第3話 お師匠さま

 夕焼けが畳を、部屋をオレンジ色に染めている。真白は自分の部屋でふすまにもたれ掛かっていた。足を伸ばした状態で座りくつろぐ。この旅の目的であった木箱を膝の上にのせて。


「武黒は変わらないね」


 自分と同じ金髪の少年が隣に座ると話しかけてきた。瓜二つの少年、顔も背丈も雰囲気すらよく似ている。違うのは目の色が青いことと、龍ではないことだけか。


 しかし、龍が宿った人間など滅多に産まれるものではないので、話には聞いても真白はまだ自分以外に出会ったことはなかったが。

「兄上があれでは奥美おうびの復興はいつになるやら」

 粗暴な兄に真白は文字通り頭をかかえた。奥美とはここから少し北にある二人の故郷の地である。 

「もう十年立つんだねぇ」

 少年は目を細めた。真白がまだ幼かった時に、何者かによって奥美の屋敷が攻め入れられてしまった。


「領地を月佳姫げっかひめが直轄で管理してくださるからいいものの…」


 真白は嘆く。屋敷は燃やされ、領土のほとんどが焼け野原になった。生き残ったのはわずかな領民とたった二人のまだ幼かった兄妹のみ。


 その後、一報を聞いた帝に仕える姫巫女、月佳姫が領主の後任が見つかるまでの間、奥美を預かることになる。


 武黒と真白は領主の正当後継者として修行という形で、この城に置いてもらえているのだ。


 しかし、兄が領主になるのはこのままでは厳しそうだ。何故なら、生き残った領民にとってたった一つの希望は当代随一の巫女と名高い月佳姫が土地を護ってくれることだからである。領主の息子である兄ではなく。


「兄上では人がついてこれません」


 弱きを切り捨てる兄では、いくら知略に長けていても領民に信頼されないだろう。真白が表面上、奥美復興のために帰った今回感じたのは兄の普段の行いの悪さである。兄の行動原理は我人殺故我有ワレヒトコロスユエニワレアリなんではないかと思うくらいだ。


 いっそ清々しいほどの悪役っぷりのおかげでかなり平和になってしまい、逆に領民に感謝されてもいるのは皮肉以外の何者でもない。


 真白は深いため息をついた。兄への愚痴が止まらなくなりそうだ。少年は苦笑いすると話題を変えることにした。


「それよりこれなーに?」


 少年は首をかしげて真白を見ている。真白も自身の膝の上にある木箱に目をやった。ただの薄い茶色の木箱。


 表面上は奥美復興ではあったが、目的はもちろん武黒の人徳調査ではなく月佳姫の求める物を探しに行く為だった。秘密裏にわざわざ屋敷の庭園跡地に行ってまで探したもの。それがこの木箱である。水を弾く薬を塗られているのか埋められていたにも関わらず、湿気にやられることもなく綺麗なままの木箱。だが、中身までは真白も知らないのだ。


「まぁ今日の夕餉のあとにわかるでしょう」


 真白がそう言って木箱を畳の上に置いた時だった。


「真白、部屋に入ってもいいですか?」


 月佳姫がふすま越しに声をかけた。


「はい」


 真白が月佳姫の声のするほうへ体をむけ、正座してから返事をした。少年は立ち上がった。襖がゆっくりと開く。


「あら、お邪魔したようですね」


 月佳姫がほほと笑うと、真白と少年はいえと否定した。


「武黒にもあなたが視えればいいのですけど、時々気配を感じると言っていましたが……」


 少年は苦笑いした。そう、この少年が視えるのは限られた人しかいない。


 龍もいれば幽霊もいる。それがこの巫女やら術者やらが支配する世界の当たり前にある日常の光景。しかし今のところ彼を視たり、話せるのは月佳姫と真白くらいではあるが。それでも彼は生前はかなりの術者だったらしいが、どう見てもかわいらしい子どもにしか見えない。


 だが、真白はこの少年の強さを知っている。


「あなた達の命の恩人ですから武黒も会ってみたいものだと話していましたよ」


 なぜなら、この少年が守ってくれたことによって兄妹が生き残れたからだ。月佳姫も向き合うように正座した。正座に慣れている二人にとって、意外と正座が楽な姿勢だったりする。しかし少年は正座に慣れないため、いつも立っていることが多い。


「さて、見つかってよかったですね」


 少年の寂しそうな顔に気付き、月佳姫は本題に切り替えた。居るのに、ほとんどの人に存在を認識されないことが寂しいらしい。


「ねーねーこれ何か知ってるの?」


 少年も雰囲気を変えようと早速、月佳姫に質問する。ちなみに月佳姫に砕けた口調で話せる者は限られた人しかいない。当代随一の巫女である彼女と対等に話しているのは、おそらく帝とこの少年、後は兄くらいであろう。この少年もかなり高位の術者であり、真白の師匠なので、時に月佳姫が頭をさげることすらある。だから砕けた口調でもよいのだろう。しかし、武黒はただの幼なじみである。主に対して子どもの頃と同じように接する兄に真白は冷や汗をかくことすらあるのはまた別の話である。


「りゅか様にもわからないならお手上げかもしれません」


 月佳姫はりゅか様と少年を呼んでいる。


「もう、りゅかでいいのに」


 りゅかは頬を膨らませた。こういうちょっとした仕草は真白も似ていると月佳姫は思う。


「ふふふ、その仕草が見たいからあえて呼んでいるのですよ。りゅか様」


 月佳姫は目を細めて静かに微笑んだ。りゅかは月佳姫の表情があまりに綺麗だったため、黙ってしまった。


「実は私にもわからないのですよ。夢のお告げの通りの木箱のようではありますが、中身までは全く検討がつかないのです」


 月佳姫も木箱を見つめた。かなり昔からこの箱は奥美の地に保管されていたのかもしれない。だが、屋敷が焼け跡しか残っていない今、古い文献を調べることもできなかった。三人で箱を見つめていると、城の従者が夕餉の準備が出来たと告げに来た。

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