第34話 『罠』

「これは……どういうことだ」


 周囲を警戒しながらラルフがそう聞くと、最初に姿を現した黒い鎧の男が多少芝居の掛かった仕草と口調で話してきた。


「なーに、この村に王国軍の生き残りがいるとの通報があったからな。しかもそれが騎士ともなると……これを放っては置けまい? だからこそ我々が出張ってきたのだ」


 彼らが帝国軍であることは、その鎧を見たときからラルフにもわかっていた。そして状況も大体のところは見当がつく。

 ……だが、どうしても解せない点が一つだけあった。


「……なぜ、俺が騎士であることを知っている」


 ラルフはその帝国軍の指揮官らしい男ではなく、リックの方を見て言った。

 通報したのは間違いなくリック、自警団の仕業だろ。だがいくら王国軍の生き残りとはいえ、一兵士を捕まえに帝国がこのような山奥の村まで小隊単位の兵を送るはずはない。

 だからこそ、ラルフは自分が騎士であることを徹底して隠してきた。それが……何故かリック達には知られていたのだ。


「……麓の市で、張り紙を見たんだ。そこに描かれた騎士のエンブレムが……ティアンが持っていたペンダントに掘られた模様と同じだったんだ!」


 問い詰めるようなラルフの鋭い視線に、リックは少し怯みながらもそう言ってきた。

 そして帝国軍の指揮官と思わしき男の斜め後ろに立っていたダニエルが、懐から紙を一枚取り出してラルフの方に広げてみせる。


「ここにちゃんと描かれてあんだよー! お前ぇら騎士は、今じゃ死刑確定の犯罪者なんだろ? ヒャヒャヒャヒャッ!」


 その張り紙を見てラルフの中で全てが一つに繋がる。

 麓の市から自警団が帰ってきた日……村長とリックの会話……彼が隠した紙切れ……何故ティアンが騎士のエンブレムを持っていたかまでは知らないが、それをリックに見られたのだろ。


