10話 嘘ですが、僕もこうやって勧誘されました


翌朝。

玄関でスニーカーに足をねじ込んでいると、ポケットの中のスマートフォンがメールの着信を伝えて震えた。


二宮

うっす、今日なんか風邪っぽいから、仮病で学校サボるわー。


どっちなんだよ、風邪か健康か。

尋ねるのも面倒臭いので『んー』とだけ返事をして玄関を出た。


 表へ一歩踏み出すと、春の風が吹き抜けて頬を撫でる。今日もいい天気だ。風も日差しも気持ちいい。でも、道路は汚い。桜の花というのは咲いている時は綺麗なのに、散るとどうしてこんなに汚くなるんだろう。

 三軒連なる小道を抜けて車道を右へ。川沿いの道路に出たらまた右折してひたすら直進。信号を待って橋を渡ればいつもの待ち合わせ広場に到着するけれど、二宮はサボりで荻丸おぎまるは野球部の朝練に参加しているので今日は挨拶を交わす相手もおらず、


「あ、おはよー、瀬野せの君。偶然だねー」

 

………挨拶を交わす相手もおらず、僕は待ち合わせ場所を素通りした。

「いや、いるいるー! 挨拶交わす人いるよ。クラスで一番近しい人がここにいるよー」

 一番近しい人とか。『隣の席』を都合いい感じに言い換えるんじゃないよ。

「ちょ、瀬野君。一回こっち見て。不安になるから、あたしのこと見えないのかなって、不安になるから! ほらほら、これ見て。ヘリコプターだよ~~。ぐるぐるぐる~~」

 なんだ、その一発ギャグは。二本のツインテールでメインローターとテイルローターを表現してて無駄にクオリティ高いじゃないか。

「きゃー、絡まったー! いたたたたた!」

 くそっ、このやろー。

「お、おはよー」


 これ以上ポーカーフェイスを保てる自信がないので渋々ながらそう言うと、

「あ、見えてた。良かった。おはよー、瀬野君」

 桃紙ももがみさんはツインテールを絡めたまま、嬉しそうに本日二回目のおはよーを口にした。



「やー、奇遇だよねー、瀬野君。あたし達席は隣なのにこうやって登校中にばったり会うのとか初めてじゃん? 今日はホントに奇遇だよね~」

 河川敷の歩道を並んで歩きながら、桃紙さんは満面の笑みでそう言った。

 なんだよ、昨日は一日中動揺しっぱなしだったくせに、今日はえらく上機嫌じゃないか。気持ちが行動の大きさに表れるタイプなのだろうか、デコレーション盛々の通学鞄が今にも一回転しそうなほど豪快に振り回されている。


「………確かにすごい偶然だよな。桃紙さんち学校の真反対のはずなのに、登校中にばったり出会うなんて本当にすっっっっごい偶然だよなー。地球を逆周してきたの?」

「見て見て、あそこ! まだ桜咲いてるよー。いーなー、お花見したいなー」

 ねえ、聞いて聞いて。渾身の皮肉だったんだよ、今の。

くそ、なんなんだよ、朝っぱらから待ち伏せするようなマネして。昨日は羽織で今日は君か。いったい何が狙いなんだ。

「ところでさあ、瀬野君」

 いや、やっぱり言わなくてもいい。言わなくても狙いはわかってる。どうせ白塗り演劇部の勧誘だろう。もういい加減ウンザリだ。見てろよ、演劇の『え』の字が出た瞬間に速攻で断ってやるからな。その鞄の振り子ビタッと止めてやらぁ。さあ、来いや!


「あたしね、朝はパン派なの」

「しっ――」

「『し』? 『し』って何、瀬野君?」

「何でもない、早く続けて」

 全然違ったよ。『死んでも嫌だ』の『し』だけフライングで出ちゃったよ、恥ずかしいな。何でこのタイミングで朝食のメニューの話始めたんだ。

「それでね、あと一緒にゆで卵とヨーグルトも付けるんだよ」

 しかもまだ続けるのか。絶対取れ高ないぞ、この話題。

「とどめはトマトジュースをぐびぐびーっとね」

 え、買ってこいってこと? さっきから何を聞かされてるの、僕?

「あと、割とそそっかしい性格でー、射手座のA型でー、上にお兄ちゃんが二人いて、インコを飼ってて、好きな物はマンガと梅干し、初恋は六歳の頃なの」


 怖い怖い怖い。マジで何なの、この怒涛の自己紹介は。何が始まろうとしているの? ゲリラお見合い?

「あー! あー! あー!」

 うわー、おかしくなった! ついに桃紙さんがぶっ壊れたー!

「あそこ見て、瀬野君!」

 走って逃げようとした僕の肩を掴み、桃紙さんが興奮気味に指さしたのは………………なんじゃありゃ?


 河川敷の道路の一隅。紫色の、ローブっていうんだっけ、あれ? 布製の雨合羽みたいなものを頭からすっぽりかぶった不審人物が、小さな机と椅子を持ち出してこれでもかとばかりに怪しげなオーラを放って鎮座している。

「せ、せ、せ、瀬野君! あれってもしかして、今、伊吹生の間でよく当たると話題沸騰中の人気占い師じゃなーい?」 

「全く聞いたことないけど、どの辺で沸騰してるの、その話題? てゆーか、昨日まであそにあんなのいなかったはずなんだけど………」

「え? い、いや、だから、その今日だよ! 今日オープンしたんだよ!」

 とゆーことは、この数分で話題が沸騰したということになるんだけど、随分沸点の低い話題だな。

「チャンスだよ。占ってもらおうよ、瀬野君!」

「死んでも嫌だ」

 よっしゃあ、今度は言えた!

