第43話 濃厚接触者になっちゃった!?

気づけば夏真っ盛り、私の婚活は停滞中だ。

紹介はことごとく不発に終わり、もうこの年齢になってしまえば、お見合いの話もこない。

一度、佐和子サワコからタチアナさんの合コン料理教室に誘われたのだけど、レンタルする予定の場所の都合がつかず中止になってしまった。


そもそも、出会いかたがわからない私にとって、婚活すること自体ムリな気がしてきた。


こうなったらまたマッチングアプリをやってみるしかないのかな?と思い、今度はインフォメーション嬢である松井マツイ芹香セリカが結婚相手を見つけたというアプリをインストールをしてみたが、登録をするのにメールアドレスかLINE、フェイスブックやインスタグラムなどのSNSのどれかのアカウントを求められ、この時点で気持ちが萎えてしまった。



——えっ、何だかめんどくさいし、情報もれないのかなぁ?——



こうしてまたもや登録の段階で気持ちが萎えてしまい、結局アンインストールしてしまった。



—-ああ、私ってどうしてこう臆病ビビりなんだろう!——



なにもアクションを起こさずにいれば、いつものように出勤し、会社と家の往復のみ。

こんなんじゃ出会いがないので、趣味のカフェ巡りを徐々に復活させてみた。

でも、だいたいカフェで働いている人の大半が女性で、男性がいたとしても若すぎて対象にならない。

店員さんとはないかな、と思ったので、常連客との出会いを期待してみたが、そもそも同じ人に遭遇する確率が低かった。

スタバに行けばなんとかなる?と思い足を運んでも、だいたい対象年齢らしき男性のほぼ全員がパソコンを持ち込みこちらには眼中にないので、出会いのきっかけにもならなかった。



——そもそも自分から話しかけるなんてムリだし、第一私は佐和子サワコみたいな目立つ美人じゃないから、あちらから話しかけてくることなんてまずないから、こういうのダメじゃん!——



こうしてカフェ巡りを婚活の場にするのは諦め、またどうすればいいのかわからない日常に戻る。


そんな変わり映えのしない日々を送っていたある日、激震が走った。



「タイヘン!ウチの社内もとうとうコロナ感染者が出た!」


金曜日の朝いつものように出社すると、小畑オバタ一美カズミが興奮した様子で話しかけてきた。



「えっ、誰がですか?」



2022年7月現在になるまで社内に感染者が出なかったのはむしろ奇跡に近かったが、とうとう出てしまったのね、というのが正直な感想だ。



「それがね、太田原オオタワラくんと真紀子マキコから、ほぼ同時に連絡を受けたんだって」



えっ、あの二人が!?まさか…。



「ここだけの話、妙なウワサ出てるのよ…あの二人デキてるんじゃないかって…目撃情報もあるし…あなたなにか知らない?」



小畑オバタ一美カズミは声をひそめて訊いてきたが、決して小声ではなかった。

少しばかり事情を知っていた私はどう誤魔化そうか考えていたところ、井澤イザワ部長がやってきた。



「こらこら、憶測だけなウワサ話はしない!」



始業時間前だけど、彼が現れるとなんだか緊張してしまう。



「はーい」



小畑オバタ一美カズミはつまらなさそうに自分のデスクへと向かった。


それにしても、三笠ミカサ真紀子マキコ太田原オオタワラが同じタイミングで感染するなんて…。

長いことダンナさんとうまくいってない三笠ミカサ真紀子マキコに、彼女に片思い(?)する太田原オオタワラ、二人が夜の酒場で意気投合し頻繁に飲み歩きしているのを誰かに目撃されたのだろう。

