、まるで宝石をちりばめたかのように、小さい星々が輝いている。


 日中の青空よりも、蓮司はこの小さな星達が見える夜空が大好きだった。


「蓮司は凄いなあ、夜になっても元気いっぱいだね」


 長い黒髪とイエローフレームの眼鏡をかけた成年が、優しく幼い蓮司の頭をなでた。


「うん! だってお父さんと一緒にいられるんだもん」


 にっこりと微笑む蓮司は、自分の父である一条蓮也に自信たっぷりにそう言った。


 蓮太郎とも違う、優しさそのものと言ってもいい表情の父が、蓮司は大好きだった。


「ゴメンね、いつも忙しくして」


「平気だよ! だって、お父さんは宇宙に行くお仕事しているんでしょ! カッコイイよ!」


 蓮也は物理学の博士号を持ち、大学に籍を置きながら宇宙開発公団に所属しながら宇宙開発に携わっていた。


 そのため、仕事と研究が忙しくなかなか蓮司と一緒に接することができずにいた。


「ほら、肩車してあげるよ」


「やった!」


 蓮司がはしゃぐと、蓮也はそっと微笑みながら蓮司を肩に乗せた。祖父の蓮太郎よりも大きい蓮也の背丈で肩車されることが蓮司は大好きだった。


「お父さんお星様、綺麗だね!」


「そうだね。あの星の一つ一つはとっても小さいけど……」


「ホントは凄く大きいんでしょ! 僕知ってるよ、ホントは何百年前に光ったのが見えているんだって」


 父との天体観測を通じて、蓮司も父の仕事や、関連する宇宙の話を密かに勉強していた。


 光の早さであっても、届くのに一年もかかる膨大な距離は、数年前、数十年前、それこそ数百年前の輝きを地球にもたらす。


 そして、光り輝く星達の大きさは、こうしてみれば豆粒だが、実際は地球と同じかそれ以上に巨大な惑星であることも蓮司は勉強していた。


「お! 偉いなあ蓮司は。もうそんなことまで勉強したのかな」


「だって、僕はお父さんの子供だもん! それに、宇宙のことって面白いし」


「そうか、蓮司も宇宙の面白さが分かってくれたか。嬉しいなあ」


 明るく微笑む父の顔をのぞき込みながら、蓮司も自然と笑顔になっていた。優しく、賢い上に、イケメンで格好いい父を蓮司は尊敬していた。


「今日は望遠鏡を使わなくてもいいのかい?」


 蓮也との天体観測をする時は、望遠鏡を使って星を眺めていることが多かった。だが今日の蓮司は久しぶりに父に甘えたくなり、肩車から下りたくなかった。


「平気だよ。それに、こうやって星を眺めるのが風流だって、じいちゃんも言ってたよ」

 

 父に甘えたい本音を隠しながら、かつて祖父の蓮太郎が星を眺めながら酒を飲んでいたことを思い出しながら蓮司はそう言った。


「そうか、じゃあ今日は夜空を眺めることにしようかな」


 息子を抱えながら、蓮也は息子との一時を楽しもうとした。利発で元気いっぱいで明るい蓮司を見ていると、蓮也も激務の疲労が癒やされていくような気がした。


「あ、流れ星!」

 

 蓮司が指さした先には、夜空を切り裂くように星が流れていた。蓮司ははしゃぎながら流れ星に願いを叶えようとするが、蓮也はじっとその流れ星を眺めていた。


「あ、早く願い事言わないと……」


「大丈夫だよ蓮司。あれは、流れ星じゃない」


 望遠鏡を使わなくても、蓮也は蓮司が指さす流れ星の正体をハッキリと見抜いていた。


「流れ星じゃないの?」


「あれはね、人の夢の塊なんだ。ある意味、流れ星よりも遙かに貴重で、価値があるものなんだよ」


 少しだけ悲しげな表情で蓮也がそう言うと、蓮也のポケットに入っている携帯モバイルの電子音が鳴り響く。


「僕だ。ということはやっぱりテロか。分かった。すぐに向かうよ」


 十数秒程度のやりとりの中で、蓮也は愛くるしい息子を下ろすと、片膝を付いて目線を合わせた。


「ゴメンね蓮司。お父さん、ちょっと仕事が入っちゃったんだ。今からお出かけしなきゃいけないんだよ」


「ええ! せっかくお父さんと遊べると思ったのに」


 不満げな蓮司ではあったが、蓮也もいたたまれない顔になっていることに気付くと、いささか不満がトーンダウンしていく。


「本当にゴメンな。お父さんが守らなきゃいけないのは、蓮司との約束だけじゃないんだ。多くの人達、お母さんやおじいちゃん、そして蓮司とよく遊んでくれてる悠人くんや正臣くん達のことも、お父さんは守らなきゃいけないんだよ」