「すみませーん、占ってくださーい」

「嫌って言ったよ、僕!」


 全力で拒否する僕の腕を取り、無理矢理占い師の前に連行する桃紙さん、

「二人分お願いします」

 有無を言わさず僕を椅子に座らせて、ズズイとお札を突き出した。

「ふむ、それではありがたご啓示を賜ってしんぜよう」

 仕事の早い占い師は、左手でお札を受け取りつつ、同時に右手で水晶玉に手をかざす。

いや、レジ作業と同時進行で啓示賜るんじゃないよ。てか、『しんぜよう』とか、生で言うやつ初めて見たし。

「それではまず女の子の方から占いましょう。パラジクロロベンゼン、パラジクロロベンゼン……お釣り三百円です……ベンゼン」

 占いに集中してくれるかな! どうにも流れ作業感が過ぎるんだよ、あんたは。

 胡散臭いことこの上ない占い師は小銭を桃紙さんに手渡すと、カッと目を見開いた。


「……見えたぁ! そなたは今朝、パンとゆで卵とヨーグルトを食べ、とどめにトマトジュースを飲んできた。そして、非常にそそっかしい性格で射手座のA型、兄二人とインコがいて好きな物はマンガと梅干し、初恋は六歳の時だろう!」

「きゃー、すごい、全部大当たりですー!」 

なんなんだろう、この茶番は。

「すごーい、何でわかるの? 超不思議、超スピリチュアル! すごいよね、瀬野君」

 そうですね。確かに、ついさっき聞きもしないのに君がベラベラ喋ったことと不自然なくらい一致していますね。いったい、どういうつもりなんだよ。グルになって霊感商法でも始めたのか。

「さ、次は、隣のお主だ。ボンクラ男」

 おい、急に口悪いな。占い師は僕の方へ体を向けると、再び水晶玉に手をかざし、

「パラジクロロベンゼン、パラジクロロベンゼン………」

 その呪文なんだよ!


「はあっ! なんということだ。そなたの将来にとんでもなく不吉な影が見えるぞよ!」

 びっくりするほど霊感商法じゃねーか。ど直球の詐欺だよ。なんだ、近い将来に何があるんだ? 病気か? 事故か? 災害か? 

「死刑になるぞよ」

「死刑⁉ 病気とかじゃなくて? 法に殺されんの、僕?」

「再来週に」

「少年法も真っ青だな!」

「執行官が笑顔で執行ボタンを連打すると出ているぞよ」

「何やったの! 再来週の僕、何やらかしたの!」

「死にたくなくば、方法は一つじゃ!」

 壺を買えとか言って出してきたら速攻で叩き割ってやるからな………頭を。壺で。

 僕の殺意を知ってか知らずか、フードを目深に被った年齢性別不詳の占い師は、ローブの裾をバサッと翻すと声も高らかに言い放った。


「演劇をやることじゃああああああああああああ!」


「じゃ、桃紙さん。先行ってるね」

「ええーっ⁉ ちょ、ちょ、どこ行くの、瀬野君!」

 うん、いいよ、もう。やっぱり勧誘じゃないか。いい加減遅刻するわ。

「ま、待たんか、お主! わらわの占いが信じられんと申すのか!」

 ありがたい啓示を無視して歩き出す僕を、いきりたって引き留める占い師……役の人。


「そもそも、あなたが占い師だってことから信じてないから。何その、ローブと水晶玉。古いんだよ。まずもって占い師のイメージが古いんだよ」

「ふ、古いって言うな、普通に傷つくわ! 占い師なんてだいたいこんな感じでしょ!」

 いや、言葉、言葉。声色もだいぶ可愛らしく若返ってんぞ。演劇部員ならちゃんと最後までやりきれよ。にわかに設定がグラつき出した占い師を尻目に、僕はさらに歩幅を広げてスピードをあげる。

「止まれ、一年坊主! さもないと本当に恐ろしい禍が降りかかることになるぞ!」

 止まらないし振り返らないし、演劇部にも入らない。次何か言われたら走って逃げる。


「この女に―――っっ!」

「ええ――、あたしにぃぃ⁉」


 振り返らないと決めたのでよくわからないが、どうやら桃紙さんが捕まったようだ。

「ちょっと、そんなの聞いてないですよ、おりんさん!」

「名前を出すな、あほ! あ、こら。止まれって言ってるだろ、そこの一年坊主! このままだとお友達がまだ十代なのにとんでもない目に合うぞ」

「何、その凶悪な道具! やーだ、助けてー、瀬野くーん!」

 ごめんね、まだ十代の桃紙さんとそのお友達のお鈴さん。色々体張って頑張ってくれてるみたいだけど、そろそろ遅刻しそうだし、さっき心に決めたことでもありますので………………走ります。


「そんなー! 待って、瀬野くん! あははははははは! ちょ、止めて。お鈴さん、くすぐったい系はダメ、あははははははははははははははははは!」 


 悲鳴にも似た桃紙さんの笑い声を聞きながら、僕は脇目もふらず走り続けた。だって遅刻しそうだし。僕はもう振り向かないと決めたのだから。


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