こうなってしまったのは時間の問題だったのかもしれないけれど、なんだかバレては欲しくなかった気がした。


社内に感染者が出たことで事務所内は一時期騒然としていた。

ビルのオーナーの秘書らしき男性がいち早く駆けつけてくれ、抗原検査キットを井澤イザワ部長に渡した。



「えー、彼らに接触した者もしてない者も今すぐ検査するように」



業務は事実上停止状態になるかと思ったが、

ほんの少し時間を取られただけであとは通常通りだった。


検査キットの箱を開けて説明書に目を通す。

長い綿棒のようなものを鼻の穴に突っ込んでそれを液体に浸してグルグルかき回し、さらにそれを判定機に何滴か垂らして時間を置くというやり方だった。



——鼻グリグリいやだなぁ、恥ずかしいし…——



だがそんなこと言ってられない、すみやかに説明書通りに検査し、時間測るためにスマホタイマーをかけた。



「うわ、こりゃほぼ一斉にタイマーかけとるからうるさいな、皆音は出さないように!」



井澤イザワ部長は指示を出す。

時間計測中は皆通常通りの業務に戻る。

営業職の人だけは動くことができずにブチブチぼやいていた。



「やっべーわ!オレ、思いっきり太田原オオタワラさんと一緒にメシ食ってるわ」



若手社員の土浦ツチウラ涼太リョウタは、髪をかきむしっていた。

一応彼も独身なんだけど年齢が二十代半ばと私にとって年下すぎるため、対象にもならない。

既婚者のアンケートを見ると、大半の出会いは職場なので、なにもしないでいると結婚は難しいと改めて思い知らされる。



「私だって真紀子マキコセンパイとほぼ毎日一緒だわよ」



彼と同期であるインフォメーションの栗木クリキカエデも、業務に就くこともできずにいた。



「だいたいさ、あの二人ほぼ毎晩一緒に飲み歩いてんの、私見ちゃったんだから」



ウワサの震源地はここだったのか…。

私は業務をこなしながら耳をそばだてた。




「え、マジか!?」



「マジ、マジ!だって私最近彼氏とのデートで仕事帰りこの辺で会ってるもん」



「おお〜、オマエこのご時世出歩いてんじゃねーよ」




土浦ツチウラ涼太リョウタは忌々しげに栗木クリキカエデを睨みつける。



「んなこと言われてもさー、今イイ感じなんだから!」



「だったら、どっちかの家行けよー!このリア充め!」



「まだ早いんだってば!」



二人がやり取りしてる中、井澤イザワ部長が、



「そこ、うるさいぞ!」



注意を飛ばした。



「すんません」



小さな事務所内、今の二人の会話は筒抜けで、

真紀子マキコ太田原オオタワラのウワサは完全に広まってしまった。


「あっ、良かったー!オレ陰性だったわ〜」



しばらくして真っ先に声をあげたのは、土浦ツチウラ涼太リョウタだった。

液を垂らした板みたいなのには上下にCとTが並んでいて、Cの下だけに赤い線が表示されていたら陰性で、CだけでなくTにも線が現れたら陽性とのことだった。



「あ、私もだー、良かったぁ」



続いて栗木クリキカエデも歓声をあげる。


「ほら、オマエらいちいち大声で叫ばない!どんな結果が出てもすみやかに私に報告するよう伝えたはずだぞ?」



井澤イザワ部長は若い二人に対して呆れ顔だ。

私のは後5分ほどで結果がわかるが、今のところCの下にしか線は出ていない。



——私いつだったっけ?三笠ミカサさんとお昼一緒だったの?——



彼女がインフォメーションへ配置換えされてからはお昼休憩がかぶることは滅多になかったのだけど、たまにタイミングがかぶると一緒にお弁当を食べていたりした。



もし、感染していたら、どうしよう…。

高齢者である両親の住む家へは帰れない。

当分ホテル暮らしにでもなるのかな?

ぼんやりと考えごとをしながらデータの打ち込みをしていると、スマホがブルブル振動した。



——あ、時間だ——



恐る恐る確認をしてみると、赤いマーカーはCの下にのみ表示されていた。



——良かった、陰性だ——



ホッと胸を撫で下ろし、井澤イザワ部長のもとへ報告にいく。

自分の前にいたのは、小畑オバタ一美カズミだった。



「陰性でした」



彼女だけでなく、自分も含むその場にいた人全員が陰性とわかり、事務所内の空気が安堵に包まれたように感じられた。



「これで全員か、あとは今日休みの者だけか」



佐和子サワコは今日は公休日で出社していなかった。

彼女は目下タチアナさんの結婚相談所で婚活中で、感染リスクが高いように見えた。



——大丈夫かなぁ——



昼休みにLINEでもしてみようかな。

一斉に受けた抗原検査が落ち着いたところで本格的に業務を再開した。

私たち事務職は直接来客には関係なかったから問題はないが、インフォメーションの栗木クリキカエデ松井マツイ芹香セリカは、あたふたしていた。

いつもは開店と同時に受付にいるのが、今日は一斉検査のためそれができなかった。



「ったくもう!オープン前にしてくれって話なんだよ!」



文句を垂れているのは松井マツイ芹香セリカ



「仕方ないっすよ、オーナーの秘書とやらが検査キット持って来たの開店5分前ですし」



栗木クリキカエデは諦めモードだ。

色々不満げな二人のインフォメ嬢は、やがて客を迎えるために階下へおりていった。



——客から受付嬢がいないって苦情来なきゃいいんだけど——



私が心配することじゃないけど、何となく気になる。

うちの商業ビルは年齢層の高い客が多いため普通のビルよりインフォメーションが重要だったりする。

バブルが弾けて以来、様々なデパートや商業ビルから受付嬢が姿を消していく中で、うちは珍しい存在だった。



——ほんと、色んな意味で古いビルだよなぁ——



またもやビルの建て替えのことに意識がいき憂鬱になる、丁度今自分が打ち込んでいるデータもそれに関することで、先が見えない未来に不安を感じていた。



「あーあ、陰性でも濃厚接触者だから、しばらく業務停止かなぁー?参ったなー」



土浦ツチウラ涼太リョウタは口先だけでは残念そうだが、なにやら嬉しげだ。



土浦ツチウラくん、君は昨日公休日だったよね?」



ここで井澤イザワ部長が自分のデスクから土浦ツチウラ涼太リョウタに問いかける。



「そうッすね〜、その前は太田原オオタワラさんが公休日で…あっ…!」



土浦ツチウラ涼太リョウタはしまった!という表情を見せた。



「だね、濃厚接触者には当たらんようだね、太田原くんの公休日前日のキミは、直行直帰の営業だったし、丸3日は顔を合わせてない計算になるね。そんなわけで、今日も打ち合わせよろしく!」



