第29話 誕生祝の裏側で

 テオドラ・・・・姫の誕生祝は夕刻から開かれる。

 宴の最終日にふさわしく、町も祭りの最後を楽しもうとする人間でいっぱいだ。


 だが王宮の隅で、その男たちは二か国の騎士に囲まれていた。

 一つはこの国、ネイディアの正騎士。そしてもう一つはジェイク含むイズィナ国第三王子ロイが率いる騎士だ。

 勝負は一瞬だった。

 一瞬の隙を突き男たちがテオドラを攫おうとした時、まばゆい閃光が視界を奪った。気付いたときには剣を向けた正騎士たちに囲まれ、一瞬のうちに体が拘束されていたのだ。


 それでもジェイクは緊張を解かず男たちをねめつける。

 閃光を放ったのはシャロンだが、彼女は少し離れたところで少年の姿をしている。本当はどこか安全なところに、できればミネルバの元にいてほしかったが、

「今はジェイクの側が一番安全でしょう?」

 と優しく微笑まれれば頷くしかない。


 正騎士たちに囲まれた男達の黒い髪の一部には白っぽい髪の束が混じり、それが編まれているように見えるが、その髪は装飾品だ。遺髪や大事な人の髪をお守りとして身につける習慣自体は珍しくないものだが、それは遺髪ではない。かつて幼かったカロンたちから抜かれた髪だった。



 昨夜シャロンの気付いたことは、曖昧過ぎて彼女自身言葉にできないもどかしいものだった。ただ危険なものが近くにいる。そんな予感めいたものでしかなかったからだ。

 そこでシャロンに何が思い浮かぶのか、単語でいいから言葉にするよう促した。ロイがミネルバに命令をし、それを可視化していく。水晶に浮かぶ映像にシャロンの記憶もよりはっきりし、何を予感したのかが段々はっきりと浮き上がっていく。同時にテオドラが息を飲み、二人の王女は小さく頷き合った。

 それはかつてのカロンが「黒くて大きくて怖いもの」だと思っていた――



「まさか、王女拉致犯の黒幕が残っていたとはね」

 怒りの滲む声で男に剣を向けるのは、かつてテオドラを見つけた元捜索隊隊長だ。

 男たちはネイディアの東にある地方モニセアの住民だ。そこは昔一つの小国だったが、今も自治が認められ独特の文化を受け継いでいる地域の一つだ。

 今回の宴もきちんと招待を受けての参加のはずだ。しかも後継ぎである長男マトヴェイは、姫の見合い相手の一人でもあった。


「姫を一人消しただけでは飽き足らず、まだ狙ってたのか」

 その言葉に男の一人がニタリと嫌な笑顔を見せ、

「あれは勝手に消えたんだよ。あの王女が消したんだろう? 妹なのに残酷なことだよなぁ」

 と歌うように話し、楽しげに肩を揺らした。


 当時捕らえられた拉致犯は、いずれ現れるという神の楽園を求めて遊牧する民の一部だった。その者たちはそれぞれ制裁を受けたが、捕らえられたものは誰一人、モニセアと関わっていることを口にはしなかった。

 だからこそ、早朝テオドラ・・・・が再び狙われていることをゼノンが上層部に訴えたとき、まじめな顔をして聞いてはくれたものの、内心一近衛兵がおかしなことを言い始めたと思われたことだろう。

 その時テオドラがシャロンを連れて国王の元に行き、彼女がカロンであると説明しようした。だがテオドラをカロンの名を口にするや否や、王妃はシャロンを抱きしめ、「カロン」とその名を呼んだのだ。


「やっと、名乗り出る気になったのね」

「気付いて、らしたのですか?」

「わからないわけがないでしょう。魔法の力で突然、テオドラがカロンと入れ替わったことだってわかっていました」


 王妃にはテオドラの操作は効いていなかった。

 昨日カロンが特別な声でテオドラを見せていたので、二人がそろう日が近いと思っていたのだと。だから後ろからジェイクはもとより、ロイが入ってきても驚かなかった。テオドラの相手はジェイクではなくロイなのだと認識していたと言われ、

「実は王妃は稀代の大いなる魔女なのでは?」

 と誰もが思ったが、彼女には魔力などないという。


 王妃が味方に付いたこと、シャロン達がミネルバの力をもとに可視化した情報を国王や正騎士に見せたことで話は早くなった。テオドラがブランシュの生まれ変わりであるとは告げなかったが、多分再来だとの確信を深めたのだろう。


 危険が気のせいで済めばいい。

 だが、もし実行に移そうとするなら容赦はしない、と。


 そして、シャロンが気付いた昔嗅いだ「独特の匂い」に気づいたことで、ひもづいて思い出された「声」。それからその男たちが身に着けているのがカロンとテオドラの髪だということをミネルバが高速で分析し、正体を暴き出した。


 髪には力が宿ると思われている。

 拉致犯たちは、攫ってきた幼いカロンたちの髪をことごとく抜いたのだ。母から贈られた髪飾りなど何年も付けられないほどに。


 自分が知らない幼かったシャロンの痛みや苦しみの一部に触れ、ジェイクは怒りで目の前が真っ赤になった。同時に、愛しい女性の髪を身に着けている男たちへの殺意を抱いたのは自分だけではなかっただろう。



