第24話 お父さんを迎えに

 桐生さんのお父さんは、登山が趣味だった。


「年期入ってたし、そこそこ上級者だったんじゃないかな。俺はやらないからどの程度のレベルかわからないけど」


 好きな時に好きな山に、ひとりでルートを決めてひとりで登る。子供たちが独立し、還暦手前で奥さんを亡くしてからもずっと、そんな風に山登りを続けていた。


 死ぬときは山でコロッと死にたい、というのが、お父さんの口癖だった。




 某県に、お父さんが毎年登っていたお気に入りの山がある。


 その年もお父さんは例年通り入山したが、下山予定日を過ぎても帰ってこない。登山計画書の緊急連絡先の欄に桐生さんの名前があったため、地元の交番から報せが入った。


 捜索が始まったが、5日経っても発見されない。桐生さんは現場近くに駆けつけ、兄弟や親戚たちと気を揉んでいた。


 5日目の晩、近くのホテルで眠っていた桐生さんは夢を見た。自宅にある小さな仏壇から、亡くなった母親が窮屈そうにズルズルと出てきて、「お父さんを迎えにいってくる」と言いながら、玄関を出て行くという夢だった。


 目を覚ますと、同じ部屋で寝ていた弟さんが、ベッドの上に体を起こしていた。


「兄さん、俺、おふくろの夢を見たよ。おふくろがうちの仏壇から、ズルズルっと出てきてさ……」


 ふたりとも、同じ夢を見ていた。


「これはもう、親父が見つかる予兆だって思ったよ」


 果たして、お父さんは見つかった。沢で倒れているところを発見されたという。


 そこはすでに、何度も捜索隊が訪れた場所だった。


「死因はくも膜下出血だったってさ。親父は特に、高血圧で医者に叱られてたから……山中でブツンと切れて、そのまま亡くなったんじゃないかっていうんだな」


 亡くなったのは7日ほど前だろうという話だった。遺体が勝手に移動するわけはないから、捜索隊が立ち去った後に、誰かが遺体をそこに移動させたということになる。警察による捜査はされたというが、事件性の低い亡くなり方だったために、短期で打ち切りとなった。




「お母さんが迎えに行かれたんでしょうかね?」


 そう尋ねると、桐生さんもうなずいた。


「うーん、まぁ、そうじゃないかと俺も思うよ。でももうちょっと、早く迎えに行ってくれればなぁ……捜索費用がね」


 山でコロッと死にたきゃ保険入っとけよなぁと言って、桐生さんは苦い顔をした。

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