ミステリー同好会、コンビニへ行く

第2話 もんだい編 ~消えるおさつ~

「おさつがきえる?」


 みなさんは、コンビニに行ったことはありますか? じつはコンビニのおくには、店員さんがおやすみするためのひみつのお部屋があるのです。

 コンビニのレジを通り抜けたところにある、店員さんしか入ることのできないお部屋。そこに招待された少年は、ふしぎそうに首をかしげながら「おさつが消えるって、どういうことですか?」ともう一度聞きなおしました。

 彼は5年生なのに3年生の助手をやっているというちょっと変わった男の子、タケルです。ちょっとやそっとのことじゃ落ち着かないというようにツンツンしている髪がとくちょうで、今日もそれは元気よく天井にむかってのびていました。


「どうにもこうにも、わたしたちにはわかりません。なぜか消えてしまうんです。かせいだはずのお金が……」


 テーブルをはさんで向かい側に座る店長は、困った様子でうなだれました。

 おとなでもこんなにがっかりすることってあるんだなぁ、本当に困ってるんだなぁ、と思いながらその様子を見ていると、タケルのとなりに座っていたもうひとりの少年が身を乗り出しました。イズミです。

 イズミはきれいなふんわりとしたくり色の髪の毛をゆらして、それとおそろいの色の目をらんらんに輝かせています。


「消えるって、いつのまにかなくなってるってことですか?」

「はい」

「ははぁ、おさつが急に……」


 そう言って考えるような間をおいてから、タケルのほうに向きなおりました。


「タケルせんぱい。期待していたかいがありました。これはもしかしたら、もしかするかも」

「どういうことだよ」

「おさつが消えるんですよ? それって、魔法ですよ! 魔法使いのしわざに決まってるじゃないですか! それか、もしかしたら超能力者とか……」

「はぁ?」


 すこしこうふん気味に話しかけてきたイズミに、タケルはあきれた声で返事をしました。


「そんなわけあるかよ。ちょっとは真剣に考えろって。俺たちは、この町の安全を守るミステリー同好会なんだから! ちゃんと事件を解決しねえと!」

「なに言ってるんですか、せんぱい。事件を解決するなんて、そんなのはどっかの探偵がやる仕事です。僕たちミステリー同好会は、ぜったいに解けないなぞ! ミステリー! 本物のふしぎを探すのが目的なんですよ!」

「本物のふしぎぃ~? あるわけないだろ、そんなの! ていうか、事件を解決する方がかっこいいじゃん!すこしはお前のお父さんを見習えよ!」

「はぁ? 聞こえなかったなぁ。いま、誰を見習えって言いました!?」

「ま、まぁまぁ……」


 言いあらそいが始まりそうになるのを見て、落ち着いて、と店長が間に入ってくれました。ふたりはまだ言い足りないというように、納得しない顔でおしだまります。

 そう、イズミが毎日のように通っているクラブ活動。それが、この「ミステリー同好会」です。イズミパパをぎゃふんと言わせるふしぎなミステリーを探し出す、そのためだけに作ったクラブです。

 このクラブのリーダーはイズミ、そしてリーダーの助手がタケル。つづいてほかのメンバーも紹介したいところですが、ざんねん。メンバーはこのふたりだけです。

 イズミとしてはもっと人をふやしたいのですが、みんなやれサッカークラブだ、やれ野球クラブだ、毎日まいにち運動ざんまい。ミステリー同好会なんて、名前を聞いただけで「いったい何をしている人たちなんだ……?」とあやしまれそうなクラブに入ってくれる人は、なかなかいません。

 ゆいいつ入ってくれたタケルもどうやら「探偵の息子がやってる、めちゃくちゃかっこいい探偵クラブ」だと思っていたようで、いまだにミステリー探しに協力してはくれないのでした。

 さて、話を戻して。もう少しで火花が出そうなほどにらみ合うふたりをなだめながら、店長がまた口を開きました。


「店員は全部で10人いて、夜中、お昼、夕方に3人ずつ交代で仕事をしているんだけど……」

「それで、その中に毎日おさつをぬすんでいる犯人がいるってこと?」

「たぶん、そうなんじゃないかなぁ……」


 タケルが聞き返すと、店長はうーんとうなりながら答えました。店員なのにお店のお金をぬすむなんて、なんてやつだ。ふつふつと怒りがわいてきました。


「で、けいさつには相談したの?」

「したよ。でも、世の中、事件ってたくさんあるでしょう。あとまわしにされちゃって……」

「そっかぁ……」


 もうほかに確認したいことがなくなって、ちらりとイズミの方を見ます。なんだかんだ言ってやっぱり名探偵の息子です。なにをしたらいいかわからなくなると、リーダーのイズミを頼りにしてしまうのでした。

 そもそもこうやって特別に部屋に入れてもらえたのも、「あの名探偵の息子だって!? こりゃ、すごいのがきたぞ! どうぞ中に! いま、すごく困ってるんです!」……といった具合。

