第13話 あの頃の話

 勝村は、今でこそ奥さんと2人の息子をこよなく愛する真面目で有能なエンジニアだが、子供の頃は「自他共に認めるクソガキ」だった。


 勝村がクソガキ時代を謳歌していた小学生の頃、彼の住む町に一軒の廃屋があった。ボロボロの平屋には無事な窓ガラスなど一枚もなく、小さな庭には背の高い雑草が繁茂していた。


 同じ小学校に通う児童たちの間では、「この廃屋にはオバケが出る」という噂が、まことしやかに囁かれていた。小学生はおろか、地元のヤンキーですら立ち入ろうとしないという。


 そんな場所だったが、怖いもの知らずを自負していた勝村は、ある日の放課後、とうとうこの廃屋にひとりで潜入した。ひとりでオバケの出る廃屋を探検するということは、仲間内での彼の地位をより高める偉業となるはずだった。


 元々勝村は、オバケなど信じていなかった。ずかずかと中に入っていくと、玄関近くの和室に、腐った畳と雑草に囲まれて、大きな仏壇があった。勝村の家にも仏壇はあるが、それとは比較にならない大きさだ。部屋のほとんどを占めるその仏壇は漆で黒く塗装されており、異様な威圧感を発していた。


 観音開きの扉は閉ざされており、引っ張ってみたがびくともしなかった。


 勝村はがっかりした。他の部屋に行ってみようかと思ったが、床板が今にも抜けそうな音を立ててきしむため、諦めた方がよさそうだった。初めての廃屋探検はあっけなく終わりを迎えた。


 これではあまりに味気なさすぎる。何でもいいから、自分がこの廃屋に来たという証拠を残したい。


 そう思った勝村の目に留まったのは、畳の上に転がっているちびた鉛筆だった。彼はそれを拾うと、仏壇の左隅の塗装が剥げた所に「かつむらなおやさんじょう」と書いた。


 ついでに立ちションでもしていこうかと思ったが、寒かったのでやめておいた。彼は自分の残した偉業に満足しつつ、無事帰宅した。




 次の日、勝村は昨日の冒険を、仲間たちに自慢した。


「全然たいしたことなかったぜ。オバケも出なかったし」


「カッちゃん、ほんとに行ったのかよ! 証拠あんのか?」


「あるよ! なんだったら見せようか?」


 その日の放課後、勝村は悪友たち数人と、例の廃屋に再び忍び込んだ。


「ほら、すげぇでっかいのがあるだろ」


「ホントだ! きもちわりぃ!」


 予想通り巨大な仏壇に慄く仲間たちを満足げに眺めてから、彼は仏壇の左下を探した。昨日の落書きを探すためだった。


 ところがどこを見ても、「かつむらなおやさんじょう」が見当たらない。塗装の剥げた部分は見つけたが、鉛筆の文字はキレイに消えていた。


「あれ? あれ?」


「カッちゃん、そんなとこで何やってんだよ」


「俺、昨日ここんとこに名前書いたんだよ。見つかんねえけど」


「うわぁ! 仏壇に落書きとかマジかよ!」


「カッちゃん、呪われるぞ」


 思った以上に皆が怖がり始めたので、勝村はかえって興が覚めてしまった。何にせよ、この部屋以外は足場が悪すぎて入れない。廃屋探検は早々にお開きとなった。


「なんだ、つまんねぇ」


 勝村は「怖かった」と口々に言いあう仲間を置いて、ひとりでさっさと自宅に帰った。イライラして、何かに当たり散らしたい気分だった。


 家には誰もいなかった。彼はドンドンと足を踏み鳴らしながら、二階の自室へと向かった。部屋の襖に手をかけると、中でコトリと音がしたような気がした。


「ネズミか?」


 勢いよく襖を開けると、窓際に置かれた学習机の下に、何か影のようなものが逃げ込むのが見えた。どう見てもネズミの大きさではない。もっとずっと大きなものだ。


「なんだてめえ!」


 それが何なのか疑問に思う前に、体が動いていた。彼は回転椅子を押しのけ、机の下に顔を突っ込んだ。


 机と壁のわずかな隙間から、勝村と同じ顔をして、同じ服を着たペラペラの「何か」が顔を出していた。そいつは満面の笑みでニタニタと笑いかけてきた。


「うわあ!!」


 勝村は叫びながら、思わずその場で立ち上がろうとした。ところが机の下だったので、すぐ頭上にあった机の引き出しに強かに頭をぶつけた。頭蓋骨の裏側に星が飛んだ。


「いってぇ!」


 頭を押さえて机の下に倒れたが、すぐに顔を上げると、ぺらぺらの勝村は消えていた。


 代わりに奥の壁に、「かつむらなおやさんじょう」と書かれているのを見つけた。見慣れた自分の筆跡だった。




 大人になった勝村は、このときのことを誰かに話すたびに、「立ちションなんかしてこなくてよかったよね、ホント」と付け加える。


 最近、益々やんちゃになっていく5歳の長男を見ると、子供の頃の自分を思い出してヒヤヒヤするという。

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