繰機師たちの狂騒歌《ジャンプ・ブルース》

塩化+

phase.[False]

Ende:終末の園

 仮にだ。

 もし仮に。

 手に届く場所に『未来に見えるモノ』があって、それがマッチにも似た儚さを持ちつつ、灼ける程の熱量と共に閃光のような輝きを放っていたとき、それを見た彼ら一体は何を思うのだろう?

 

 ある者は尊き将来を夢見て日々切磋琢磨し、努力と研鑽を続け未来を実現させるかも知れない。あるいは叶わぬと諦め他の道を模索しながら、深い深い泥沼のぬかるみに嵌っていくのかも知れない。とは言え未来は普通見えぬものだ。結局行く先を決めるのはそれぞれの人自身であるし、中にはそういう運命論を極端に嫌う者だっている。とりわけ私たちはそれを嫌っていた。未来はこの手で切り開くべきものであり、与り知らない第三者が結果を齎すものでは無いと思っていた。


 暗い意識の底の、漆黒にほど近い暗渠あんきょの淵で私の意識は優しく揺蕩っていた。響いている気がする轟音や振動、けたたましい水の音は何となく近くて遠い隣の山のように思えて、この闇に一人浮かびながら母のいない揺り籠で静かに時を過ごすのはひどく心地良かった。

 

 いつまでもこの温かさを享受できる、そう思っていた時だった。

 踏み込んでくる、影。幼児のような舌ったらずのハイトーン。

 

 そとの、けしきを、みてごらん――

 みたかったでしょ、みらいが、みえるよ――


 目覚める直前、耳に届く不快な嘲弄。まるで未来が見えたなら私はどう思うのかとあちらから問いを投げかけてくるようで。

 意味も無く苛立ち、息が詰まる。しかし閉じた意識を持ち上げたくなる。私に問うのか、それの答えを。

 

 現実はかくも残酷だ。美醜を伴うまばたき裏の閃光は、ある一つの単語を引き連れて私の網膜へと去来し、焼き付き、酸素を失った魚の如き無様な脈動をこの身体へと刻み込む。


 自問自答の先に見えた答えを知りたくば教えてやろう。悟りに似た諦めの境地に今、私は降り立っている。本来であれば私も別の答えを返せるだろう、場の状況に応じて求められる言葉を、エッセンスを周りの皆に伝えられる。でも今は違う、何せ目に見えるのだ。……馬鹿みたいに光を放つ呪われた『人類の未来』が。


 

 ――見えたからこそ、紡げる言葉は。


 


 絶望だ。圧倒的な絶望が私の目の前に……いや、頭の中に在る。

 

 今まで作り出してきた『結果』が将来何をもたらすのか、私は常に危機感を抱えながら戦ってきた。研究者故の宿命として、研究者故の苦悩を孕みつつも前を向いて真っすぐに歩みを進めてきた。でも所詮はただの独りよがりでしか無かったのだと確信させられてしまった。

 

 確か食堂に出向いた時だったか、たまたまテレビの報道番組が映っていた。どうやら偶然私たちの現在している研究について議論を交わす企画だったようで、名も知らぬ専門家が重々しい表情で円卓を囲み、活発に言を飛ばしていた。適当に丸めたレトルトのスパゲティを口に放り込み、嚥下しながら他人事のように思ったものだ。的外れだな、と。

 生命を弄ぶ危険性を語りつつあらぬ方向へと論点をすり替え、主題と違う箇所を散々に喚き散らしながらもこき下ろす自称穏健派たち。国家の厳格な統制からも外れた、恐らく専門家のがなり声すらも懐かしく感じられる。彼らが繰り広げる漠然とした見解は勿論、荒唐無稽な予想ですら比べられない程の未曽有の危機が今この目の前で起こってしまっているのだ私の考えられる範疇において、この状況を打破する策が現在の人類にあるとは到底思えなかった。

 

 とはいえそれも当然か。"世界の改変"なんて大それた事をしでかしたのだ。不測の事態を予見した馬鹿でかいハンドルを付けてはいたが、結局コントロールする事は叶わなかった、ただそれだけの純然たる理由だ。我々は須らく阿呆だったという訳だ、所詮人が幾ら集まろうと星の熱量には抗えない。