「うぉー、マジか、休めると思ったのにー!」



この土浦ツチウラ涼太リョウタの発言に、小畑オバタ一美カズミはため息をつく。



「全く、なんて不適切な発言するのかしらね!昨日休んだばかりじゃないの」



「はははー、小畑オバタ女史に叱られちったー!そんじゃあ、いってまいります!」



こうして土浦ツチウラ涼太リョウタは事務所を出た。

この件で私はまた不安になる。

昨日や一昨日のことを思い出していて、一昨日の昼に一緒に三笠ミカサ真紀子マキコとお弁当を食べていたことに気づいたからだ。



——うわ、私濃厚接触者になっちゃった!?——



井澤イザワ部長に報告しなきゃと、重い腰をあげる。



「あの…、私、濃厚接触者かもしれないんですが…」



この報告を受けた井澤イザワ部長は、「なに!?」やや大きな声をあげる。



「一昨日のお昼休憩に、隣り合わせでした」



井澤イザワ部長はため息をつく。



「あれほど孤食・ソーシャルディスタンスを通告していたのに…」



「申し訳ありません…」



こういった場面は苦手だ、私はどうしてこう間が悪いのだろう、孤食を守っていない人がほとんどなのに…。



と、ここで、



「お話中失礼します」



人事部の永沢ナガサワ藤子フジコがつかつかと井澤イザワ部長のもとへとやってきた。



三笠ミカサさんについて、間違った情報が広まっているようなので訂正にまいりました」



人事部は私が働く部署とは違う階にあるから日頃接触はないのだが、彼女を見ると自分の面接のときを思い出すので緊張してしまう。



「訂正って…、太田原オオタワラとのことか?」



「違いますよー!もー、井澤イザワ部長までそんなこと言いますか〜?」



急にくだけたような口調になる。




「おお、そんなウワサ信じてるつもりないんだがな!で、間違った情報とは?」



そういえば井澤イザワ部長に永沢ナガサワ藤子フジコ、そして小畑オバタ一美カズミの三人が同い年だということを思い出した、だから砕けた口調にもなったのだろう。



三笠ミカサさんは濃厚接触者なだけで感染者ではありません、先程インフォメーションの二人が休みを申請してきたのには驚きましたよー!」



なんだ、彼女がコロナに感染したんじゃないんだ、良かった!

真っ先にホッとしてしまった。



「なんだ、そうなのか。一体誰なんだい、伝言ゲームを間違えてしまったのは?」



「知りませんよー!連絡を受けた私はちゃんとこちらの事務所に伝えたはずですけどね?たしか、土浦ツチウラくんだったと思いますけど?」



「うわ、土浦ツチウラ!アイツかよ!」



「とにかく心配なのは太田原オオタワラくんと濃厚接触した人のみで、三笠ミカサさんについては大丈夫ですから!」



「おお、わざわざ内線使わずに直接ありがとうな」



「いえいえ、こちらに用事があったついでなので」



そう言って永沢ナガサワ藤子フジコは、つかつかと私のもとへとやってきた。



「!?」



宮坂ミヤサカさん、ちょっといいですか?」



「はいっ、なんでしょう?」



日頃、人事部の彼女と私の接点はほぼない。

私になんの用事だろう?



「お盆休みの申請なんですが、この日休館日ですよ」



毎年8月はお盆休みを3日から5日取ることができるのだけど、仕事上皆が一斉に同じ日に申請は不可能で、希望日を提出することになっている。

勤務先ビルの休館日が8月15日だということをすっかり忘れていた。

私は14日から18日までを申請していた。



「すみません」



私は慌ててスマホを開いてスケジュールの確認をする、とくに出かける予定なんてないのだけど、念のためだ。



「せっかくのお休みを休館日に当たるのはもったいないものね!」



永沢ナガサワ藤子フジコはにっこり微笑む。

年齢は小畑オバタ一美カズミと同じで、色白でふっくらして縁のないメガネをかけていて、入社したばかりのころは小畑オバタ一美カズミとの区別がつかなかった。



藤子フジコちゃん久しぶり、元気にしてた?」



ここで小畑オバタ一美カズミが話しかけてきた、二人は仲が良いらしい。



「おかげさまで」



とりあえず私は休みの申請の候補をいくつかメモ用紙に書いて渡した、社内メールで送ることもできるのだが、私の業務内容的にパソコンをよく使うためこうして手書きメモを渡すしかないのだ。



「ありがとうございます、じゃ、これで調整しますね」



永沢ナガサワ藤子フジコはそう言って颯爽と事務所を後にした。



——はぁ、デキる女って感じだよなぁ…——



このときの私はまだ、彼女のおかげで後々事態が大きく変わることを想像だにしなかった。

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