リモートカンファレンス

 ここひと月における在宅勤務の報告が、本社でオフイス不要論を巻き起こしている頃、おれとミサキさんはテレワーク開始以来はじめて本来の用途でビデオ会議システムを利用していた。

 リモートカンファレンス――もしくはテレカンファレンス。

 一般的には大規模な会議が想像される用語だが、対象人数はいつものようにおれとミサキさんのふたりだ。ただ、カンファレンスのもつ意味合いが違う。

 おれの見ているモニターでは延々と動画が流れている。出演者はもちろんミサキさん。やってることと服装、(肌色的な意味も含めた)露出度は千差万別。

 そう、おれとミサキさんの間で初めてもたれた、リモート検討会である。


「――で、そろそろ、どうでしょうか?」

 

 神妙な顔をしたミサキさんが、モニター越しに問いかけてきた。いつもより少し見上げ角が高くなっている。生真面目にも正座しているのかもしれない。


「もう終わるんで、ちょっと待ってください」


 いまチェックしているのは、昨日ミサキさんが撮っていたゲームプレイ動画だ。顔出し実況――なのだが、ワイプというより画面半分くらいがミサキさん・オン・座椅子になっている。ショートパンツからスラリと伸びる生足がことあるごとにパタパタ動いて艶めかしい。


「……えっろ」

「え」

「いえ、こっちの話なんで忘れてください」

「いやいやいやいや! 聞き捨てなりませんっ! エロいって言いましたよね!?」

「まぁそこはいいじゃないですか」

「よくないデス! 大事デス! 言いましたよね!?」


 鼻息も荒く迫ってくるミサキさん。どう答えよう。いや、いまさら迷うこともないか。

 うん、と内心で気合を入れ、おれはハッキリ音にした。

 

「生足、えろいです」

「……ありがとうございマス」

「……言わせておいてなんで照れてるんですか」

「照れてるっていいマスか、ちょっと嬉しいといいマスか……」

「えーっと……褒め――」


 られるのが? と問いかける直前、そっちのルートはつまらないと気づいた。

 おれは咳払いして言い直す。


「えろいって言われるのが嬉しいんですか?」

「……うぁ、と、ま、あ……まあ、悪い気はしないッスよね……」

「ふーん?」

「な、なんデスか!? 好きな人にえろいって言われて喜んじゃいけませんか!?」


 ピコピコと両手を振るミサキに、おれは苦笑せざるを得なかった。可愛いから、だけではもちろんなくて、心配になっていた。


「そういうもんなんだなーと思いつつ」

「つつ、なんデス?」

「それって、もしこれ配信したら、見てる他の人もえろいって思うわけですよね」

「……デスかね?」

「そりゃ、おれが思うんですから、思われますよね」

「デスか」

「ですね」


 おれは考えてますアピールに腕を組んだ。ビデオ通話を繰り返すうちに、明示的なジェスチャーを送るのが癖のようになっていた。

 うめきというか、唸りというか、その手の発声も意識と無意識で半々になっている。現実に生きていながら、モニターの中の世界で暮らしていると錯覚しそうになることも。


「ミサキさん的にはどうなんですか、そういうの」

「自分的には……自分的には……どうなんッスかねえ」


 かくんとミサキさんの頭が左に傾いた。今日はウィッグなし。いつものくしゃくしゃ黒髪ショート、だが、さすがにこの一月で伸びてきたのかボサっとウルフになっている。

 ミサキさんは唇の先を尖らせて、うーん、と小さく唸り、視線を外して顔を扇ぎだした。きっとアレな想像をしたのだろう。


「ミサキさん的には、どうでした?」

「……引きません?」


 事前に予防線を張ってきた。珍しい。引かないかどうか聞いてくるからには、引かれるような答えをするぞという意味だ。そして答えが決定しているからには、思考がすでに存在している。


「それって聞いちゃった時点で引かれるようなこと考えたことになりません?」

「うっ」


 音をつけるなら銃声か。ミサキさんは胸元を押さえ、大げさに背後のベッドにもたれた。


「ひどい。ひどいッス。ロジハラッス。ロジハラカレシに捕まったッス」

「ロジハラ? ロジハラって――」


 おれはノートパソコンのキーボードを叩いた。ロジハラ、ロジカルハラスメント、正論を言う人は――なるほど。


「すいません。ちょっとイジワルだったかも。――まあ、引きませんよ。いまさら」

「いまさらって言い方がなんかイヤッス」


 つーん、とミサキさんは拗ねたようにそっぽを向いた。それはそれで可愛らしい、子供っぽく膨らんだ頬を指でつついてやりたいくらいなのだが、残念ながら物理的には触れない。

