6.濡那原存在-ヌナハラノモノ-


 ナンパの男性に声を掛けられた以外は、特に問題もなく、裏通りを通って栗摩川の土手へ出ました。


 土手道を少し歩き、四ツ葉橋までくればあと少し。

 この橋を渡りきればもうすぐに、濡那原ぬなはら神社です。


 橋を渡りきり、そのまま大通り沿いにちょっと歩き、コンビニのある角を曲がり、少し歩いた先にある雑木林を突っ切るような小道へと踏み込んで行きます。


 その小道の途中にある小さな神社が目的地、濡那原ぬなはら神社。


 フロンティア・アクターズにおいては主人公たちの拠点であり、チュートリアルを担当するキャラもいる上に、最終的には隠しダンジョンの入り口にもなる重要なスポットです。


 一礼してから鳥居をくぐり、石畳の参道を歩いていきます。


 境内は綺麗に整えられているものの、お賽銭箱が誂えられた小さな本殿兼拝殿があるだけの、本当にささやかな神社です。


 手水舎てみずやだけでなく、狛犬やお狐様もおりません。

 そういえば、灯籠や石柱も見かけませんね。


 鳥居と本殿だけというのは神社としては多少の違和感を覚えますが、私もあまり詳しくはありませんから、そういうものもあるのだろう――という程度の感覚です。


 この神社の神域はL字型。

 鳥居をくぐり、少し進むと左へと道が曲がり、その先に本殿がある形なっています。


 人気もなく、周囲の鎮目の森――雑木林のせいで視認性も悪い場所。

 さらには本殿が奥まりすぎていることも、よろしくありません。


「昼も薄暗く、ですものね。

 夜に女性の一人歩きで参拝するには、いささか危ない場所にも思えます」


 実際、参道周辺には、いかにも若者が騒ぎ散らしたあとだと思われるお酒の空き缶や、お菓子の袋などのゴミが落ちています。


 時期を見て、少しお掃除したいところですね。


 ですが今は――


「ヌナハラノ存在モノさん、いらっしゃいますか?」


 このお散歩の目的であった、チュートリアルおじさんこと、モノさんと顔合わせを優先することにしましょう。


「…………」


 しかし、返事はなかった……!

 ――という感じですけれど、そこはそれ。


 前世の記憶の関係上、ここにモノさんがいるのは分かっていますので、もうちょっとモノさんが出てきたくなる情報をポロっとこぼすことにしましょう。


「ヌナハラノアカミトリ様。姿を見せていただけると嬉しいのですが」


 モノさんの本名――というか、真名というか、神名というかを口にしても、反応はありません。


 ならば仕方ありません。

 この手段だけはとりたくなかったのですが……。


「出てきてくれたら後日、庵颯軒あんさつけんのチーズカレーまん三個おごります」

《う、ぐ……。い、いや……三個じゃ少ないネ……》


 あ、ノってきてくれました。

 思った以上にチョロいですね、この存在ひと


《おじさん、五個は食べたいかな?》

「ではそれで」


 どこからともなく聞こえてきた声に、即座に返答すると、何ともいえない沈黙が流れます。


 モノさんは飛鳥時代生まれで現代ではここの土地神みたいになっている人なのですが、どうにも現代の俗世に塗れまくっておりまして――この時代の食べ物が大好きなのです。

 特に、カレー……といいますか、カレー味の食べ物にハマっているようでして、その中でも地元の中華料理店である庵颯軒のチーズカレーまんには目が無いという設定があるのです。


 その庵颯軒のチーズカレーまんは、一つ六百円というちょっとお高めなものですから、使いたくなかった手なのですけど。


「まぁ、ノっちゃったから仕方なく姿を見せるけど」

「ノってくれると思ったので口にしましたが、一応の神様として、簡単に反応してしまうのは、いかがなのでしょうか?」

「ノせて来た君が言わないでくれ。

 とはいえ、その言葉はおじさんによく効く……」


 姿を見せたのは、胡散臭さを全身から発しているおじさんです。

 その姿が、神主のような袴姿でなければ、あまりの胡散臭さに近寄るのをためらうほどに。


「それで、君はどうしておじさんの正体と好物を知っているのかな?」

「それを含め、色々とお話を聞いて頂きたくて、こうして参拝に来たのですよ」

「ふむ……」


 モノさんの目がすがまります。

 胡散臭さがなりを潜め、お父様よりも鋭くなった眼光が私を射抜きました。


 思わず身を竦ませてしまうほど、強力な気配。

 どれだけ親しみやすい人であっても、神に近しい存在であることを嫌でも分からせようとするような、圧力。


「いや、ごめんネ。怖がらせちゃって。でもまぁ、何となく分かったヨ」


 モノさんがそう口にすると同時に、圧力が消えて強ばった身体が解れていきました。


「君、魂が混ざり合ってるネ。そして、それを自覚しているようだ」

「はい。その通りです。言ってしまえば、人生二週目です」

「なるほど。継承記憶転生というやつだ。時々いるんだよネ。前世の記憶持ちってやつが。

 最近だと何故か記憶の漂白から逃れた魂が、そのまま異世界や平行世界へ行って転生しちゃう人もいるみたいだけど」

「実はその平行世界の記憶を持ってるんですけど、信じてくれます?」

「ほう……」


 再びモノさんが目を眇めましたけど、今回はさっきのような圧力はありません。

 そのことにホッとしていると、モノさんはうなずきました。


「おじさんの正体や好物も、その平行世界の記憶かな?」

「そうなりますね。前世は平行世界にすむふつうの男性でしたけど」

「ふつうの男性が知り得るようなモノじゃないと思うけど……でも、聞いて欲しい話っていうのは、それに関連するんだよネ?」

「そうなります」


 私がうなずくと、モノさんもどこか納得したようにうなずきました。


「それじゃあ、話を……いや」


 何かを口にしかけて、モノさんは入り口の方へと視線を向けます。


「ふむ。この時間にしては珍しく参拝客が来たようだネ。

 一旦、姿を消させてもらうヨ。すぐに帰る様子がなかったら、日を改めてネ。君の顔と魂は覚えたから、呼ばれたら顔をだすヨ」

「ありがとうございます」


 そうして、モノさんが姿を消しました。



 ――さて、私はどうしましょうか。



=====


【TIPS】

 こんな何もない神社ながら、周辺の雑木林には桜の木が多いので、春は隠れた桜スポットになっているぞ。



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