25話 部室の本棚にびっしり詰まってた


 ピッ―――――――――ガコンッ。


 プラスチック製のカバーを跳ね上げ、自販機の取り出し口からウーロン茶のペットボトルを取り上げた。

「あー、疲れたー」

 腰を屈めた姿勢のまま漏れた独り言が、人気のない校舎二階の自販機コーナーの床を這う。普段使わない筋肉を酷使したせいだろうか。たった三十分そこらの運動で体の節々がじんじんと熱い。


 あの後も、全然ついていけない僕を半ば置き去りにしてフリ移しは進み、強引に最後までやり通しところでよくやく休憩が宣告された。まさか演劇の稽古でこんなにみっちりダンスの練習をすることになるなんて……………よくよく考えたらありそうではあるけれど、まったく予想していなかった。


 そして、予想外と言えばもう一つ。

 ……意外にあったよな、ラブコメ分。

いやあ、参った参った。ラッキースケベに始まり、ハーレムもどきや女子との柔軟、あげくちゃーさんの露出腰振りとか。この分だと、そこの廊下の角からパンを咥えた転校生が飛び出して来ても驚かないぞ。


「きゃあ!」

「うおっ!」

 ……なんて思っていたら、本当に女の子が飛び出して来たから心の底から驚いた。

「いったぁ……」

 ただし、パンは咥えていないけれど。廊下に尻餅をつき、少ない言葉と声量で最大限の不快感を表現しているのは、

「あれ、内田……さん?」

 つい昨日まで部活決められない仲間だった内田ヒャド子。


「ごめん、内田。急に出てきたから避けられなくて。怪我とかな――」

「どいて!」

 平謝りで手を差し出す僕を押しのけて、内田は素早く自販機の影に身を潜めた。

「ちょ、何やって……」

「動かないであっち見てて!」

「あ、あっち?」

言われるままに突っ立っていると、

「内田さーん、どこいったんですかー! もうあなたで最後なのよー! 今日こそは部活に入ってもらいますからねー、内田ありしゅしゃん! あれ、ありりゃりゃーん!」

 名前を噛み倒しながら小宮先生が廊下を走り抜けていった。


「………えーっと、行ったみたいだけど、先生」

「まだよ……」

 用心深く僕の肩越しに先生の後ろ姿を見送る内田。図らずも匿う形になってしまったようだ。

「まだ……決まってないんだな、部活」

「そう言うあなたは決まったのね」

 背中越しの質問にノータイムで内田が答える。その言葉に、この裏切り者がというニュアンスが含まれているように感じるのは、僕の被害妄想だろうか。

「うん、まあね。まだ仮入部なんだけどさ、一応決まったよ。演劇研究会」

「は? 演劇?」

 今度は気のせいじゃない。内田の声色が明らかに変わった。


「え? ああ、うん。良かったら内田も入るか? 人足りないから歓迎され……」

「どいてっ!」

 誘いを最後まで聞くことなく、隠れた時と同じセリフで内田は僕の背中から飛び出した。そして、

「バカみたい」

 そう言い捨てて、先生とは逆の方向に走り去った。

 華奢な背中が見えなくなるまで見送ってみたけれど、匿ってくれてありがとうとか、ぶつかってごめんなさいとか、その類の言葉は一切返って来なかった。

 今日も吹雪いてるねー、ヒャド子さん。ちょっとでも笑えば可愛いのに…………。

そんなことをあいつに期待するのは、曲がり角でパンを咥えた転校生と出くわすことよりも望み薄なんだろう。


 ウーロン茶をぐびぐびと流し込みながら部室に戻る。

来た時と同じようにきゃいきゃいとはしゃぎ声の漏れる扉に手をかけ、

 ………ん、待てよ。

 女子がきゃーきゃー言ってる時は開けちゃダメなんだっけ? そのまま姿勢で耳を澄ませた。

「やーん、どーやねん、ウニ! これどーやねん! きゃーきゃー」

「やばーい! これやばいって、ちゃー! きゃーきゃー」

 ……露骨にきゃーきゃー言ってるなあ。何を盛り上がってんだ?

「ちょ、ちょっと二人ともいい加減にしてくださいよ。レント君帰ってきちゃいますよ」

「大丈夫、れんちゃんにはノックするように言っておいたから。ガミエも一緒に見よ」

「え? い、い、いいですよ、あたしは……」

「あかん、見ぃ! これも演技の勉強やから。ほらここや、ここ。ここを音読せえ」

 ……音読? 漫画でも見てんのか?


「や、やだっ、やめてください、ちゃーさ……………すごー」

 あれ、静かになった。もう入っていいのかな。その前に一応ノックを……

 ―――ガラガラガラ!

「きゃあ」、「うわあっ」、「ひゃああ!」

 ……しようと思ったら突然扉が開け放たれ、三人組がバタバタとうろたえまくる。

「ちょ、ちょっと、蓮ちゃん! 開ける時はノックしなさいって言ったでしょ!」

 羽織はおりが顔を真っ赤にさせて非難するが、開けたのは僕じゃない。僕がノックしようする後ろから手を伸ばし無遠慮に扉を開いたのは、

「何遊んでの、あんたら……」


 ………鬼の形相の副座長。


「ひいぃぃぃっ、おりんさん!」

 すくみ上った桃紙ももがみさんの手から、バサッと薄くて大きな冊子のような物が床に落ちた。

「あほ、ガミエ!」

 三人が見ていたのはやっぱり漫画だったらしい。ただし、落下の衝撃で開いたページにでかでかと描写されていたのは…………なんじゃこりゃ。裸で絡み合う男と男……。

「あ、あ、違うの、蓮ちゃん。こ、こ、これは、し、し、身体表現の参考として……」

 しどろもどろになりながら必死に取り繕おうする羽織に、

「部室でBL本読むなって言ってんだろ、くそ腐女子どもおおおおおおおおお!」

 お鈴さんの特大の雷が炸裂するのだった。


 演劇界の常識その三、演劇女子はみんなBL好き…………いや、これはサンデーゴリラだけの常識なのかもしれない


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