テレトリビュート

 完成させるまでは楽しかったが、完成してみるとすることがない。それがパルダリウム――というか植物である。

 もちろん、霧吹きで水分補給をしたり、湿度管理をしたりといった世話はいる。そのあたりは窓際で両手を掲げるサボテンよりも手間だ。

 けれど、ぼーっと見ててもなにかが進展するわけではない。


「……そういうの、ゲーム中に言いマス?」

「……や、ずいぶん長いこと考えてたから――」


 おれとミサキさんの環境を考慮しながら、ふたりでできるオンラインゲームをあれこれ試していって、気づけばナポレオンというカードゲームをしていた。ナポレオン軍と連合軍に分かれてカードを取り合うシンプルなトランプゲームだ。むちゃくちゃな数のローカルルールがあらしいが、詳しくはしらない。

 ついでに、きっかけがなんだったかも覚えていない。

 これまでのところ、四勝二敗で、おれがリードしている。

 今はダイヤで絵札十五枚を取ると宣言したおれに対し、ミサキさんが絵札3枚を取得、あと三枚をもぎ取ろうとあがいている。


「……こうやってじーっとカードを見ていると、道が見えてくるッスよ」

「なるほど」


 おれはテキトーに相槌を打ちつつ、パルダリウムに目をやった。たしかに道らしきものが見えているが、それはそのように設計したからであって、見えないものが見えたわけではない。

 モニターに横目を向けると、ぐむむむ、とミサキさんが顎をつまんで唸っていた。勝利に至る道があるものと信じて、唸りつづけている。

 ――勝ちの目なんてないのに。

 おれは自分の手札に残る切り札のジャック(エースの次で、他の絵札より強い)と場に残っている絵札をみやり、ため息をついた。

 

「……退屈ッスか?」

「へっ? えっ? ああいや! すいません! ちょとボヤっとしてました!」

 

 ミサキさんの気遣わしげな声に、おれは慌てて両手を振った。ミサキさんは、ならよかったデスと、こちらの顔色を伺うような愛想笑いを浮かべて変な一手を打った。

 対戦前にルールをきっちり把握し、先を見通してから打つミサキさんにしては投げやりな手。

 おれは自分の油断に情けなくなった。


「いやほんと、そういうつもりじゃなくて……ごめんなさい」

「いえいえいえ、ゲームしようって誘ったの自分デスし……」

「それ言ったら指ドラとか、お家で料理とか、パルダリウムもミサキさんの提案ですよ」

「えっ……と」


 さっとミサキさんの顔が強張った。

 おれは慌てて全力否定した。


「違います! 違います! 違います! そういう意味じゃなくって!」

「や、でも」

「でもじゃなく! ほんと! えっと、一旦リセット! リセットして考えましょ!」


 まさに油断だ。慣れと甘えとも言う。リモートワークだのテレワークだの、テレカンリモカン言い方はなんだっていいが、極めて重要で忘れがちなことがある。

 カメラと音声と文章の三つがあっても、完璧なコミュニケーションには足らない。

 普段のやりとりだって誤解が頻発するのだ。

 足りるわけがない。


「むしろ、ミサキさんにはありがとうしかないですよ」

「……ホントデス?」

「ほんとほんと。おれほら、趣味とかなかったですし、意外と繊細だし」

「自分で繊細って言いマス?」


 ふふ、とミサキさんが頬を緩めた。おれは内心で安堵する。

 同じ職場の同期で、同い年。仕事の中身もだいたい同じ。なのに性格はまるで似ていない。

 たとえば、このナポレオンというゲーム。

 ミサキさんは早々に複雑なローカルルールを含むゲーム展開を理解し、理詰めで進めてくる。

 おれは勘が八割。残り二割の理は詰めで勘が正しいかどうか確かめるのに使う。

 元々が五人以上でやるためのゲームをふたり用に改造した代物だから、運が左右する部分が多くなっている。それがおれとミサキさんの勝敗数につながっているのだろう。


「普通のスタイルでやってれば、八割くらいはおれの負けですよ」


 と、つぶやきながら、おれは一手すすめる。手加減はしない。というか、手加減の仕方がよくわからない。ルールを把握しきれてないので絵札をかき集める方向にしか動けないのだ。


