第13話 惜別の朝

 寝室に入り、ベッドに腰掛けるヴィクター様の前に立ち、キャビネットに置かれたランプの炎に照らされる中、怯えを見せないように肌着だけを纏った身体をその視線に晒す。


「ほぅ、やはり、美しい」

「ありがとうございます……」


 ヴィクター様が目を細めて溜め息を吐くように呟かれ、手を差し伸べられる。

 導かれるまま身体を寄せ、厚い胸板に顔を埋めると、逞しい腕が背中に回されて優しく抱きしめられる。


「怖いか?」

「はい、失礼ながら…… このように男性と触れ合うのは初めてですので……」

「私も、妻以外の女を抱くのは初めてだ…… 懐かしい、この感覚。温かく、柔らかく、心地よい……」

「ご主人様、どうか、ご容赦を……」

「大丈夫だ、堪えてみせる。もう少し若かったら危なかったが」


 ヴィクター様は泣く子をあやすように私の背中を撫でられる。よく通る穏やかな低音の声、力強く早鐘を打つ鼓動、熱く火照った身体、薄衣越しに密着させた肌から暖かな気持ちが伝わって身も心も溶かされるように体から力が抜けてゆき、そのままヴィクター様の背中に腕を回して身を任せる。

 そうして暫く抱き合ううちに、お互いの鼓動が穏やかに同調しはじめ、ヴィクター様に抱えられて腕を枕にベッドに横たわる。俯いた視線を上げると目を細めて穏やかに私を見つめる琥珀色の瞳と目が合い、慌てて視線を外す。


「ルーシー、おやすみ。今日はよく眠れそうだ」

「おやすみなさいませ。ご主人様」


 一度強く抱きしめられて、私からもぎゅっと抱き返す。それからヴィクター様はすぐに寝入られたようで、再び視線を上げたときには幸せそうな寝顔を見せられていた。もう一度胸に顔を埋めて小声でお名前を呼び、ヴィクター様のぬくもりとウィスキーの香りを感じながら私も眠りの世界に落ちていった。


 カーテンを透かす朝日に目を覚ます。柔らかな光に包まれて眠るヴィクター様の横顔を見て反射的に自分の身体を確認し溜飲を下げる。「ありがとうございます」と小さく囁き、腕枕から身体を起こそうとすると、引き止めるように抱きしめられる。


「クレア、愛している……」


 胸に熱いものがこみ上げ、まだ夢の中にいるヴィクター様を抱きしめると、ヴィクター様が身体を反転させて私の上に覆いかぶさる。


「ヴィクター様、目をお覚ましになってください……」


 大きな身体に捕らえられて身動き一つ取れず、耳元でヴィクター様に呼びかける。


「ん…… ルーシー?」

「おはようございます。よく眠れたようですね」

「はっ!? すまない!」


 ヴィクター様が驚き、腕をほどいて飛び退くように横に転がられる。


「大丈夫か? 私は、君に何かしなかったか?」

「ふふ、大丈夫です。ご主人様はちゃんと私を守ってくださいましたよ」

「はぁ…… なら良かった」


 私を案ずる不安気お顔に笑顔でお答えすると、大きく溜め息を吐かれてごろりと仰向けになられる。


「どうやら、君を抱きながら妻の夢を見ていたようだ。ははは、我ながら情けない」

「いいえ、私はそうは思いません。」

「そうか…… 有難う、ルーシー」

「候補になるご令嬢は見つかりましたか?」

「いや、今回は、そうだな、見つからなかった。養子の候補もな。まぁ、急ぐことでもないし、それ以上に良い出会いもあったし、良しとしよう」

「フィリップ様ですか?」

「彼だけでなく、君のこともだよ。ルーシー。私はエドワーズ家が気に入った。例え私の思い通りにならなくても、君たちへの協力は惜しまないつもりだ」

「ありがとうございます。ヴィクター・クロムウェル閣下。若いフィリップ様にとって閣下の存在は大きな力になるでしょう」

「当然のことだ。さて、少し惜しいが、そろそろ起きることにしよう」


 ヴィクター様の腕から離れると、早朝の空気が急に肌寒く感じる。肌着を整えて寝室を後にし、身支度を整えて食事を用意する。

 二人で穏やかな朝食の時間を過ごし、チェックアウトを済ませて馬車に乗り、フィル様の待つエドワーズ邸へと向かった。

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