第六章 剣と盾、不壊なるもの 【第七節 勝鬨を挙げろ】

「ジャマリエール・グリエバルトが命じた通り、一〇分で片をつけた! ザブーム……えー、あー……」

『ハルくん、もしかして名前が出てこないの? 確かラドロウ・ドゥクス・ザブームじゃなかった?』

「ああ、そうそう、ありがとう、ミス・マシュローヌ。――とにかく! ラドロウ・ドゥクス・ザブームはここに倒れた! きみたちは負けたんだよ!」

 ハルドールの宣言を肯定するかのように、ザブームの巨体が仰向けに倒れる。土埃と血煙を巻き上げたきり動かなくなった頭領を見て、ザブーム軍の兵士たちの間に激しい動揺が走った。

「やっ、やべえ……! お頭が負けた!」

「魔王のほかにあんなのがいるんじゃもう勝ち目ねえじゃん!」

「ふっ、ふざけんなよ、おい!」

 口々にわめきながら、ハルドールの近くにいた兵士たちが一目散に逃げ出した。直接ザブームの死を見ていなかったはずの兵士たちも、仲間が絶望の声をあげて逃げ出すのを目の当たりにしてそれを知り、すぐにあとを追い始める。そしてものの一分もしない間に、動揺を超える恐慌が、ザブーム軍全体を激しい波となって押し包んだ。

「あー……これはもうダメ押しは必要ないかな?」

 鎖でつないだシロを頭上でぶるんぶるん回していたハルドールは、勝手に瓦解して潰走していく敵軍を前に、両手を下ろしてほっとひと息ついた。

「ていうかあんた!」

「うぐっ?」

 いつの間にかハルドールの背後に立っていたクロが、その脳天を思い切り殴りつけた。

「――人の身体を乱暴に突き立てるんじゃないよ!」

「うぐぐ……ひ、ひどいな、ミス・グローシェンカ……俺が勇者でなかったら、今の不意討ちで頭蓋骨陥没骨折、即死してるところだよ?」

「やかましいんだよ。……まがりなりにもわたしは剣なんだから、ものを斬るのはいいさ! けどね、地面に突き刺すのだけは許さないよ」

「……巨人を刺すのはよくて地面を刺すのは駄目なのかい? よく判らないな」

「汚れるからに決まってるだろ! ここはまだ地面が乾いてるからいいけど、この前みたいにぬかるんでるところでわたしを地面に刺したら、その時はあんたが穴だらけになるからね。覚悟しておきな!」

「それはつまり、今後も協力してくれるってことでいいのかな?」

「――――」

 ハルドールがにやっと笑うと、クロは眉間のしわを深くし、いきなりハルドールの首を抱き寄せたかと思うと、そのみぞおちに容赦のない膝蹴りをめり込ませた。

「じょっ、情熱的な抱擁だね……」

「次はみぞおちじゃなく股間を狙ってやるよ」

「クロちゃんたら……股間だなんてはしたないわ」

「おぬしら……いくら勝ち戦だとはいえ、じゃれるには早すぎるぞ?」

 門のほうからふわふわと飛んできたじゃじゃさまが、ザブームの遺体のそばで騒いでいるハルドールたちを見下ろし、うんざりしたようにかぶりを振った。

「……我が勇者よ、浮かれる前にザブームの身体を調べるのじゃ」

「え? どうして?」

「ザブームは完全に死んでおるようじゃが、ま、一応な」

「ああ、そうだっけ」

 ハルドールはザブームの巨体から熱で変形しかかった鎧を引き剥がした。

「――ああ、これだよね、じゃじゃさまご所望の」

「うむ」

 鎧の内側に隠されていた“女神の宝珠”をじゃじゃさまに投げ渡す。

「あのパンダの宝珠から得た魔王力は先ほどの派手な大魔法でほとんど使いきってしもうたが……ザブームならばかなりの魔王力を溜め込んでおるに違いない」

 満足そうにうなずいたじゃじゃさまがザブームの宝珠を割ると、そこからあふれ出た虹色の輝きが少女の身体を押し包み、やがてその体内に吸い込まれていった。

「……こんなゴツいジャイアントでも、魔王力とかいうのは綺麗な色をしてるのねぇ」

 感心したように呟いたシロは、はっと気づいたようにじゃじゃさまに駆け寄った。

「そうそう! ねえ、じゃじゃさま! 今回の手柄は、三分の一がハルくんで、残りの三分の二はわたしたちってことでいいわよね? そういうふうに、あちこちに宣伝してくれるわよね? ついでにお小遣いもちょうだい!」

