BIRDS

スパロウ

第一羽「鳥人の住む世界」

「誰が弓矢で殺したのか」

 ―誰がクックロビンを殺したの―

 ―それは私と私が言った―

 ―この私の矢と私の弓で―

 ―私が殺したのさクックロビンを―



 その日も警視庁捜査一課は現場に駆り出されていた。一か月前より多発している連続射殺事件の新たな被害者が出たためだ。

 被害者はいずれもたった一本の矢で射貫かれており、それが致命傷となっていた。現代において、弓矢による射殺事件は極めて珍しく、それが連続して発生し、しかも犯人特定にも至っていないことに、警察関係者は焦燥していた。

 これが連続殺人であることが分かったのは、ひとつに被害者を射抜いた矢がすべて特殊なものであったことが理由だった。まず異質なのが『羽根』と呼ばれる部位である。通常の矢は三枚の羽根がついており、矢が飛ぶ方向を安定させる役割を果たしている。一方反抗に使われた矢の羽根は一本……というより、もはや筈の部分まで一本の鳥の羽根の形をしているのだ。

 まず普通に矢として飛ぶことはあり得ない形状の矢によって、この一か月の総被害者数は今回で六名にも及んでいる。被害者はいずれも若い男性だった。

 刑事部捜査一課の巡査部長、籠倉勇平は、この連続弓矢射殺事件を担当している刑事の一人だが、なに一つの証拠すらつかめずにいた。三十手前の若い刑事で、人々の平和と安全を願いこの警察官の道に入った。だが、それをあざ笑うかのような事件により彼のストレスは限界を迎えようとしていた。

 マスメディアによる、捜査難航の一連の報道。それにともなう世間の冷たい声。泣き叫ぶ被害者遺族。事情を知らぬままSNSで叩くネットユーザー……。そして、何一つ解決の糸口を見つけられない自分たち自身に押しつぶされそうになる毎日を過ごしていた。

「おい籠倉、ちょっとこい」

 不意に上司の米田警部補が声をかけた。がたいが良く、捜査を足で稼ぐような古いタイプの刑事だ。

「どうしましたか米田警部補」

「ああ、一緒に科捜研に来てくれ」

「科捜研? なにか科学的に調べようとしてたものありましたっけ」

「例の矢だよ。奇妙な羽根の。ダメもとで頼んでいたんだが、ようやくやってくれたんだ」

「ダメもとで、というと」

「羽根のDNAだ」

 どうも米田警部補は、犯行に使われた奇妙な矢の羽根のDNA解析を科捜研にお願いしていたようだった。間違えられやすいのだが、鑑識と科捜研は役割が違う。鑑識は指紋や足跡の鑑定を行うが、立派な機械を使って解析や鑑定を行うのは科捜研の仕事だ。どうしてたかが羽根程度にDNA鑑定を依頼したのか、籠倉は疑問に思ったが、既に事を運んでいた以上余計な詮索はしないことにした。


 科捜研に到着した籠倉と米田を、科捜研主任の木野が出迎えた。黒縁のメガネをしていかにも理系という風貌の、籠倉や米田よりも年上という感じのする中肉中背の男だ。

「お待ちしてましたよ米田さん。それに籠倉さんも」

「それで結果が出たそうだが」

「ええ。まあ立ち話でもなんですから。どうぞ入ってください」

 そういって部屋に案内され、丁寧に緑茶を淹れて木野はもてなした。籠倉と米田は、とりあえず椅子に座り、一口啜って話を切り出した。

「それで、結果は」

「ええ、非常に、奇妙な結果が出ました。これを見てください」

 木野はDNA鑑定の結果を印刷した用紙をファイルに入れた状態で差し出した。なにやら複雑なデータが画像として挿入されており、それがどういう意味を成しているのかは籠倉はよくわからなかったが、最後の結果を見て眉間にしわを寄せた。

「これ、本当なんですか?」

 思わず籠倉は怪しむような声で木野に尋ねる。少し見上げてみた木野の顔は、非常に強張ったような、真面目そうな、その結果は絶対に覆らないと言いたげな表情をしていた。

「ええ、本当です。これは事実です」

「そんなバカな話があるか……?」

 米田警部補も思わず声を漏らす。木野が続けて言った。

「この羽根のDNAは鳥類、それもスズメのものです」

「スズメのDNAって……。いや待ってください、米田警部補、そもそもなんでDNA検査を?」

 渋い顔をする米田警部補は、警察官らしからぬ返答をした。

「籠倉。お前、ここ最近噂で聞く鳥人間の話は知っているか」

「噂程度には。まさか米田警部補……」

「馬鹿げた話だ。噂話の怪人が殺人事件を起こすなんてな。だが、そうとも言っていられない物的証拠が目の前にある。矢としての機能が全くないこの、巨大なスズメの羽根が、凶器の矢として用いられている。それも白昼堂々とだ」

「鳥人間……。確か、最初は、人間のような空飛ぶ物体がいるという噂から始まりましたね」

 木野がそう話す。噂は確かに丁度一か月前に遡る。都内各地で正体不明の未確認飛行生物が目撃されるようになったのだ。人の形をしていながら、翼と嘴を持つ。さながら烏天狗のような要望のそれを、都市伝説の如く鳥人間として噂になったのは比較的新しい出来事だった。

 そんな鳥人間が登場してから、ここ最近不可解な事件が多発している。このスズメの羽根による射殺事件はその一端に過ぎない。他にも、まるで吸血鬼のモデルになったヴラド公爵のような串刺し事件、同時多発育児放棄、何故か金持ちばかり狙われ足取りのつかめない窃盗事件……。その事件の内容こそ多様だが、鳥人間の登場と同時期に起きた問題のため、全てが全てその鳥人間の仕業だと持て囃されている。

 籠倉は、まさか鳥人間の仕業など思いたくなかったが、今担当している弓矢による連続射殺事件は、それをまるで裏付けるかのようなものだった。米田警部補は決して迷信を信じるようなタイプではない。しかしそんな人間が疑うほど、今回の事件は異質なのだ。

「もしかして本当に……」

 籠倉は、今得体の知れない存在を相手しているかもしれない恐怖を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る