獅子王見参

第1話

「ここであなたと戦えるのは光栄で……」


 ヴェスペがそう言いかけた時、金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェとなった片桐悠人は、文字通りの黄金の足で顔面を蹴り飛ばしていた。


 一切の手加減も躊躇も存在しない、容赦無い一撃に黄色の甲冑がまるでピンボールのようぬぶっ飛ばされていくが、気にせずに悠人は腹部を刺されて倒れた蓮司を介抱した。


 腹部に刺さった針のような杭、あるいは杭のような鋭い針はかろうじて急所から外れていた。

 

「情けないところ……見せたかな?」


 かろうじて強がりを言う蓮司だったが、黄金の鎧の中で思わず悠人はほくそ笑む。


「今のところはな。悪いが抜くぜ。我慢しろ」


 血管を傷つけないように、それでいてスピーディに悠人は針を抜く。今まで経験したことのない激痛に蓮司は叫びそうになったが、かろうじて歯を食いしばった。


「これでどうかな……」 


 体を貫通する針を抜いた痛みに耐え、蓮司がそう言うと、悠人は矢継ぎ早に蓮司の腹部の出血を熱による原始的な方法で強制的に止めた。


「うがぁ!!!!」


 肉と血が焼ける匂いと共に、とんでもない激痛が蓮司を襲う。先ほど以上の痛みがマッサージにしか思えないほど、痛覚そのものが肉体と共に精神を抉っているような感じがした。


「これでいい、後はちょっとだけ寝てろ。すぐに終わらせる」


「ありがとう悠兄……」


 そう言うと安堵したかのように蓮司は目を閉じる。普通ならば、大の大人でもそのまま気絶してもおかしくは無いほどの荒っぽい治療だが、蓮司はそれでもなんとか意識を保っていた。


 昔と変わらない意地の張り方に、悠人は少しも蓮司が変わっていないことを嬉しく思った。


「図体はでかくなったが、意地張るところは変わってねえな」


 そうつぶやくと同時に、悠人は蓮司を介抱する途中で拾い上げた、自分の鎧と同じ金色の棍棒を振り回す。

 そして、甲高い金属音独特の音が田舎道に鳴り響くと同時に、針は剛力によって弾かれていた。


金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェ、やはり一筋縄ではいかないようですな」


 先ほど悠人が蹴り飛ばしたヴェスペが、月明かりに姿を照らしながらやってくる。


「バカ野郎、俺を誰だと思っていやがるんだ。伊達に派手な名前は名乗っていねえよ」


 背後にいる蓮司から離れないように、悠人は棍棒を構え直した。


「そうでしたね、我が主を悩ます唯一の存在。黒金のジャガーノートにお会いできるとは思ってもいなかったですよ」


「俺もまさか、有名な悪魔四騎士の一人に会えるとは思ってもいなかったぜ」


「私のことを知っているので?」


「その下品な金ぴかの剣、えげつない飛び道具の針。悪魔四騎士の一人、ヴェスペっていうのはお前のことだろ?」


 悪態と茶化しを入れて悠人はそう言った。悪魔四騎士というおぞましい名前にふさわしく、ヴェスペは不適に笑い始めた。


「ふふ、いかにもその通りというべきでしょうか?」


「ついでに俺が知っている情報じゃ、とびっきりのクズだって聞いているぜ。人殺しが大好き過ぎて、手を組んだ連中も皆殺しにするってな」


 その言葉に反応するかのように、ヴェスペは両肘を悠人に向けて針を放つ。針と呼ぶよりも土木工事に使うような杭が、音速を超えて放たれる。


 普通ならば避けることも敵わないほどの速度と威力ではあるが、悠人は一切その場から移動しなかった。避けられないのではない。ましてや反応ができないわけでもなかった。

 