「ま、よかろう。華々しい勝ち戦じゃからな。民衆の士気を高揚させ、他国を牽制するためにも、我が軍の勝利は積極的に広めていかねばなるまい」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 手柄は山分けのはずじゃ――」

「あら、わたしそんなこといった覚えないわよ、ハルくん。わたしは均等割りにしようっていったの。ね、クロちゃん?」

「ああ、確かにそうだったね。わたしとシロとあんた、三人で割ってるんだから何も文句はないだろ、勇者どの?」

「あ……何だよ、そういうこと? やっぱりズル賢いな、きみは」

「シロはわたしと違って狡猾だからね」

「ちょっとクロちゃん!」

「まあいいさ。別に俺は、手柄を立てるごとに特別なボーナスが欲しいわけじゃないし」

 無遠慮にザブームの腹に腰を下ろし、ハルドールはかぶりを振った。

 完全に戦意を失ったザブーム軍は、総督率いる騎馬隊によって一方的に追い散らされていた。戦争に勝つためにもっとも大切なことは敵より多い兵力を揃えることだが、その兵力も有能な指揮官がいなければ力を発揮できないし、もし指揮官がいなくなってしまえば、ろくに戦うこともできなくなる。ああして森の奥へと追い返されたザブーム軍の残党が、ほかの誰かをトップに据えて再起を果たすことはおそらく無理だろう。もともと盗賊だった連中をまとめて軍に仕立てたのがザブームなのだから、ザブームが死ねば、彼らの大半は小さなグループに分裂し、もと賊に戻るしかない。

「何をにやついておるのじゃ」

 総督たちの戦後処理をぼんやりと眺めているハルドールのもとへ、じゃじゃさまが不機嫌な顔で歩み寄った。

「おや、じゃじゃさまは何が不満なのかな? ザブームを倒して見事に国土を守ったっていうのに」

「おぬし……あの女どもにおかしな約束をしたじゃろう?」

「……はい?」

「とぼけても無駄じゃ。さっきおぬしがあの女どもと話しておるのを、わらわははっきりと聞いたのじゃぞ?」

 肩越しにクロたちを一瞥し、じゃじゃさまはハルドールの頬をぎゅっと引っ張った。

「もしあやつらの正当な所有者が見つかったら、その時点であやつらを解放するなどと――おぬしは馬鹿か、阿呆か、うつけか!?」

「いひひ、い、ど、よ、よしてよ、そんな……」

「おぬしにも判ったはずじゃ! あやつらがおぬしにとってどれほど強力な武器となるか……それをみすみす手放すなど、正気の沙汰ではないぞ!」

「ま、まあまあ……そこはまあ、彼女たちを御すためというか――」

「では何か? もしくだんのご主人とやらが見つかっても、あやつらを解放する気はないわけか?」

「いや、そこは約束だからね。おれは女性との約束は絶対に破らない」

「この馬鹿者が!」

「大丈夫だよ、じゃじゃさま」

 ぼすぼすとみぞおちに的確なボディアッパーを叩き込んでくる少女をどうにか抱き上げ、ハルドールは深呼吸した。

「そこはまあ……俺の男としての魅力? を使って、彼女たちを俺の虜にすればいいわけだから。ご主人とやらがどれだけいい男か知らないけど、俺は女性に惚れられることに関してはそこそこ自信があるからね」

「……信用ならんな」

「いやいや、かくいうじゃじゃさまだって、実はもう俺にメロメロ――」

「じゃからそのちんちくりんななりでゆっても痛々しいだけじゃ、うつけが」

「ぐふ」

 目の高さに抱き上げたじゃじゃさまから顔面にストレートを食らい、ハルドールは顔をおおってうずくまった。

「……あんた、何してるんだい?」

「まさかハルくん、じゃじゃさまに手を出そうとして返り討ちにされたんじゃ……?」

「……いや、何でもない……本当に何でもないから」

 鼻の頭を両手で押さえ、涙目になりながら、ハルドールは町に向かって歩き出した。

                                ――つづく

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