「王女様もなぁ、素直にマトヴェイ様を選んでおけばよかったんだ」

 リーダーとみられる年配の男が若い男を顎で示してそう吐き捨てた。言われたマトヴェイ本人はと言えば、事情がよく分かっていなかったのか諦めたのか、うなだれたまま目を閉じている。彼だけは髪飾りを付けていないことに気付き、ジェイクはその違和感に眉根を寄せた。


 男たちは大声で宴の間姫へのアピールは欠かさなかったと口々に言い始めた。

 マトヴェイの代理として、自治領の代表として、男たちは王女に贈り物もしたし、何度も話しかけた。だが姫が見ていたのは、異国の顔だけが綺麗な王子。今もネイディアの騎士に混ざって仲間を取り押さえている王子ロイを見て、男は忌々し気につばを吐きかけた。

「姫が魔王として覚醒すれば、この国はおろか世界だって手に入る。こんな綺麗なお坊ちゃんの手には余るさ」


 異様に目がぎらつく男たちに騎士たちの緊張が一瞬高まったが、ロイは自分につばを吐きつけた(距離があるので届きはしなかったが)男を冷たい目で見降ろした。

「愚かだな」

 声は小さいが、その言葉はその場にいる全員に聞こえた。

 込められたのは怒りと哀れみ。そして呆れだろうか。


「おまえたちの言う魔王は人ではないよ」

 そう言って手のひらをあげると、紅蓮の館の本がその手の上に浮かび上がる。そこから飛び出した映像は爆発だ。兵器であることさえ分からないような強大な力。かつて一度この星を滅ぼしかけたものだ。


 だが今この星にいる人間に、ここが一つの惑星であるという認識は消えてしまった。

「ここは失われたロスト惑星プラネットだ。外は嵐のようで外部からの通信は途絶え、船さえ来ない。あれから何千年たったんだろうな」

 そう呟いたロイは、自分とテオドラ、そしてシャロンは今も「魔王」の親になり得ることを知っている。紅蓮の館の知識を元にすれば材料をそろえることも不可能ではない。だが誰にもそれができないようにしたのがジョージ自身だと、ジェイクにこっそり教えてくれたのはミネルバだ。


 結婚後に色々な惑星を旅するために作られた、居住型宇宙船ミネルバ。

 なのに最初に訪れたこの星で宇宙嵐に遭い、大きな損傷を負った船は宇宙そらへと飛び立つことは叶わなくなった。ミネルバが最新型であったが故に、一番必要な核になるパーツがこの星では用意できないからだ。いつ止むか分からない嵐に輸送船もたどり着けず、こちらから他の星に行くこともできない。

 愚かな時の権力者の手で、様々な知識が失われた。


 かつて科学や超能力と呼ばれたものは時間を経て、すべて「魔法」と呼ばれるようになった。テオドラの前世ビアンカ(ブランシュ)は、稀代の超能力者であり科学者ジョージの妻であり、彼の右腕たる優秀な技術者でもあったのだ。


 魔王兵器など蘇らせない。あれは不要なものだ。

 だが間違った知識は幼い子供を、女性を傷つけた。命を奪った。

 魔王が女だと思われたのは、あの兵器の名前が女性の名だったからだろうか。


 とつとつと語られるロイの言葉を、ジェイクでさえ半分も理解できなかった。宇宙のことや、ここが惑星であることもミネルバから学んだが、空気のない世界に人が飛び出せるとはとても思えなかった。

 ジェイクが魔法だと思っていたもののほとんどは、かつて科学と呼ばれたものだ。

 不安定で危険もあるが、本当はうまく付き合えれば人々に恩恵をもたらすもの。かつて「誰もが使えた魔法」。それが科学。


 時をさかのぼれたのは、かつてタイムマシンを作ろうとして失敗したものだという。旅行のように過去に行くのではなくすべてが逆行する。年齢も記憶も含めて。

 覚えているのは管理頭脳であるミネルバの記憶媒体だけ。

 だから禁忌だった。意味がないものだから――。


 魔王が人ではないと言われた男たちは鼻で笑った。むしろ爆発のリアルな映像に目をぎらぎらと輝かせる。

 だがマトヴェイだけは目を開け、静かにロイの顔を見た。

「知ってるよ。だが私の声など、もはやこの者たちには届かない」

 そう言って薄く笑うと、いつのまにかシャロンがそばに来てジェイクの後ろに立っている。そして声に特別な音を混ぜるとマトヴェイ以外の男たちが突然意識を失った。


「さすがだね、いまどきこんな完璧な催眠波を使うなんて。お医者さんかな。君は誰だい? テオドラ姫に近い――」

 マトヴェイは目を細めてシャロンを見、一瞬目を見開いてからクツクツと笑い出した。

「ああ、そうか。私が必死に口説こうとしていたのはテオドラ姫ではなく貴女だったか、カロン姫。まさかこんな大掛かりなことをしていたとはね」


 偶然であることを知らない青年はひとしきり肩を揺らすと、はあと重い息を吐く。

 シャロンは髪の覆いをほどき、少年の擬態も解いた。


   ◆


「あなたは誰?」


 シャロンは記憶をたどり、マトヴェイの行動を思い出す。

 おとなしい穏やかな雰囲気の青年だった。いや、シャロンより一歳年下なので、まだどちらかと言えば少年だ。大人っぽい目をしているが、肌や頬はまだ子どもの雰囲気を持っている。