「……分かった」


 決して納得はしていないが、父が大きな仕事をしていることは蓮司も一応理解している。

 それに、父は必ず約束を守る。守れない時はちゃんと謝ってくれるし、お詫びもしてくれる。


 何より、ワガママを言うのはなんとなくかっこ悪いような気がした。


「今度は船に乗せてあげるよ」


「船の操縦も教えてね」


「ああ、蓮司との大事な約束だからね。必ず守るよ」


 蓮也はそう言うと、全身を金色に光り輝かせる。神々しい金色の鎧を纏い、金色に輝く翼と、鳥の頭を意匠した兜のような頭部。


 その姿は見る度に、蓮司は目を輝かせて興奮する。この姿になった父は変身ヒーローのように大活躍するのだから。


「それじゃ、行ってくるよ!」


 蓮也は高く跳躍し、金色の翼を羽ばたかせ、そのまま夜空へ向かって飛び立っていった。


 その姿を蓮司は見えなくなるまで、眺め続けていたのであった。


***


「父さん……」


 そう言いかけ、半身を起こすと一条蓮司は、現実の世界へと戻ってきたことを知った。


「夢か……俺がまだずっと小さいころの」


 仕事が忙しく、なかなか会えないこともあったが、家に帰ると蓮司に勉強や趣味のことを丁寧に教えて遊んでくれる優しく強い父、一条蓮也。


 あの場所から離れて蓮太郎と二人暮らしをするようになってからは、殆ど思い出すこともなく、忘れていた父のことを蓮司は今思い出した。


「俺、あんなに父さんのことが好きだったのに……忘れてたのか……」


 どうして忘れていたのだろう。あの頃は、いつも父さんと一緒にいることが楽しかった。

 大好き過ぎて、蓮司は母と父のベットに潜り込んで寝ていたほどだ。


 だが気付けば、いつも祖父の布団で寝ていたことがあのときの一番の謎だったことを蓮司は思い出す。


 懐かしい記憶に笑いかけたが、蓮司は腹に巻かれた包帯に気付くと、そんなノスタルジックな気持ちがいっぺんで消失した。

 

 駆け足で蓮司は着の身着のままで、居間に下りると、そこには意外な人物が立っていた。


「おはようさん」


 満面の笑顔で片桐悠人が頭にタオルを巻きながら、朝食の支度をしていた。


「傷の具合はどうだ蓮司?」


 新聞を読みながら、蓮太郎が蓮司に尋ねるも蓮司は昨日起きたこのショックから、二の句が継げなかった。


 仕方なく、いつものちゃぶ台の位置に座ると、ちゃぶ台の上には手の込んだ朝食が並んでいた。

 

「太刀魚の干物、切り干し大根、高野豆腐の含め煮、メカブのサラダ、冷や奴、なかなかご機嫌な朝飯になりそうだ」


「普通に飯食ってる場合かよ」


 はしゃぐ蓮太郎に、蓮司は苛つきを隠さずにそう言った。


「俺、昨日殺されかけたんだぜ! 沙希は誘拐されたし、北条のおじさんとおばさんは殺された! 二人ともおかしいんじゃないか!」


 昨晩の惨劇を蓮司は思い出しながらそう言った。そして、その惨劇の中で生まれた無力感と後悔は見えない刃になり、蓮司の心をノコギリのように削っている。

 

 その痛みに耐えきれなくなったかのように、蓮司は感情をぶつけた。


蛇の一族ナーガだの魔獣軍団ヴェスティ・ヴァッフェだの、奴ら一体何者なんだ? それにあのヴェスペっていう奴はどういう輩なんだよ!」

 

「分かった分かった、とりあえず座れ」


 蓮司の強い怒りが混じった悲しみを悟ったかのように、悠人は真顔になり、畳に座る。


「北条さん達が殺されたのも、あの二人の娘さんが攫われた事も、そしてお前が殺されかけたのも、全部昨日あった現実だ。そして、お前が普通の人間なら、死んでいてもおかしくない怪我をしたのもな」


 昨日の事件の当事者で、唯一この場にいる被害者の蓮司を強調する悠人の言い方に、蓮司は蹴落とされそうになる。


「俺は普通の人間じゃ無いんだね」


「人間と言えば人間だ。だが、人間じゃないといえば人間じゃ無いのかもしれん」


 蓮太郎がいささか含みがある口調でそう言った。


「いつかはお前に言わなければならないと思っていたことだ。蓮司、今から言うことをしっかりとお前は受け止めなきゃいけない」

 

 いつもはおちゃらけている遊び人の祖父ではあるが、真剣な時は誰よりも凄みがある。

 

 蓮太郎が久しぶりに真面目になったことに蓮司は身構えた。


「お前は金属生命体、ジャガーノートなんだ」

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