「そんなに気を使ってもらわなくてもケッコーッスよ」


 ちょっと拗ねたような言い方をし、ミサキさんが勝敗に関係のない兵士のカードを処理した。なんでか分からないが、嫌な予感がした。

 おれはミサキさんに倣って、画面に並ぶカードを睨んだ。


「んんん……?」

「どうしたッスかー?」

「いえ、なんでもない、です」


 ぺし、と絵札を回収。これで十三枚。残り一枚の絵札はナポレオン軍(つまりおれ)として場に見えていて、おれの手札に一枚。完了だ。どうミスっても負けない、はずだ。


「ちょっと不謹慎ですけど、おれにはラッキーだったかも」

「……ラッキー?」

「ミサキさんと、信じられないくらいお近づきになれたし」

「信じられないくらいのお近づき」


 プススと息を吹き出すように笑い、ミサキさんがまた一枚手札を進めた。もうあと数手で打つ手がなくなり、おれの勝利が確定する。


「そういう意味では、自分も感謝ッスねー。お料理、教えてもらってなかったら……」

「なかったら?」

「きっと今頃プヨプヨッスよ!」

「おれはプヨプヨのミサキさんも見てみたいですけど」

「ふふふ、夜のスナック菓子を封印した自分に負けはないッス」

「プヨプヨしたとこ、触ってみたりしたいですね」


 ピシ、とミサキさんが固まった。スーン、とジト目をつくってこちらに向ける。けれど、その口元は猫のようにニマっとしていた。


「今のままでも、何箇所かそういうところあるッスよ?」


 謎の圧力に、おれは喉を鳴らしそうになった。


「そこ、ほんとにプヨプヨですか?」

「あー……どうッスかねぇ……もちもちとか、ふかふかとか、言い方は色々かも」

「……ますます撫でくり回したくなってきましたね」

「なら、まずは自分の頭をどーぞーッス」


 ピシっと一手進めて、ミサキさんが熊耳ヘッドホン付きの頭をこちらに見せた。くしゃっとした短髪をまたぐバンドの少し上に小さな肌色。つむじだ。


「よしよし、って言ってほしいッス」

「……えっ?」

「ダメッスか? 褒められたり、撫で撫でされたりしたいッス」


 ちらっと、あまり見ない角度から送られた甘ったるい眼差しに、とうとうおれの喉が鳴った。

 なにを、どうしろというのか。

 おれはエアーろくろでエア粘度を捏ねるばかりだった。


「あのマイクで、よしよし、って、言ってほしいッス」

「……おっけ」

「あと、手ぇ止まってるッスよ?」

「……あい」


 ペチンと一手を打って、おれはちょっと高級なマイクをつないだ。外出自粛に突入してからどういうわけか値上がりばかりしていて、いつのまにやらプレミア価格になっている。

 おれはインカムのマイクを切って、ひとつ咳払いを入れ、マイクに唇を寄せた。

 ぺち、とカードを切る音がした。


「よしよしタイムッスか?」


 期待するような、いつもより低い位置からの上目遣い。

 おれはモニターの縮尺のせいで小さすぎるくらいに映ってる頭に手をかざし、輪郭を撫で擦るように動かしながらマイクに言った。


「いつもありがとう。おかけで、とりあえず一月がんばれたよ」

「……ぅぁ」


 ミサキさんが、デレっとした声を漏らした。

 おれはドンドン上昇していく顔の熱に耐えながら言った。


「よし、よし」

「……ふふふふ」


 嬉しそうな、楽しそうな笑い声。

 おれはサービスついでにミサキさんにも照れてもらおうと言葉を選んだ。


「好きだよ。可愛いよ」 

「自分もーッス」

「――ッッ!?」


 不意打ちのように向けられた蕩けた笑みに、おれは咄嗟に顔を背けた。見透かされていて反撃された、のなら照れなかっただろう。バンプというやつ。あるいはセイル。きっちり全部受け止めて倍以上の破壊力で返されたのだ。

 あんまりに恥ずかしく、おれはミサキさんのほうを直視できなかった。


「……番ッスよ?」

「…………番?」

「て、ば、ん」


 手番? となんとか横目で画面を見て、おれは、


「あぁぁ!?」

「ふっふっふーッス」


 場に残るカードから、おれは手札から絵札を出すしかなく、結果として絵札を形になる。ミサキさんは手札切れになり、切り札に指定されたスートの札を自由に使えるので――、

 ミサキさんが、ほんのり赤らんだ顔で横ピースを決めていた。




 

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