 手にした棍棒が、闇を切り裂くかのように一閃すると同時に、殺意が込められた針はあらぬ方向へと弾かれていった。


「私の針を弾くとはね。噂の金剛杵ヴァジュラ、 実物を見れるとは……」


「見れるだけじゃねえぞ」


 リーチを生かすように、悠人は金剛杵ヴァジュラでヴェスペをなぎ払うかのように左右に振り回す。


 ヴェスペもまた、手練れの剣士であることを喧伝するかのように金剛杵ヴァジュラを剣で受け流していた。


 黄金の杖と黄金の剣が火花を散らしながら、闇夜を彩るかのように金属音を奏でながら攻防が繰り広げられる。


「久しぶりですよ。ここまで私が手こずるとはね」


「手こずるだけで終ればいいけどな」


「あなたもね」


 ヴェスペの攻撃は容赦が無い。振う一撃は常人の剣速を遙かに超えている。避ければ岩が砕け、大木や街灯、自販機までもがスッパリと切断される。


 加えて、その攻撃には無駄が無い。力任せではなく、間合いを見計らいながらも強弱を付けながら前後左右に向けて剣を振るうのは、単なる怪物にはできない芸当だ。


 並の相手では文字通り秒殺されるレベルの強さを持っているのは間違いない。


「悪名はクズっぷりだけじゃなかったみたいだな」


 金剛杵ヴァジュラで真正面から相手を打ち砕けなかったのは初めてではない。

 それでも攻防が成立している相手と戦うのは悠人も久方ぶりであった。それ相応の強さを持ち合わせていることは間違いない。


「弱い者は悪魔四騎士は無論のこと、魔獣軍団ヴェスティ・ヴァッフェにも入れません」


「興味ねえよボケ、クズ同士群れる趣味は俺には無いんでね」


「……なるほど、金色の獅子王ゴールデン・ルーヴェがここまで下品だとは思ってもいなかったですよ」


 会話をする度に、一方的に侮蔑してくる悠人に流石のヴェスペも呆れているらしい。


 それでも、悠人の減らず口は止まることは無かった。


「陰険よりは万倍もマシだっつーの。ガキ一人闇討ちして、ぶっ殺しにかかってる奴が下品とか、どの口で言ってやがるんだ? ケツにも口があってそこでしゃべってるのか」


 ありのままの現実を冷静に見ながら、悠人は毒をたっぷりと含んだ言葉をヴェスペにぶつけた。

 十六歳とはいえ、子供一人を殺そうとし、仕舞いには闇討ちを仕掛けたのはヴェスペ自身に他ならない。


「ご大層に、そんなバカでかい剣まで用意しといて、陰険を通り越して根暗過ぎるぜ。まだ昼間から殴りかかってくる方が紳士的だ」


「ならば受けてみますか? この神々の黄金剣ラインメタル・ソードを」


 距離を取りながら、輝きに関しては悠人自慢の金剛杵ヴァジュラにも劣らない剣を、ヴェスペは先ほどまであった余裕さを消しながら上段に構えた。

 

 輝きが増すと共に、見ただけでオーラのようなエネルギーが収束しながらも、一部が溢れ出ている。


「闇討ちには不釣り合い過ぎるだろ」


 見ただけでエネルギー出力が跳ね上がるのが分かるほどだが、目で分かるということは目立つことを意味している。


 闇討ちには無論のこと、暗殺にも不釣り合い過ぎる構えに悠人も苦笑した。


「殺せればそれでいいんですよ。大事なのは過程ではない、結果です。最後に立っている者が勝者です。違いますか?」


「違いねえ」


 意外すぎるほどの正論に思わず悠人はそう答えると、構えを解いた。


「敗北を受け入れる気にでもなったのですか?」


「バカ言うな、俺は死ぬ時は老衰って決めてるんだ」


 死ぬ覚悟など初めから持っていない。持っているのは、死なない為の執念とその為に知恵を絞ること。


 あえて覚悟があるとすれば、背後に倒れている一条蓮司という弟分を守ることだ。


「望んだ死に方が選べる状況だと思いますか?」


「生き方すらままならないんだぜ。せめて死に方ぐらいは選ばせろ」


「強欲ですね、潔さも時には必要ですよ」


「欲が無い人間がいたらそいつはそもそも生きちゃいねえよ。欲があるから人は生きていられるんだぜ。まあ、お前にこんなことを言っても、変態ロリペドレイプ魔に子供の権利条約を守れっていうぐらい不毛だがな」


 挑発も兼ねた毒舌にヴェスペは無口になりながらも、先ほどまで見せていなかった強烈な殺意を向き出しにする。

  

「……ならば、あなたも私の欲の糧となってもらいます」


 殺意と殺気をブレンドしたかのような高出力のエネルギーが光となり、波動を伴いながらの一閃をヴェスペは放った。


 田舎道のアスファルトを粉々にしながら放たれた渾身の剣撃が悠人に迫る。


 直撃すればただでは済まないどころか、消し飛んでしまうかもしれない、死の一撃が迫ってくるが、悠人はそれでも一切の恐怖が無かった。

 それどころか、黄金の鎧の内側でうっすらと笑ってすらいた。


「悪いがそうはいかねえ」

 