 そのちょう本人はというと、まゆをひそめて少しうなってから、もっともなことを口にしました。


「話だけじゃあよくわかりませんねぇ。それ、店員さんの『りれきしょ』ですよね? 見せてもらってもいいですか?」

「ああ、どうぞ」


 指をさした先にたばねておいてあった紙が、店長の手をとおしてイズミのもとに渡ります。イズミがそれをパラパラとめくるのを、タケルは横からのぞき込みました。――『りれきしょ』というこの紙は、いったいなんなのでしょう。タケルにははじめて見るものでした。

 紙には一番上に人の名前が書いてあって、その横にちいさな顔写真がくっついています。どれにももれなくこの写真はくっついているのですが、みんななぜか口をぎゅっと結んでにこりとも笑っていません。なんだかみんな悪そうな顔に見えてきて、タケルは少しこわくなりました。

 ほかにも住んでいるところ、しゅみ、とくぎなどいろいろなことが書かれていましたが、たいした手がかりには思えません。心配になって、しんけんな顔で『りれきしょ』を読むイズミに声をかけました。


「なぁ」

「なーんでーすかー……」

「それ見てわかるの? 犯人」

「いいえ? とくぎ:魔法、って書いてる人いないかなぁと思って」

「……」


 先ほどの言い合いでまだすっきりしていなかったこともあって、あと少しで胸ぐらにつかみかかりそうになったとき。今度は口げんかですみそうにないと感じ取ったのか、店長があわてて声をあげました。


「そういえば、カメラがある! かんしカメラ! レジの後ろにせっちしてあるものだから、何かうつっているかも……」

「かんしカメラ!?」


 ふたりはほとんど同時に、食いつくように身を乗り出します。ちょっと待っててね、と店長が近くにあったテレビをいじくりまわし始めました。ふたりはもうそわそわするのをがまんできません。


「おい、かんしカメラだってよ。犯人うつってるかもよ!」

「そのとおりです! これはやりましたね、せんぱい。もしかしたら魔法を使う瞬間が見れるかもしれないです!」

「それはねぇよ」


 そう話をしている間に、テレビの画面にお店の中のようすがうつし出されました。右下には、おとといの日付が記されています。

 おさつは毎日消えているので、犯人はこの日もぬすみをしたにちがいありません。イズミが言うように、相手が魔法使いでもないかぎり、しょうこはうつっているはずです。

 店長がイスに座りなおしたところで、イズミがタケルに顔を近づけました。


「せんぱい、スキルアップのチャンスです」

「何がだよ」

「タケルせんぱいは、おとなになったら探偵になりたいんでしょ? だったらここでビシッと犯人をあてないと。できが悪いままだと、いつまでたっても『なんでも探偵団』には入れませんよ」

「わるかったな、できが悪くて……」


 タケルはふてくされて言い返しますが、あたっているのでこれ以上はなにも言えません。たしかに、これまで何度もイズミと一緒にふしぎな事件に出くわしましたが、タケルが解決したことは一度もないのでした。

 せめてもの反抗で、イズミの顔をわしづかみにして押し返すと、痛いじゃないですかぁ、とイズミが文句を言いました。うるせえなぁ、むしだ、むし。

 視線をテレビに戻すと、ヒマそうにレジの前につっ立っている店員が目に入ります。いまのところあやしい様子はありません。


「なんかうつってたらいいけどなぁ……」

「何度もくり返せばじょうたつする分、ボロもでますよ。ここまでバレていないとなると、犯人はぜったいに油断しているはずです」

「なんだよ、お前はミステリーさがしがメインだろ? 探偵みたいなこと言いやがって」

「まぁ、僕はエリート名探偵のエリート息子ですから。つい口出しちゃうんですよね、頭が良くて」


 当然のようにサラッとそう言ったイズミを、タケルはあきれ顔で眺めました。

 イズミはお父さんが団長だからこうやってふしぎな事件に首をつっこめるけど、それはけっして親の七光りだけではありません。頭もよくて事件もすぐに解決してしまうから、町の人たちからもかんげいされているのです。きっと団長から受けついだ探偵のそしつがあるのでしょう。

 だからたしかにエリートといえばエリートだけど……そんなこと、ふつう自分でいうかなぁ。タケルはそう思ってため息をつきました。こういうふつうの人とちがうところがまた、団長にそっくりなのです。


「お前さ、ジョンソンって言葉しってる?」

「ジョンソン?」

「もっとひかえめにものを言えってことだよ。お前みたいなやつは社会にでてから困るんだぞ」

「せんぱい」

「なに」

「それをいうならケンソンですよ」

「……あれ?」

「ジョンソンってどこの誰ですか」

「……誰だろうね」

「しっかりしてくださいよ……それでも5年生ですか? せんぱいみたいな人は社会に出てから困りますよ」

「……」


 ぐうの音も出ない。

 ふたりがそんな言い合いをしている間に、時間はどんどんすぎていきます。そうしてたいくつになってしまった店長がいびきをかきはじめたころ、やっとかんしカメラが役に立つときがきました。


「あ」

「なに」


 イズミが口をあんぐりあけてテレビを見つめました。話をしている最中もテレビから目をはなしていなかったようです。

 あやしむようにタケルが聞き返すものむしして、いねむりまっ最中の店長の手からリモコンをもぎとります。それからえいぞうをもどし、いま見たのと同じ部分をくり返し再生しました。なにかうつっていたのでしょうか。