 私は一連の事象に伴い確実に訪れるであろう危険性を予見し、来るべき日への対策を講じていた。個人的な範囲でしか行動できなかったが、様々なツテやコネを用い専門的な見地からの意見を集め、その中で抽出された修正点などを全て混ぜ込んでシミュレートした数種類のシナリオを構築。そのシナリオが発生した場合どう対処するべきかを土塁の積み立て程度の些末さでも構わないと割り切り、最悪の場合に訪れるであろう災害を最小限に食い止められるよう事前に行っておける対策を研究の合間を縫って考察し、対策班を組織し活動を行ってきたつもりだった。

 

 

 無駄だった、何もかも。淡い衝撃で儚く消え去る石鹸の泡沫に同じ。予想していたはずの大嵐は小波だった。想像の範疇を超えた凪いだ大洋の大波によって、いとも容易く私の縋り付きたい希望をかき消すしたのだ。大地をも併呑して原初の無に帰す颶風ぐふう……死神の鎌が。

 観測地点を誤った、結論としてはそういう事になるのだろう。しかし私のプライドが否定は勿論、目を逸らさせる事など断じて許さない。

 

 考え抜いた数種類の中で最も世界にとって悪辣であり、救いの無いシナリオが硬質の気象観測レンズを通して安全な私の目の前のモニターへと映し出されている。ありありと映るモノを説明するのは単純だ。たった一言で済むし子供にだってわかるほど明解に、そして否が応にも明朗に答えられる。


 『死』だ。本来内包すべきはずの『死』が溢れ出している。エンライは詩的な比喩だと笑うだろうか。自らを嘲る笑みが口端に浮かび上がる。冗談混じりに息を逃がさなければ私も『死』に巻き込まれてしまいそうだったから。

 その身を漆黒に染め上げられ、狂い叫びのたうちまわる龍の大群が猛烈な暴風を巻き起こし、あるいは雷を降らせ、雨を呼び濁流を叩きつけ、大きく開いた口より炎を噴き付ける。自然の猛威の象徴を垣間見た故に瞭然としたのはとりあえず一つ。神に反逆しようとした私たち人間を、露と残さず消し滅ぼさんとしている事実だ。

 

 世界は変わってしまった。愚かにも私達が創り変えようとしてしまったのだ。人間という歴史が星から奪い取ったもの……生きる力を、活力をまた取り戻させてあげたかったから、私たちは緩やかに死を迎えようとしていたこの星を、世界を、生きとし生けるものたちのコミューンを存続させつつ、長きに亘ってより良く住んでいけるよう、手を取り合って歩んでいけるように努力してきたはずだったのだ。

 

 夢の実現に向けて私たち現人類はなりふり構わず、過去も未来もひっくるめて、いま持てる何もかもを解き放った。その結果、かつて我々人類が勝手に掠め取っていった生命を育む力を返すかのような一大プロジェクトが発足した。各国より叡智を結集し、正しくその身を捧げ、その為に宇宙を掌握し、眉唾だと吐き捨てられそうなオカルトにすら手を伸ばして各人が『夢の世界』の構築に尽力した。

 機械工学、遺伝子工学、生物学に心理学……参考にした学問など数え出せばキリがない。上澄みだけを汲み取り、更にまた濾過して導き出す。動植物の組成式、地表に漂う空気、無くてはならぬ水、踏みしめる土の一片……築き上げた文明の総てを用いて社会を無理なく、より良く健やかに、かつ平和に人間が生き延びられるように変更したつもりだった。……勿論私個人の私情も含めてではあるが、現状を直視すれば傲慢だったと言わざるを得ないだろう。


 神は世界を七日間で創ったという。神話にある天地創造、所謂ところの創世記と呼ばれる代物。そんなのがひっくり返ったらこうなるんじゃないかと邪推してしまいそうになる。紀元前から受け継がれてきたこの人の世紀が。日を待たずに築き上げた世界が崩壊している状況には。

 

 払暁まで、私たちは生きていられるのか――?

