第二章 男と女、あからさまな女>男 【第六節 ついでにガキのほうもマワせ!】

「!」

 振り回される振り回される振り回される、さらに振り回される! さっきとは逆に、今度はハルドールのほうがクロに振り回され、傭兵たちや舟に叩きつけられた。

「こっ、これはなかなか――じ、情熱的な、あだっ、いたたた!」

 右腕が肩から引き抜かれそうな加速度に三半規管が悲鳴をあげ、何かにぶつかるたびに全身がきしむ。咄嗟に勇者力で防御力を高めていなければ死んでいただろう。

「ちょ、ちょっと! クロちゃあん!」

 巻き添えを食らわないように、地べたに伏せるような恰好で、シロがそろりそろりとクロのそばへやってきた。

「――ねえ、もうやめて? 平和的に、へ、平和的に話し合いましょう?」

「あんたは引っ込んでなよ! ――ほら! これでおあいこだろ?」

 さらに数百人の傭兵たちが戦闘不能になったあたりでクロは鎖を握る手をゆるめた。その途端、円運動が直線運動に切り替わり、ハルドールは背中から城壁に激突した。

「……きみ的にはこれでおあいこなのかい? まあいいけど」

 壁面にめり込んだハルドールは、軽く頭を振って立ち上がった。

「へえ……さすがは勇者サマ、チビっ子のわりに頑丈じゃないか」

 大股でやってきたクロが、鎖をじゃらじゃら鳴らして不敵に笑った。

「――ちょうどいいから、このままチェーンデスマッチで決着をつけない? こいつがある間はたがいに逃げられないしさ?」

「その必要はないよ」

 ハルドールは両手を上げておどけたように笑うと、鎖を消し去り、右手にはめたナルグレイブをはずしてクロに投げ渡した。

「……え?」

 両手でそれを受け止めたクロは、毒気を抜かれたようなキョトン顔でハルドールを見返した。

「おぬし、いきなり何のつもりじゃ!?」

 ハルドールの行動に気づいたジャマリエールが、城壁の上から身を乗り出して大声でわめいた。

「――きのうちゃんと説明したであろうが! それを手放せばグローシェンカに逃げられてしまうのじゃぞ!? それを、どうして……!」

「ああ、いいのいいの」

 少しだけ身軽になった右肩をぐるぐる回し、ハルドールはクロにいった。

「――ほら、いいよ、ミス・グローシェンカ。きみを拾ってくれたじゃじゃさまへの恩は今ので返したことになるし、これできみは晴れて自由の身だ。どこへなりと逃げていいよ」

「え……? いや、あんた、何を――?」

「きみには俺がただのチャラいヤツに見えるかもしれないけど、それでも俺は勇者だからさ」

「……は?」

「たとえ報酬と引き換えだとしても、俺は今、この国のみんなのために身体を張って戦ってる。ただ、きみはこの戦いに命を懸ける必要はないからね。だから好きにすればいいさ」

 そのへんに転がっていた剣を拾うと、ハルドールはクロの肩を叩いて歩き出した。

「――嫌味じゃなく、心の底から、きみがきみのダンナさんとやらに再会できることを祈ってるよ」

「あ、お、おい、ちょっと――」

 戸惑うクロを残し、ハルドールは残った傭兵たちのほうへずんずん歩いていく。

「ちょっと……何それ!? ひ、ひどくなぁい!?」

 はっと正気に立ち返ったシロが、悲鳴をあげてハルドールに駆け寄った。

「――どうして!? ねえハルくん、どうしてよ!? 本能のおもむくままに暴れた乱暴なクロちゃんが自由を手に入れられて、平和的な対話をこころみた心やさしいわたしにはどうして自由があたえられないの!? ねえ、これ、ちょうだいちょうだぁい!」