 王女にアピールをしていた、口説こうとしていたとリーダー格の男たちは言うが、マトヴェイ自身の行動は控えめで、どちらかといえばあまりこちらに近づかないようにしていたように思う。挨拶以上の言葉を交わした記憶もないくらいだ。

 そんな内気そうな少年は、シャロンの質問に微かに微笑んだ。


「さあ。誰なんだろうね。――昔々、ここではないどこかで、ビアンカという少女と共にいたことのある亡霊、かな」

 そしてロイの手元の本を見ると「懐かしいね」と呟いた。

 その言葉に、彼もまた前世の記憶があることが分かる。手元にデータを呼び出すことが当たり前だった時代の記憶を持つ人。


 彼がぽつぽつと話すには、その記憶が蘇ったのは宴の席でカロン姫を見たときだったそうだ。

 雷のように突然落ちてきた夢のような記憶を必死で整理している間に、自分が正義だと思わされていたものが根底から狂ったことが分かった。

 でももう止めることが出来ない。説得も無駄だ。

 できればテオドラ――いや、その時はカロンだったが―――王女が自分を選んでくれれば、どうにかして守ろう。そして二人で遠くに逃げようと決意していた。


 マトヴェイの力は空間をねじってつなぐこと。一瞬でこの星の反対側に行くことさえ可能だった。ただ、この体でも可能なのかは分からない。

 それでも「今でもきっとできるはず」と信じた。しなければならないと。だが王女は一人の男しか目に入っていなかった。


「でもあなたたちには、私が守ろうとしなくても立派な騎士が付いていたんだね」

 そのまぶしそうなその顔に、ロイがある名前を呟くが、

「それはもういない亡霊の名だよ」

 とマトヴェイは肩をすくめる。


 懸命にテオドラの前世の記憶を探っていたシャロンは、ロイが呟いた名でやっと彼の前世の正体が分かった。――彼はビアンカの双子の兄だ。ビアンカ同様、分野が違えばそれ以上の力を持つ超能力者であり技術者。その技術力とセンスで「魔女」とまで揶揄されたチームのリーダーだった人。

 彼もまた、シャロンの側にいたことで前世の記憶を取り戻してしまったのだと気づき、シャロンは唇をかんだ。


 彼の故郷、モニセア地方の人間全員が魔王復活を信じていたわけではない。

 リーダー格の男はマトヴェイの父を支える補佐官であり、彼の妻は遊牧の民の姫だった。いつか現れる神の楽園と魔王がどう結びついたのかは分からない。だが二人の結婚により、残酷な計画は始まった。かつての遊牧民の姫が「魔王の力」を感じると言い始めたからだというが、彼女の言葉は不思議と人々を魅了したのだ。

 それはかつて一つの国だったモニセアを取り戻す夢と重なったのか……。


 その姫が半年前に亡くなったが男は諦めなかった。

 姫が亡くなったことで洗脳されてた人々は夢から醒めたようになり、男を信じる者は数えるほどの人数になったのにだ。だがそれは、領地の中枢にいる者達でもあった。

「大領主である私の父も含めてね。このままではモセニアは滅ぶよ。人民の生活を考えられないトップなんて、それこそ悪でしかない」


「それで、そなたはどうするつもりだった?」

 突然響いた声に振り向くと、国王が音もなく近づいていた。側にテオドラもいて、戸惑ったような表情をしている。


「これは陛下。このような格好で失礼を」

 後ろ手に縛られ跪いたままのマトヴェイは、苦笑いしながら会釈する。それからテオドラをみて、懐かしそうに目を細めた。

「――姫を連れ去ることに失敗したら、危険分子のほうを遠くに投げるのも一つの手か……などと思ってましたよ」

「そんなことが?」

 目を見張る国王を素通りし、マトヴェイは「君はどう思う?」とテオドラに問う。


「その罪は、私が一緒に負いましょうか」

 視線が絡んだことでマトヴェイの正体が分かったのだろう。テオドラが微笑んだのは、自分が一緒なら可能だという意味だ。不穏分子たちを、不毛の地に一緒に送りましょう――と。でもそれは国の法を無視した行為だ。

 シャロンが驚いて息を飲むが、マトヴェイは「相変わらず君は人が良すぎるよ」と笑い、「罪どころか被害者だろ」と事実を思い出させる。


 怖い思い、つらい思いをさせたことをつらそうに詫び頭を下げる男に、シャロンとテオドラは首を振る。自分たちよりさらに幼かった彼に、当時何が出来たというのだ。今だって洗脳されてきたが故に害を為そうとしたが、結局は王女を助けようとしていたのだ。


 男たちは地下牢に連れていかれた。マトヴェイの処分はまた後で決まるだろう。

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