 

 目覚めてから幾許かという所。考えは未だに纏まり切らないが時間がないのもまた事実だ。私は恐らくエーテル式入力後の儀式によって引き起こされた衝撃によって気を失ったのだろう。重要な局面で意識を失ってしまう柔な自分に強い憤りを感じながら、情報を求める為にまだ生きているコンソールを無我夢中で叩く。モニター上に羅列された情報群を観測した時点で分かる事を列挙しよう。


 まず最初に行き過ぎた自然への適応が大地の上にに先進的な異物を置く事を許さなくなった。ボタン一つで組み上げられ、自然にも配慮した画期的なあの硬質流動繊維製ビルは瞬く間に消滅。時代遅れの鉄筋コンクリートですらも、魔力を得た土や風によって見る見るうちに風化させられていった。後に残ったものは旧時代の長屋だったり、石造りの家々が少々。文明を成り立たせる社会がまず音を立てて崩れ落ちた。

 次に母なる海と大地が牙を剥いた。海は『第二の太陽計画』の中でも貯蔵されたエーテルの管理を一手に担う最大の鏡面である。それが突如不安定になり、各地に津波や台風、集中豪雨という大災害を齎した。大地は呼応するかのように咆え、埋没されたプレートを強烈な力で以て撓ませる。山々もまた猛り火を噴き鳴動し、厄災から逃れる為か野生動物は凶暴化してその姿さえも変質させた。

 

 本当にどうしてこうなってしまったのだろう、純粋に研究の成果を求め、世界の為に尽力していた充実したあの頃が今はもう懐かしくすらある。まだ数年と経ってはいないと言うのに。

 

 考えれば考えるほど自分たちが行ってきた事がおぞましく感じられる。誰かに責任を押し付けられるならそうしてしまいたい……口から零れだしかけたコールタールのような感情を、絶対に言うまいと必死に押し留めて、私は思い切りかぶりを振った。

 駄目だ、精神が余りにも負に振れている。全うに思考を纏められない。端々に邪魔をする厄介な感情が張り付いている。

 

 とにかく冷静にならなければ。こんな時だからこそできる事は無いのか。私はひたすら思考をし続けた。

 

 大地と海に与えた命令の一つ、『自浄』を担う部分の調整が甘かったのかは今となっては分からない。そもそも大地や海と言った超大構造の基盤へのエーテル式の入力を主として行っていたのはまた別の室長級セージ博士アデプトとその研究員メイジだ。指揮を執って行ったであろう地質学の権威とは然程繋がりも無いから情報は仕入れられなかったし、そもそも指揮権の総てを握っていた所長級パトリアークに一介の室長級セージである私が畑違いの場所で持論を並べる事など許されるはずも無い。当時のエーテル式入力チームにはきな臭い噂も飛び交っており、間諜紛いで目を付けられよう物なら、虎視眈々と博士アデプトの座を狙う推進派の研究員メイジに足元を掬われてしまう。全くもってしょうもない派閥争いだと断じられる。

 

 つらつらと並べたが、結局個々としての纏まりが無いと言われてしまえばぐうの音も出ない。しかし得てして研究職とはそういうモノなのだ。他人の意見を鵜呑みにしてふらふらと左右に動いてどっちつかずな姿勢では、我々が求めるだろう真理など到底掴めるはずも無い。現実問題天才なだけでは物足りないのだ、自分を正しく管理監督し、狡猾に効率よく喧伝できる者が最終的に勝利を掴み取る。

 だからこそ栄光を手にするのはいつだって我の強い発言者であり、これまでの長い歴史にその名を刻んだ遍く全ての成功者たちは、他人の意見などに耳を貸す時間を持たないくらいの強いエゴを抱えていなければならないのだと私は考える。私は当てはまらないが、所長級パトリアークのバイアー・P・グランドリーズは間違いなくその点に関しては天才と言えた。自分が確信した正道を突き進む錆びなく折れない鉄の骨。強きも弱きもみな挫き、自分のシンパを作り上げる歪んだカリスマ。私たちとは根本的に相容れない存在。生きているスケールが違う、階層と言っても良いが、とにかく正常ではなく、どこかおかしい……。

 



 頭を振る。駄目だ、考えが横に逸れ過ぎた。愚痴を纏めたところで何の役にも立ちはしない。これまでにしておくべきだ、早く本題に戻ろう。

 

 事実だけを述べよう。元々あった大陸は僅かの先進諸国を残しその悉くが壊滅していた。文明の兆しすらも感じられない程に。ここは比較的天災の影響から外れていたようではあるが、それでもなお我々の学問では考えられない事象が現在進行形でモニターに映し出されていた。

 ノイズ混じりに観測した衛星よりの天体俯瞰が残酷な現実を表す。私たちの世界にあった六つの大陸は結合し、まるでパンゲアを逆転させたかのような様相を呈している。勿論散り散りになった大陸もあったが異常で目を引く箇所はそこだろう。

 

 瞬間、違和感が去来する。

 そこ……?

 そこ、だと?

