30話 MVP取るとマジ嬉しい

一年前のゲリラライブの思い出を懐かしそうに語るゴリラ達。

りんさんの仮装は妖怪、ちゃーさんはバッタ、ミシェルさんは女装………。


「で、肝心の……?」

「あ、あたしはいいじゃない、別に。みんなも言わなくていいからね」

 問われる前から顔を真っ赤にしている羽織はおり、今度ははっきりと口に出してこの話題がNGである旨を明言した。


「フリッフリのアイドル衣装着たのよね~~」

 だからといってどうなるわけではないけれど。

「何で言っちゃうの、ミシェル!」 

「うそー! ウニさんアイドルやったんですか? いい! いい! 絶対似合うじゃないですか、そんなの! 写メとかないんですか? ねえねえねえ」

「ないない、撮ってないよ。この話はもういいから、ガミエ」

 涎を垂らさんばかりに食いつく桃紙ももがみさんを制しつつ、油断なくミシェルさんに目を配る羽織。どうやら写真くらいはありそうだ。

「あーあー。見たかったなぁ、ウニさんのアイドル。絶対可愛いじゃん、ねえ、レントくん」

「ああ、うん………」


 アイドルか、思えば散々見せられた。

小学校の頃はアイドル大好きだったもんなぁ、おねーちゃん。歌番組のある金曜日の翌日は、いつも部屋に呼ばれて出演アイドルの物まねライブをエンドレスで見せられたもんだ。いつか自分もアイドルグループに入って武道館をいっぱいにするんだって、衣装まで自作したりして。中学入ってすっかり諦めたものと思っていたけれど…………。


「ちゃんと夢を叶えてたんだな、羽織」

「バカにしてるでしょ、れんちゃん!」

 いえいえ、バカになんて………げへへへ。

「実際、バカにできねーんだって。そのライブでウニ姫が大ブレイクしてよ。入部期間が殺到したんだわ、今日みてーに」

「マジっすか、一光さん?」

 ごめん、おねーちゃん。バカにして。 


「そうですよねー。ウニさんがアイドルやったんだもん。当然、それくらいの引きはありますよ」

 まるで我がことのように桃紙さんが薄い胸を張り、

「だから、わたしが全員追い返してやったのよ」

 お鈴さんも競うように胸を張る。

「いや、何で追い返すんですか」

 そして、何で胸を張るんですか。

「だから何度も言ってるでしょ、サンデーゴリラは演劇同好会よ。芝居やる気のないやつなんて邪魔なだけ」

「だからって、追い返すとかできるんですか? 正式な入部希望者を」

「部なら無理ね。でも、うちらは幸い同好会だからできるのよ。さあ、改めて副座長としての命令よ、野郎ども。ウニ目当ての男は全員却下、それ以外でなるべく男の部員をゲットするのよ!」

 両目を格段にギラつかせ、部員に発破をかけるお鈴さん。


「簡単に言ってくれるわね~。この時期に部活が決まってない男子ってだけでも希少なのに、それでいてウニに興味がないやつとか。一人入れるのも大変だったのに」

 ん? なんだ。ミシェルさんの視線がいつも以上に粘っこく絡んでくるぞ………あれ、待てよ。羽織に興味がなくて部活の決まっていない男子?

「あの、もしかして、僕がサンデーゴリラに誘われたのって………」

「な~に~~? やっと気付いたの、坊や。そうよ、あんたがウニと姉弟同然に育って、女としての興味を持たない希少な男子だったから」

「やっぱり、そういうことかあ!」

「あ、あ、でも、うちはちゃうで! うちは瀬野せのっちのテストの結果が白だったことより、リアクションの面白さの方が気に入ったから推薦したんやからな、安心してや」

 僕の尻をバシバシと叩きながらちゃーさんが何やらよくわからない慰めを言う。


「って、ちょっと待ってください、ちゃーさん。なんすかテストって。そんな入団テストみたいなの受けた覚えは………」

「うん? 受けたやん、裏庭で。ウニのエロハプニングに食いつくかどーかテスト」

あー、あったあった、そんなんあった! 羽織のスカートが突然宙に浮いたり、突き飛ばされて抱き着いてきたり、逆さに吊り上げられてパンツ丸出しになったり、

「あれがテストだったんですか?」

「そ~よ~。坊やの反応はこのアタシが物陰からしっっっっかり見届けたから」

 ………反応?