 おれはモニター越しに指を伸ばす代わりに、言葉を並べた。


「引かれる引かれないで言えば、おれの眼鏡好きも相当アレなんで、いまさらです」


 ぷっ、とミサキさんが小さく吹いた。


「たしかに、ッス」

 

 ミサキさんは眼鏡の左右のツルを両手で挟むように持ってパカパカと上下した。


「どうッスか? えっちッスか?」

「違う違う、そういう意味じゃないですよ」


 ほんとおもしろい人だなあ、とおれは笑った。もう一ヶ月、ほぼ一日中顔をあわせているのに一向に飽きる気配がない。

 ほんと、すぐそばにいてくれたらずっとどっかしら触ってるのにと思いつつ、おれは言った。


「それで? ミサキさん的に、色んな人にえっちな目で見られるかもっていうのは――」

「――正直」


 す、と目を伏せ、ミサキさんは頬杖をつくようにして口元を隠した。


「正直、想像するとちょっとだけ興奮しちゃうッス」


 耳の先がほんのり赤くなった。今日も暑い。雨雲が空を泳いでいるせいかじっとりと湿った空気が肌に張り付いてくるようだった。これで蝉でも鳴いていれば、完全に夏だ。

 おれは団扇代わりにA四の資料を掴んで顔に風を送った。


「ミサキさんって、けっこうムッツリめですよね」

「言いマスね。ご自身だって人のことは言えないのでは?」


 ちょっと艷やかな色味を帯びた黒瞳こくとうが、レンズとモニター越しにおれを射抜いた。


「――夏になって、もし外が落ち着いてたら、一緒に海に行きましょうか」

「……いいデスけど、なんデスか? 突然」

「ミサキさんにはビキニ着てもらって」

「――ゔぇっ!?」


 ガタガタン! とミサキさんが身を乗り出した。久々に聞いた奇妙な悲鳴に、おれは深い満足感をおぼえた。


「見られるのが好きな人を、見せびらかしに行こうというのです」

「……ま、まあ、自分的にはいいんですけど……いいんデス? 自分、海だと眼鏡ッスよ?」

「あ、それ迷いますね」

「ほんっと……眼鏡フェチなんッスねえ……」


 感慨深げな声に、おれは苦笑しながら手を横に振った。


「別に眼鏡フェチってわけじゃないですよ。単に、眼鏡のミサキさんが好きなだけで」

「デスか」

「好きですし、可愛いと思いますし、おれにだけガードを緩めてくれてるような――」

「ちょ、ちょっと、ちょっと連打は勘弁ッス」


 ミサキさんは両手を壁のように立てて顔を伏せた。言葉の台風に耐える女子アナさながら。


「この際だから、引かれてもいいやの精神でいっちゃいますけど」

「へ? え?」

「その、照れてるミサキさんも好きなんですよ」

「えっと」

「可愛いなーって思いますし、どうせならもっと照れさせてやれってなりますし」

「ちょっと、あの」

「そのためならおれはなんでもする所存」

「つよい」


 ミサキさんが両手で顔を隠した。勝利だ。勝負なんて始めた覚えはないが、謎の達成感がおれの胸に去来した。


「それで、動画の話しなんですけど」

「へ、え――?」

「ゲーム実況はあんまりオススメできないかもですね」

「――えっ!? なんでデス!?」

「ミサキさんゲーム中のリアクション薄くて」

「ぬぁっ!」

「これならいっそゲーム中の足だけ撮ってるほうが再生数稼げそうですよ」

「足!? 足ッスか!? なぜ!?」

「足のほうが感情豊かで」

「どういうこと――っていうか!」


 ミサキさんはちょっと涙目になって身を乗り出しカメラを揺さぶった。


「急にマジメな品評はやめるッスよお!」


 今日はそういう会の予定だったじゃないですか。

 とりあえずおれは襟ぐりを大きくカットされたTシャツに礼を言った。だるんと垂れ落ち、たわわな果実が丸見えだった。ピンクだった。

 ――下着の色だ。

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