「なに、どうしたんだよ」

「ちょーっと待ってください……」


 そう言って、イズミは食い入るように画面を見つめます。タケルがそれにならって画面を見ると、えいぞうがいきなりスロー再生になりました。


「おい、何して……」

「ほら、ここですよ。よく見てください」

「えー……?」

「手元ですよ」


 言われたとおり、店員の手元に視線をやってみる……と。


「……あぁー!」

「でしょ?」


 その店員は、お客さんから受け取ったおさつをレジの中にはさむふりをして――そのまま丸めてそでにつっ込んだのです。


「こいつが犯人かぁ!」

「そうなりますね。ほら、これで終わりじゃないんですよ。たくさんのおさつを、そでに入れたままになんてできるわけないんですから。ぜったいにこのあとどこかにかくしますよ」

「あ、そうか」


 タケルがあわてて視線を戻すと、画面にうつる男性店員は手をポケットにつっ込みました。それからしばらくもそもそと動かしてから、何ごともなかったかのようにその手を出します。店員はもうそでを気にする様子はありません。


「インザポケットだな」

「そのようですね。いやー、これは手くせがわるい」


 バンザイ! これで犯人も、おさつのゆくえもわかりました。大てがらです。

 しかし、ひと仕事終えたような声を出すイズミを見ると、なんでしょう。なんだか顔が……すごくやる気がなさそうです。


「なんだよお前」

「何がですか」

「その顔。犯人がわかったんだから、もっと喜べよ」

「いやだって……これ魔法使いじゃないですし……最低でも超能力者であってほしかったんですけど……」


 そういえばそうでした。イズミは犯人のトリックなんてどうでもいいのです。重要なのは、犯人が魔法使いであるかどうか。ただそれだけなのでした。

 イズミはいかにもつまらなさそうにことばを続けました。


「まあでも、よかったんじゃないですか。つかまえるのはおとなの仕事だから、もうほっときましょう。今回の件、せんぱいから団長にぜんぶ報告したらかぶがあがるかもしれないですよ」

「え!? いいの!? まじで!?」


 おこぼれちょうだいでタケルが大喜びしているあいだにも、画面の中の男はまた同じことをくり返しています。いちど見やぶれば、その動きはとても目立つものです。

 ひととおり喜び終えたタケルが、まだうきうきとはずんだ声で言いました。


「だいたんだなー」

「そうですねぇ」

「ま、あとは団長さんに報告すればおしまいだから。バイト終わったところをとっつかまえて、ポケットひっくり返すだけだろ? 一件らくちゃくだな」


 タケルはうんとのびをしました。いっぽうイズミは、そちらをちらりとも見ずに、めんどうくさそうに画面を眺めたままです。それから小さな声でぽつりとつぶやきました。


「だいたんすぎやしませんかねぇ」

「は?」

「そのままとっつかまえてしまってもいいんでしょうか……」


 そのとき、まるでイズミの声が聞こえたかのように画面の中の男がすがたを消しました。タケルが思わず身を乗り出します。


「どこいったんだ? まさか仲間が……」

「おバカさん。仕事中にそんなことするやつがいますか、すぐ戻ってきますよ」


 その言葉が終わるより先に男は戻ってきました。腕には大きめの段ボール箱が抱えられています。その中から商品――たばこを取り出して、レジの後ろにある棚に並べはじめました。

 どうやら、お客さんがいない間にやっておかなければならない仕事が、たんまりあるようです。


「ほらね」

「なんだ、箱とりに行っただけかよ……」

「だいいち仲間なんているはずないでしょう。いくらおさつと言っても、あんな少ない量を山分けにしたらなーんにも残りませんよ」

「……」


 たしかに。

 けれど、それならなおさらさっさと犯人を取り押さえるべきです。抵抗しても、押さえつけてポケットをひっくり返しさえすればいいんですから。

 と、そこでイズミが立ち上がりました。


「それじゃあ、僕ちょっとお店のなかに行ってきます」

「え? なんで?」

「買い物ですよ。もう犯人わかったんだから、あとは団長に電話するだけでしょ? それなら、ひとりでも大丈夫ですよね?」


 こんなときに買い物かよ――と思うより先に、タケルはなんだか腹が立ってきました。……ひとりでも大丈夫ですよね、だって?


「……べつに大丈夫だよ」

「え? なに? ……怒ってる?」

「べつに怒ってねぇし!」

「ほら! 怒ってるじゃないですか」

「怒ってない!」


 キョトンとするイズミを部屋の外に追い出して、勢いよくドアを閉めます。なんなんですかー、という声が聞こえてきたけど、タケルはむしすることにしました。

 ――いいよ、やってやる。お前の力なんか借りなくても、ひとりでできるんだからな。さぁ、作戦かいぎだ!

 「団長に電話」をするだけのはずなのですが、いったいなんの作戦かいぎなのか……なにかよからぬことを考えていないといいのですが。

 メラメラと決意に燃える部屋の中で、店長のいびきがぐおーとひびきわたりました。

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