「ほほほ、男の体と女の心を持つミシェル蛯名は男子高生のどんな些細な反応も見逃さないわ。ズボンのポケットに手を入れて誤魔化そうとしてもダ・メ」

「ズボンのポケットって………え、ちょっと、ナニを見てたんですか、ナニを!」

「念のため、後でウニにも聞き取り調査したし」

 ナニを聞かれたんですか、おねーちゃん!

「ちょっと、止めてよ、ミシェル! ご、ご、ごめんね、蓮ちゃん。あたしもそういうことだったなんて全然聞いてなくて」

 ずっと赤かった顔をさらに赤くさせて羽織が僕の顔を覗き込む。

「お、怒ってる? 蓮ちゃん」

「いや、別にそんなことは………」

「本当に? 本当に?」

「ホントだって、そんな顔すんなよ。むしろちょっと納得がいったわ」

「え?」


 ずっと不思議だったんだ。演劇なんてやったこともないド素人の僕を、どうしてみんなあんなに熱心に勧誘していたのか。つまり僕は、羽織の免疫保持者というわけだ。なるほどね…………………何気なく桃紙さんに目を向けてみる。僕を最初に誘いに来たクラスメートは、何か言いたげにモジモジと髪の毛をイジっていた。

「あ、あの、レント君………」

「納得いったなら結構よ。というわけで、明日も気合入れてパフォーマンスやるからね!」

「「おー!」」

ようやく言葉になりかけた桃紙さんの心慮は、副座長率いる団員達の力強い鬨の声にかき消された。


「じゃ、最後に演出。今日のMVPは誰?」

 そう言ってお鈴さんが一光いっこうさんを振り返る。

「んー。そうだなぁ………………じゃあ、お鈴で」

「よっしゃー、殺す!」、「なんでやねーん、絶対うちやろー!」、「贔屓よ、贔屓!」

 しばし固唾を飲んだ部員達は、一光さんの言葉を合図に悲喜こもごもに騒ぎ立てた。

「えっと、羽織………?」

「ああ、うちの劇団はね、稽古の後にいつも一番良かった人とダメだった人を発表するの。緊張感を忘れないために」

 問われる前に羽織が答える。

「え、最下位も発表すんの?」

 ヤバいよ、どう考えてもそれって………。

「ちなみに、最下位はダントツで瀬野だ」

「「「異議なーし!」」」

 ………だろうなあ。部員達の声が今度は狂いなく一致した。


「よーし、ドベの瀬野っちは罰ゲームやー。何かやれー!」

「期待してるわよ、坊や」

 さっきまで不平を並べていたちゃーさん達がニヤニヤとした顔で囃し立てる。

「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。そんな急に言われても何もできないですよ、僕」

「なんでもいいからやってみな、坊や。例えばモノマ――」

「できません! モノマネは絶っっっっ対にできません!」

 ミシェルさんの危険な言葉を発射前に抜き打ちで切り捨てる。もう嫌だ。モノマネだけはもう絶対に………。

「あ、そうだ、蓮ちゃん、アレできるじゃん。久しぶりにアレ見たい………不機嫌な黄粉饅頭きなこまんじゅうのモノマネ」

「おぉ―――い! バカ! 羽織、バカ! 何言ってんだ、お前は何を言ってんだ!」

 横から急に変なこと言うんじゃないよ! さもないと……。


「マジか、瀬野! そんなんできんのか! 見せろ見せろ! 絶対見せろ、瀬野ぉぉぉ!」

 ほらー、一光さんが食いついてきちゃうから! 大好物だから、この人、そーゆーの!

「なによなによ、坊や。渋る割に面白そうなの持ってんじゃないの、見せなさいよ」

「あたしも見たーい! やってやって、レント君」

「よっ、瀬野っち! パチパチパチー」

「何でもいいから早くしなさい、殺すわよ」

 ぐぐぐ、みんなすっかり盛り上がっちゃってるし。今さら無理とか言えねーよ、恨むからな羽織。

「みんな驚くよー、すっごい似てるんだから。爆笑間違いなし! それでは、蓮ちゃんお願いします。不機嫌な黄粉饅頭のマネ、どーぞ!」


悪夢再び。こうして、上りに上がり切ったハードルの中、満場の拍手に押し出され、


「………わ、わふっ」

 

僕は羽織が小六まで買っていた柴犬・黄粉饅頭のモノマネを披露するのだった。

 

 その後の空気は、もうご想像にお任せします。


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