 シロはハルドールの左手を掴み、がくがく揺さぶってナルグレイブを引き抜こうとしている。やんわりとそれに抵抗しながら、ハルドールは襲いかかってくる傭兵を叩き伏せた。

「い、いや、その話ならまたあとでね、うん、ミス・マシュローヌ……今はほら、取り込んでるから――」

「てめえら何をゴチャゴチャいってやがる!?」

「ひいっ!? ……い、今はとっても大切なお話をしてるからぁ!」

 斬りかかってきた傭兵を泣きながらハイキックで蹴り飛ばし、シロはハルドールにうったえた。

「ねえ? わたしを憐れと思うなら、これ、これちょうだい……だってほら、わたしのほうがクロちゃんより美人だし……」

「美人かどうかでいうと……いや、俺は甲乙つけがたいと思うよ? どっちも好みのタイプだし……いやでも、今はそういうことではなくてね……」

「じゃあどういうことだよ!?」

 強引にシロを押しのけ、ついでに近くにいた傭兵たちを薙ぎ払い、今度はクロがハルドールに詰め寄った。

「あんた……さっきのいいよう、わたしをバカにしてない? あれじゃまるで、わたしが保身しか考えない弱虫みたいに聞こえるんだけど? おまけにこれ!」

 ナルグレイブの右パーツの拳をハルドールの頬にぐりぐり押しつけ、クロは押し殺した声で続けた。

「こんな……あんた、わたしを憐れんでるのかい? わたしは実力で奪い返すっていっただろう? それを、まるでイヌにエサでもやるみたいにぽんと投げ渡してきて……わたしをバカにしてるとしか思えないね!」

「そ、そんなことないって! 自由を手に入れられたのに何が不満なのさ、ミス・グローシェンカ? そもそもきみ、俺に力を貸す気はないんだろ?」

「そういう話をしてるんじゃないんだよ、わたしは! まずは勝負だっていってるの! あんたから勝ち取ることに意味があるんだから!」

 そういって、クロはハルドールの右手に無理矢理ナルグレイブをはめようとする。

「ちょ、ちょっと――今は戦ってる最中だからさ! ほら、敵が……」

「鬱陶しいんだよ、おまえら……!」

「ぎゃあっ!」

 クロが振り返りざまに右手を振るうと、さながら真紅のマントがひるがえるかのように、灼熱の炎がぶわっと大きく広がり、近づいてきた敵を薙ぎ払った。

「――これでいいだろ? さあ、あらためて勝負してもらおうか! 本気出しなよ?」

「お願い、ハルくん。どうせ憐れむならわたしにしてくれない? それで、その……そっちの右手を返してもらって、代わりにこっちの左手のをわたしに――」

「絶世の美女ふたりにもみくちゃにされるのは悪い気分じゃないけどね」

 溜息をひとつもらし、ハルドールはすばやく身をひねってクロとシロの間からすり抜けると、あらためて両手に剣と槍を持って駆け出した。

「――俺にいいたいことがあるなら、戦いが終わってからにしてくれるかな?」

「おい!?」

「あぁん!」

「どちらにしろ、連中を排除するまで話し合いはお預けだよ。申し訳ないけどね!」

「ちっ……」

 忌々し気に舌打ちし、クロはハルドールを追って走り出した。シロもすぐに身体をくねくねさせながら相棒を追いかける。

「絶対に……ケリをつけてもらうからな!」

「ひいぃ……や、やめて! わっ、わたしはただ、平和的な解決を……っ!」

 先頭を行くハルドールは無論のこと、それに追随するクロとシロも、手当たり次第に傭兵たちを片づけていく。三人が通ったあとに立っている者はなく、もとから乱れていた賊軍の陣形は加速度的に崩壊に向かっていた。

「こっ、こいつら……」

「ふ、ふざけんな……やってられねえよ!」

 三人の強さを目の当たりにした傭兵たちが徐々に退却を始めた。舟の大半が破壊されているおかげで使えず、ほとんどの傭兵たちは、武器や鎧兜を捨てて泳いで川を渡ろうとしている。

「開門せよ!」

 敵の退却を見たジャマリエールが、城門を開けて追撃の指示を下した。

「水際まででよい、連中を追い散らせ! 乱世の初戦で、我がグリエバルト軍が華々しい勝利を飾ったという事実を作るのじゃ! よい戦意高揚になるじゃろう!」

「可愛い顔をして容赦がないね、我が愛しのじゃじゃさまは」

「……それはあんたもだろう?」

 槍をかついでひと息ついているハルドールのもとにクロがやってきて、あらためてナルグレイブの右手のパーツを押しつけた。

「ほら、返すよ」

「困るな……そんなすぐには勝負に応じられないよ」

 ハルドールはいまさらのように槍を杖代わりにして身体をささえ、わざとらしく咳き込んだ。

「――ほら、戦士にも休息が必要だろう?」

「まったく……いいよ、日をあらためて勝負だ。実力で奪い返さなきゃわたしの気がすまないんでね」

 ふっと力の抜けた笑みを浮かべたクロは、ハルドールに背を向けて歩き出した。

「クロちゃんたら……ホントに不器用っていうか、カッコつけっていうか……」

 戦いを終え、汗の浮いた胸の谷間にはたはたと風を送っていたシロが、クールに歩み去る相棒を見つめて苦笑した。

 その直後、ハルドールがはめなおしたナルグレイブからまばゆい稲妻が走り、クロを直撃した。

「ホントに浅慮なんだから……」

                                ――つづく

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