 くそ、何故だ、何故気付かなかった、一番の疑問点に触れずに淡々と考えを練っていた自分を殺してやりたくなる。

 だっておかしい、絶対に有り得ない。幾ら何でも少しの気絶で此処までなる訳が無い!

 

 腕に巻いた多機能時計に目をやり、慌てて日付を確認すれば。

 エックスデイより既に三日が、経過していた。

 私は力なく椅子にもたれた。けれど涙は出ない、もう終わってしまったことを嘆いても、何も変わることはないのだから。


 エーテルの力を過小評価していたとしか言えない状況だ。世界を変え得る力という認識ではいけなかった。世界を変質させる力、巨人たちの剛腕。ちょっとやそっとではひしゃげない、傷もつかない鉄の塊を溶けかけたバターを握りつぶすかのように粉砕する猛烈さ。

 

 切り替えろ、私。まだやらねばならぬことがあるはずだ。動悸を抑えるために強く息を吐き、マニピュレーターを自在に動かせるよう、しっかりと背筋を伸ばしてモニターを凝視する。

 生き残った国々をを直視せねば対策を練られない。私はカメラ映像を切り替えていく。

 

 唖然とした。運よく生き残った力持つ彼らが選んだのは、戦争だった。正に神にも匹敵するような力を使って生き残った僅かで小さな芽をその足で以って踏み潰していったのだ。元々近年に至るまで戦争、紛争は絶えなかった。理由は至極真っ当で簡単な事、誰もが覇権を握りたいと恐らく考えていたのだ、人類の闘争本能、生物特有の縄張り争いの最も醜い部分だからこれはある種致し方無い。しかしこの後に及んで戦争なのか、手を取り合いまずは生き残ろうと考えもしないのか。蛮族とは一体誰の事を指しているのか、上滑りする言葉たちに私は馬鹿にされているのか――

 

 地球に根付き、日々進歩、発展、荒廃を続けながら道を歩んできた我々『人類』は、計画実行日を持ってその長い道程に終わりを告げた。過ぎた力は世界すらも焼き尽くし、終着点に残るのは荒涼とした一陣の風のみ。灰のひとかけらも舞うことは無い。

 既に私だけとなったこの特別設計のシェルター兼研究室ラボで一人、孤独に耐えながら俯瞰で見るその光景はヤワな私の精神をまるで子供が紙を裂いて遊ぶかのような気楽な無邪気さで、重さも無く音もなく間断も無く易々と崩壊させた。誰かがいれば違ったのかも知れないけれどそんなことは最早些末、空想、否さ妄想の類だ。私の決断を憎む意味は無い。

 

 ――世界を崩壊させる一手を担ったこの私に、一体何が出来るだろう?

 

 余命幾許も無いと言われたこの身体は贖罪に単なる死など求めていない。なればこそ私はこの世界を変えてしまった罪人として過ちを後世に語り継いでいかねばならないはず。たとえ己が身体を変質させて、人に使役される道具へと成り下がったとしてもだ。

 最後に一杯、インスタントコーヒーを味わってから、パソコンチェアより身を起こす。ここが誰かに感づかれる前に痕跡を消し切って、私の意志を実現しなければ。

 

 実験装置を稼働させ、まず計器を確認する。外部マナの数値が異常に高くなってはいるが問題なく動作は出来そうだ。

 まずカバーに覆われたシェルターの遮断機能のボタンをオンにする。もう後には引けない、覚悟を決めて頬を勢いよく両の手で挟み込む。ぱんっ……ひどく乾いた音が響いた。

 どことなく機械的な響きを巻き込みながら、大地の鳴動とは別の緩やかな揺れによって部屋全体が振動する。外の惨憺たる状況を見たとき、故障していないか不安だったのだが、どうやら大丈夫だったようだ、一先ずは胸を撫で下ろせる。

 

 これは私が秘密裏に造り上げた文字通りの人工知能と、根元に差し込まれた『マナ・キー』と呼ばれる楔を起点とし周囲に真エーテル・及び周辺の浮遊エーテルを循環させることで、あらかじめ設定しておいた真に迫るほど立体的な草・地・岩石の迷彩外装の構築を行う極めて特別な機能である。

 発動させればこの研究室ラボは、粗末な避難用地下施設シェルターから様変わりする。私が認めた人物以外の侵入を許可させず、必要と認めた者たちだけを通過させることの出来るいわば"隠し家"の機構は、端的に説明するならネットワークからホームポイントを守る多重構造のファイアーウォールだ。

