第6話 拐われる

「そして奥美の領主の一族は龍の血が混じっているゆえに、時々龍が生まれるという」


 月佳は語ってきかせた。真白が珍しく子どもの顔をして目を輝かせながら聞いているので、月佳姫も話が長くなってしまった。月佳姫もこの伝承が好きなのだ。


「まぁ、龍の牙があれば凰龍に匹敵する刀を作れるな」


 しかし、武黒はお伽噺には全く興味はないようで正座から足を崩し、あぐらをかいて聞いていた。実際、妹が龍として生まれてくるまでこの伝承を信じていなかったのかもしれない。武黒が龍の牙を右手に取ると、まじまじと見つめていた。月佳姫は武黒の性格なんてわかりきっているため、さほど気にせず龍の牙を見つめた。真白は二人の互いにわかりきっているという様子に苦笑した。


 だが、武黒がしげしげと見続けている龍の牙に真白は視線を戻した。

「兄上、私もいいですか?」

 真白も龍の牙に興味津々なのは事実。

──触ってみたい。

 伝承を聞いた今、奥美を守った龍となると感慨深いものがある。

「おらよ。重いから気を付けろよ」

 武黒は隣で正座しながら見つめている真白に手渡す。

「重い……」

 両手で受け取った真白はずっしりとした質量に驚いた。

──真白にも牙が生えてるじゃん。

 りゅかは肉体がないため、触れることは出来ないが興味津々で牙を見つめている。

──うぅ。

 心の中で唸る真白。

──真白の牙で作れないの?

 無邪気なりゅか。真白は冷や汗をかいた。体があったらこの少年は私の牙を抜くつもりかと。嘘だよとりゅかは意地悪く笑う。

──もう、りゅかひどい。


 その時だった。

「えっ」

 真白は妙な気配を感じて龍の牙を見つめた。りゅかが真白の手の中に収まっている牙を睨みつける。 


「奴らめ、この牙は渡さない。」 


 りゅかは何やら左手から術を放つ。見たこともない文字の羅列が真白を囲むようにらせんを描き踊り出す。力ある巫女の真白でさえ、息苦しさを覚えるほどの力が隣に立つ少年から放たれている。真白はりゅかをみると、りゅかは真剣な顔でうなづいた。

──これがりゅかの力なの!?

 しかし、それに拮抗するかのように黒い気配が触手のように伸びていき、真白とりゅかの立つ地面に見慣れぬ円陣を描く。緋い光を放つ円陣からも無数の触手が伸びて真白をとらえようとする。


「「真白!!」」


 武黒と月佳姫が叫ぶ。武黒は刀を抜いた。月佳姫も立ち上がり手を合わせると術を放つ。しかし、すでに真白の両足には黒い触手が何本もまとわりついていた。触手から伝わる声、声、声。

──見つけたぞ。

──欲しい欲しい……力が欲しい。

──お前もドラゴンか。ならお前ごと取り込んでやろう。

 複数の声が真白の頭の中で響く。真白は触手から自分の力が抜けていくのを感じた。それと共に輝きを増していく円陣。


「いったい誰なの?」


 真白は人間としての姿を保てず、ウロコが頬から首に向かって生える。見知らぬ男、女、あらゆる声が、思念が真白を喰らおうと触手を上半身まで伸ばしていた。武黒は黒い触手を叩き切るが、それでも幾多もの新しい触手が真白を捕らえようと円陣から生えてくる。


「キリがねぇぜ」 


 武黒は悪態をつきながら、右手に握る剣で触手を叩き切りつつ真白に左手を伸ばそうとする。真白と武黒は目があった。

「兄上!」

 真白は右手を必死に伸ばした。月佳姫の放った白い光が真白に届きそうだ。武黒の手が真白の手を掴んだ。しかし、真白の右腕に触手が猛スピードで絡み付いていく。

──兄上まで巻き込まれてしまう!

 とっさの判断で真白は武黒から手を離す。離された武黒のしまったという顔に真白は満足げに微笑む。

──兄上だけでも助かった…。

 どんどん触手に引っ張られ離れていく真白。

「真白!」 

 武黒は叫ぶ。もう真白の顔まで触手が包んでいた。その時だった。真白から強い白光が放たれる。武黒と月佳姫はあまりの眩しさに衣の袖で目を覆う。そして、光が落ち着いた後、二人は顔を上げた。


「「真白!」」


 武黒と月佳姫は同時に叫んだ。だが、もうすでに真白も黒い触手も突然放たれた強い光の気配ももうなかった。二人は呆然と先程まで真白が座っていたであろう場所を見つめた。そこには龍の牙がころりと畳の上に転がっているだけだった。

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