 相棒とも言うべき金剛杵ヴァジュラを手にし、殺意と殺気の奔流を相手に、悠人は叫んだ。


「金剛双輪拳、車輪返し!」


 ヴェスペの神々の黄金剣ラインメタル・ソードの禍々しい光とは対照的に、強く光りながらも、闇を照らす灯火にも似た光の車輪がヴェスペの一閃を天空へとはじき飛ばす。


「バカな!!!」


 渾身の一撃を、まるでレーザーが鏡で反射したかの如く弾かれたことにヴェスペは驚愕したが、悠人は第二撃をすかさず用意していた。


「驚いてる暇はねえぞ!」


 金剛杵ヴァジュラを地面に突き刺して、空になった悠人の両腕が金色に輝く。

 片腕でバスケットボールほどの大きさになったエネルギーが、両腕を組み合わせながら野球ボールほどに圧縮されていく。


地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌス!」


 凝縮したエネルギー、闇夜を照らす太陽と同じ輝きを放つプラズマの弾丸が、空気すらも焼き焦がしながらヴェスペへと放たれる。


 かろうじてヴェスペは自慢の剣で受け止めるが、自分が放った一撃とは文字通り比較にならない、圧倒的を通り越して無茶苦茶な出力と熱量の弾丸に飲み込まれていく。


 防御が解けると共に、地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスはヴェスペを吹き飛ばしていった。


 太陽と同じプラズマの塊、それを圧縮して放った一撃は、隕石が落ちたのかと疑いなくなるほどの轟音を轟かせると共に、十メートルほど地面を穿ち、大きなクレーターを作りだす。


「……いけねえ、またやっちまったな」


 ヴェスペを倒した高揚感よりも、どこかばつが悪さを悠人は感じていた。決して弱い相手ではないが、倒そうと思えば倒せない敵ではない。


「これが町中だったら最悪だったぜ」


 町中ではないからこそ、悠人は手加減する事無く地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスを使った。


 それでも出力は落としてはいるが、悠人は決して強い相手と戦うことを生きがいとしている戦闘狂でもなければ、相手をひたすら破壊することを楽しむ破壊バカでもない。


 蓮司という守るべき弟分を狙う刺客を排除する、ただそれだけで戦っただけでしかない。


「全く、これだからあいつらと戦うのは嫌なんだ。気付けばぶっ壊す必要の無いモノまでぶっ壊しちまう」


 跡形も無くただ破壊するだけでは奴らと同じだが、手加減ができるような容易い相手ではない。

 結果として、奴らと戦う時は周囲の破壊を余儀なくされるが、そのたびに自分の力が勢い余ってしまうことに悠人は嫌悪感を抱いていた。


「暴力で暴力を制すな……ね。俺もまだまだか」


 かつて師に教わった戦いの教訓を思い出しながら、悠人は変身を解いて突っ伏した蓮司の元に向かった。


「おい、生きてるか?」


 軽く頬をなでるように叩くと、蓮司はうめき声と共に目を覚ました。


「なんとか生きてるよ」


「無理するな、腹にパイルバンカーでも使うような杭みてーな針が刺さってたんだ。お前じゃ無かったら確実に死んでるよ」


「俺じゃなかったら?」


 介抱しながら、悠人は蓮司が常人ではないことを口にしていた。


「まったく、ヒデエ奴らだぜ。こんなえげつない武器使いやがって。牛刀をもって鶏を割くどころか、焼き鳥の串刺すのに工事現場用のくい打ち機を使うようなもんだぜ。普通の人間じゃなかったら、どうなっていたのやら……」


「ちょっと待ってくれよ!」


 とっさに大声を出した蓮司ではあったが、その瞬間腹部が引きちぎれるような痛みに腰を抜かした。


「でけー声出すにはまだ早いぜ。とりあえず、水でも飲むか?」


「そんなことどうでも良い! 俺は一体なんなんだよ!」


「確かにお前は普通の人間じゃない。だから、あいつらに命を狙われた」


「俺もあいつらみたいな化け物なのか?」


 普通なら死んでいてもおかしくはない怪我。今も激しい痛みが襲いかかっているが、感情が高ぶっているから、蓮司は引き下がらなかった。


「決まっているだろ。お前は俺の弟分で、一条のじっちゃんの孫で、一条蓮也さんと京香さんの息子だ」


 臆することなく、それでいて平然としながら悠人は蓮司にそう言った。蓮司が何者であっても、家族関係までもが変わったわけではない。


「確かにお前は普通の人間じゃない。だから、あいつらに命を狙われたんだが……」


 悠人がそう言いかけると、今度は別の方向から、悠人がヴェスペに放った地を穿つ太陽の弾丸シャクラダヌスと同じぐらいの爆発音が聞こえてきた。


「まさかあの野郎、まだ生きていたのか?」


 渾身の必殺技を放ったはずだが、あの蜂野郎はしぶとく生き残っていたのだろうか?


「あの方向……まさか……」


 怒りで紅潮していた顔が青くなると共に、蓮司は負傷した体で走りだそうとした。

 あの爆発音と共に炎まで上がっている方向にあるのは、蓮司が今夜行こうと思っていた目的があったのだから。

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