February

搗鯨 或

第1話

「年中、雪が降っている街を知っているかい?」


 寒い冬の夜、立ち寄ったバーのカウンターでカクテルを嗜んでいたとき、隣に座っていた男性が私に声をかけた。

 店内だというのに、彼は黒いコートを羽織り、襟を立て、これまた黒い帽子をかぶり、顔は見えない。ぱっと見たところ浮浪者のようだ。


「いえ、そのよう街は見たことも聞いたこともありません。」

 そう返すと、彼はかなり酔っているのか「うんうん」と大袈裟な相槌をうち、ウヰスキーをチビチビと舐め始めた。多量のアルコールを摂取して、機嫌がいいのだろう、私に話しかけたときから彼の口角はあがっている。


静寂。


 他にも客はいて、ガヤガヤとしているのに彼と私の間には独特な空間があった。


「君は旅人と見える。かなり長い旅をしてきたのではないか?」

 その通りだった。私はかれこれ10年間、旅をしている。

「そうですね……。10年ほど旅をしています。」

「そうかそうか! そりゃいいな! 俺も旅人なんだぞ。」

人生のな。

 そんな誰は一度は聞いたことあるようなことを言って、彼は声を上げて笑った。元から笑いのツボが浅い人なのか、お酒の力でこんなにわらってるいのか。私にそれはわからなかった。


 その際、黒帽子の間から彼の新緑の目が見えた。カンラン石のような綺麗な色だった。

 どこかでその目を見たことがあると思ったが、アルコールが回ってきて深くは考えられなかった。


「だが、まさか今日君に出会うとは!これもきっとなにかの縁だ。ともに呑もう」

 彼はバーテンダーに、私の知らない名前を注文し、また自分のウヰスキーを舐めはじめた。

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