「それで通報したのか」


 責めるような目で睨むラルフに、リックは声を荒げて言い返す。


「し、仕方ないだろっ! お前のような奴を匿っていたら、村ごと処罰されてしまうんだぞ! それとも、お前一人の為に俺たち全員犠牲になってもいいっていうのか!?」


 血走った目で声を上げるリックを片腕を広げて制し、指揮官の男が一歩前に出てきた。


「まあそういうことだ……もはやお前たち王国騎士は帝国に仇なす不穏分子でしかない。それにだ」


 そこまで言った男は突然残虐な笑みを浮かべては、感情を顕にして話し始めた。


「白髪に赤い目をした若い男……まさかと思い、こんな山くんだりまで来た甲斐があった……ここでお前に会えるとはな、ラルフ・ラインハルト……リヒテの死神!」

「……誰だ、お前は」


 騎士のエンブレムを見られて騎士だと発覚されたはともかく、ラルフ個人を知っているような帝国軍指揮官の口ぶりに、ラルフは首を傾げた。


「自己紹介が遅れたな。我は帝国軍第6師団所属、第3偵察部隊を率いるコルラン・ルテルだ。そして……お前に殺された第4歩兵隊の隊長、ラント・ルテルの弟だッ!」

「コルラン? ラント・ルテル……?」


 繰り返し名前を呟いてみるが、その名前に覚えはなかった。

 そんなラルフの様子を見て、コルランが口を歪ませる。


「まあ、覚えてなくても無理はないだろ……貴様は殺し過ぎた。そして今度は、貴様が裁きを受ける番だ!」


 そう雄弁に語るコルランの元に、ダニエルが近づいて言ってきた。


「あの……コルランの旦那。それで俺たち、褒賞はいつ貰えるんすか? へへっ」


 卑屈な笑みを浮かべてそう聞いてくるダニエルに、コルランはゆっくりと彼の方に振り向いて話した。


「そうだな……お前たちはよくやってくれた。帝国の敵が隠れた場所を我々に知らせ、ここまで誘き出してくれたからな」

「へへ、それじゃ――」


 愉快そうに語るコルランに、ダニエルの顔もまた期待に膨らむ。

 だが続くコルランの言葉は、ダニエルが期待したものとは違っていた。


「だから、お前たちはもう用済みだ」

「……へぇ?」


 訳がわからないという表情で固まるダニエル。そんな彼の肩から腹までを一筋の閃光が走る。

 次の瞬間、ダニエルは体から血を噴き出してその場に倒れた。


「えっ、ダニ……エル?」


 リックが震える声で倒れた男の名を呼ぶが、当然返事など帰ってこない。

 ダニエルが死んだことを理解した瞬間、リックはコルランに向けて怒鳴った。


「コルランさん、これは一体どういうことですか!? 何でダニエルを……ッ!?」


 そんなリックの叫びにも、コルランはさも当然のように平然な声で言い返す。


「何をそんなに驚く? 張り紙を見たならお前も分かるはずだ。王国軍、またはその関係者を匿った場合、それに関係する全ての者は処罰されると」


 そこまで話したコルランは剣を一度振って付着した血を飛ばすと、リックの方を見てまた言ってきた。


「我々帝国が王都を陥落させて一ヶ月以上の間、お前たちはあの男を匿ってきた。その報いを受けるのは当然の事だ」

「で、でも……だから僕たちは通報して……ッ!?」


 その時、森の一角が突然明るくなる。

 そこに目を取られるリック――そしてその森の先……村の方からは火の手が上がっていた。


「まさか、む、村が!? ……れ、レナ……っッ!」


 凄まじい勢いで燃え上がる炎に目を奪われ茫然自失とするリックに、コルランがゆっくり近づく。そして彼に語りかけた。


「当然、あの村にいる者たちも同罪だ、例外はない。……せめての慈悲に、お前はこの私が直々にあの世へ送ってやる」


 そう言って剣を振り上げるコルラン。リックは慌てて振り返り、手を上げて体を庇いながら後ずさりする。


「や、止めろ……止めてくれ――ッ!?」


 だが無情に振り下ろされた剣は、リックの手首ごと切り飛ばして、その胸を大きく斬り裂いた。


「あ、カハ……ッ」


 恐怖に凍りづいた顔のままリックが横に崩れる。

 それを見て、最後に残った自警団のロビンが悲鳴を上げて後ろを向き走り出した。


「嫌だ嫌だ嫌だっ! 僕は、死にたくない――ッ!?」


 走り去るその背中に無数の矢が飛んできて突き刺さる。針鼠のようになったロビンは、そのまま前のめりに倒れて動かなくなった。

 それを確認して、コルランはゆっくりとラルフの方に振り向く。


「大変待たせてしまったが、これで貴様の番だ……やれ」


 命令を受けた帝国兵達が徐々に包囲網を狭めてくる。

 ラルフは村の方をちらっと横目で見た。こうしている間も火の手はますます大きくなり、もはや手が付けられないほどになっていた。

 加えて今のラルフは武器も何もない完全な丸腰状態、結果はもう見えていた……それが普通であったなら。


「……ッ!」


 突然ラルフが包囲網の一点に向けて突撃する。

 その急な動きに、包囲する帝国兵達の間にわずかな動揺が走る。

 そして迫って来るラルフに槍を持った兵士の一人がそれを突き出してきた。


「死ね――!!」


 腹部を狙って延びてくる槍の切っ先を、ラルフは半身の体勢でかわして懐に入る。そして片手で槍の柄を掴んだ。


「な、なにっ!?」


 驚く帝国の兵士。そしてラルフは掴んだ槍を自分の方に引き寄せた。

 当然、武器を奪われまいとする兵士は体ごとラルフの前に引き寄せられる。その眼前まで引っ張られてきた兵士の顎を、ラルフは肩を持ち上げて下から突き上げた。


「くぅお……ッ」


 軽い脳震盪を起こしてふらつくその兵士を蹴り飛ばして、ラルフは槍を奪い取る。

 そしてすかさず横へと振り抜いて、剣をラルフの肩目かけて振り下ろしている兵士の脇腹深くに突き入れた。


「くあああぁぁぁッ!?」


 苦悶に満ちた表情でもがき、手から剣を振り落とす兵士。

 その落ちてくる剣を宙で掴み取ったラルフは、後ろに振り向きながら剣を振る。するとその方向から突進してきた兵士の首が飛び跳ねて宙を舞う。


「えぇぇいっ! 何をしている!? 早く奴を殺せ!」


 苛立った声で号令するコルランに見向きもせず、ラルフはすぐさま横へと飛んで走った。そしてラルフの居た場所に、飛んできたクロスボウの矢が次々と刺さる。

 そうやって包囲網の一角を抜け出したラルフは、一度も後ろを振り返らずに村のある方向へ疾走した。


「何をしている! 早く追えっ、追うんだ!」


 激怒したコルランの声が後ろから聞こえてくるが、ラルフは構わず茂みを切り分け走り続けた。

 知らずのうちにラルフの心に焦りが生まれる。

 村に火を放っている帝国の陽動部隊……そいつらが今村で何をしているかなんて、ラルフには想像に難しくなかった。

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