 外部からのアクセスは努めて細く設定した。周囲五十メートルに独自の規格を使って仕込んだ集合的無意識の緒を設置。研究室ラボの入り口となる中枢のドアを叩ける近距離に入り込める人間を、正規ルートから入ってきた正しい心を持つ者に限定させた。肉体に宿るマナを媒介としたスキャニングシステムを用いて、魂という抽象的なラベルをも確認できるようにしておいた。それ以外の者は途中で幻覚を見てこの場から去るように各種機構が誘導する。

 そして極めつけに極東のゲームに出てくるいわば『試練』のようなものを端々に準備しておき外敵を殺害しない形での排除を行う。これを作動させておけば、エンライたちかその係累、友人、信用に値する武芸者などを選別することが出来る。音が、止む。極めて大きい規模で働く、彼らから受け継いだ血肉『劇場型機体ファンタズムデバイス』。誰も知らない私の切り札――

 

 私が為そうとしていることは世界を左右しかねない危険さを孕んでいる。しかも私が意思決定するのでは無いから、間違った道に突き進む筈はない……なんて誰が断言できようか。知った風な口で嘯く奴が居るとしたらソイツはこの世界の本当の理解者では無いだろう。崩壊したならば、それもまた運命だったと軽薄そうに語る姿が目に浮かぶ。だからこそ私は少しでも確実性を上げたい。"隠し"はともかく『試練』はいわば保険。


 願わくば、性根の正しい人に使われますようにと祈りを込めて、母の形見でもある三角柱の水晶で出来たタリスマンを転像台トランサーに捧げる。母が亡くなる直前に私にくれたお守り。私自身の人生を形どってきたものと言っても過言ではない。最愛のアイテムを依り代にするのは私の不退転の覚悟でもあり、曲げられぬ意思だ。これがある事で私は戦ってこれたのだ、『意思持つ魔道具アーティファクト』にするに相応しい物だと思う。

 物質異相転換機に自らの身体を横たえた。ぱっと見は冷凍休眠コールドスリープ装置で、機能も似通っている。違うことが有るとすれば機械が動作した後に起こる事象が仮死ではないことぐらいか。

 


 

 私は未来に託す。不本意かつ不誠実極まり無い、何より責任感に欠如した行為であることを咎めてくれて良い。しかし私一人の力ではもうどうにもならないのは事実なのだ。ならば私は賭けてみたい、これからの人間たちに。この世界と言う腕力や知力で敵うことの出来ない相手に立ち向かえるたくましい力強さを。この星が消滅せずまた文明を育めることを。

 エリオット、エンライ、アストラル体への変換を選んでしまった私の自分勝手を許して欲しい。エリー、シルヴィア、もっと思い出を作りたかったな……。縁あれば、どうか来世で。

 

 『意思持つ魔道具アーティファクト』の作成には大きく分けて三工程を辿る必要がある。一に転写コピー、二に凝着ボンド、三に装填ローディング。中でも凝着ボンド……要するに三次元上にある人体、私たちはマテリアル体と呼んでいたが……から魂を切り離し、転像台トランサーに置かれた物品へと魂を刷り込むには結構な時間がかかる。何度も実験結果で確認しているから間違いはない。しかしなんだ、瞳を見開いたまま過ぎゆく時を待つのも風情が無い。起きていたとしても作成の際肉体に伴う痛みは無いけれど、どうせだから最後の眠りを楽しもう。だから、眠るとしよう……。


 世界を壊した張本人どもが、どの面下げて虫の良いことをほざくのだとそしられても、これだけは切に願いたい。

 

 私がきっといつか目を開けたその時に見える光景を。

 雲間より光の差す穏やかな戦乱無き大空の下で。

 風にたなびく色とりどりの花々が人間たちの未来に待っていてくれる事を……生きとし生ける者たちを育める豊かな大地が生まれていてくれている事を心の底から信じて。


 緩やかな微睡みが襲う。ささやかな眠りが私たり得る証明をゆっくりと奪い去っていく……その間際にアイツが、今際の際だと言うのに朗らかに笑ったいつも通りの顔が心の隅にやって来た。


 ああ、そうだ、未練、あったな。相変わらず徹底して空気を読まないヤツだ。こういう時でも無いと口にすら出して言えんから最後くらいはぶりっ子しても良いだろう?




 なぁ、最後に一目で良いからエンライ、お主に会いたかったな――。

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