リモートスタイリング

 アマゾンにアマゾンの部品を注文――などと、くだらない冗談でひとりほくそ笑みながらパルダリウムの材料をポチって、少し。

 頼んでもないのに張り付いてくる店員よろしき『これを買った人はこんなものを……』の商品を眺めていて、ふと思った。

 昨日の侘びをせんと。

 途中で寝るくらいに退屈させたのなら、埋め合わせをせねば。


「――というわけで、おうちでショッピングですよ」

「……どういうわけッスか?」


 ミサキさんは笑みをこらえるあまりプルプルしながら言った。


「てか、なんでスーツ?」

「デートなんで」


 ぶっふぉ! とミサキさんが明後日の方向に吹き出した。いやまぁ、ビデオチャットでデートもないと思うし、デートでスーツもないとはおれも思っているのだけれど、

 まだプルプル震えているミサキさんに、おれはモニター端の自分ワイプを頼りに極限までイイ顔をつくって言った。


「聞いてくださいよ、ミサキさん」

「な、なんでしょう?」


 ちらっとこっちを見て、また震えだした。笑わせにきてると悟ったのだ。

 構うものかとおれは言った。


「デートに着てく服がなかったんですよ」


 ぶっふぉ! と再びミサキさんが吹いた。まぁ分かる。というか狙い通りである。ファッションという概念に興味を抱いてこなかった。ダサいとかカッコいいという認識と判別は、そんな価値観を有している人しか持ち合わせていないと考えてきた。もちろん実態はちがったらしくて学生時代には『特徴なさすぎて逆にビビる』と評されたが。


「――なんで、せっかくならミサキさん好みにしてもらおうと」

「なんですと」


 ミサキさんは片手でさっと鼻と口を覆った。痛い子を見るアレかと思ったが、違うっぽい。

 おれは気持ち身を乗り出して、言った。


「……迷ってミスるよりは、直接、聞いてしまおうと」

「……なにをッスか?」

「ミサキさんを落とせる服装を」

「ゔぇっ!?」


 鳩豆。ミサキさんはガチガチに体を固くし、顔を赤らめながら口をパクパクと開閉し、ほとんど涙目になりながら言った


「も、もう落とされてる場合は……っ!?」

「落とされてるっ!?」


 ホッとする自分と、驚く自分が、同時に湧いた。

 ミサキさんは両手をわたわた振っていた。


「あっ、やっ、ちがくてっ……いや、ちがくないデスけどもっ」

「落としてる場合は」

「――ッ!? 場合はっ!?」

「もっとズブズブにハマってもらえるように、とか」


 なにを言ってるんだろうか、おれは。けれど言ってしまったのなら仕方がない。元より今日の(おれの)目的は、リモートながらふたりで買い物をしようというのだ。死ぬほど恥ずいが恐るるに足らず。


「ミサキさんの好みにしてください。おれを」

「――くあっ、おっ……!」

「代わりにミサキさんには、おれ好みの服を贈ろうかと」

「ふぉぉぉぉぁあ……っ!?」

「……そんなに驚くことです?」

「世のなかのカップルとゆーのは、こーゆう感動を味わってたんデスねぇ……」


 しみじみ言って、ミサキさんは虚空に視線を投げた。どんな学生時代を送ってきたのか気になるが、自ら語られたのでもなければ掘り下げてもイイことはない。

 おれはさっそく画面の一部を共有し、ミサキさんとのデートを始めた。

 店が出してるコーディネートアプリを使い、モデル体型に自分の顔をあてはめたコラ画像――冗談抜きにおれにはそう思えた――を頼りに次はあれ、次はこれ、と延々やり合う。

 いままで最低限の清潔感がありゃなんでもいいやと思っていたおれは、打ちのめされた。


「――やばいくらい楽しい」

「へっ?」

「でも服って高ぇんですね……」

「えっ、あれ? ほんとに買うやつッスか……?」

「……え?」

「……すいません、自分、服あわせてアハハーで終わりと思ってたッス……」

「えっと?」

「……いえ、自分、やったことないからよく分かんなくって……」

「あー……えーっと……じゃあ、先におれの方でミサキさんの服をコーディネートとか――」

 

 と、言い切るかどうか。ミサキさんが真剣な顔をして言った。


「あの。ご予算は」

「へ?」

「前に買わせちゃったアレ、アレはいちまんえんで価値も知ってるからオッケーッス」

「はい」

「でも服は!」


 ミサキさんはその両手で人を殺めたのかと言いたくなるような目つきで両手を見つめた。まるで悲劇を演じる舞台女優だ。


「服は、人によって相場がマチマチッス……!」

「……ミサキさんはいくらくらいの――」

「――バン!」

 

 と、指でつくった拳銃をこちらに向けて、ミサキさんは言った。


「お値段を聞くのは禁止ッス」

「……どうしろと?」


 なんか変な笑いがこみ上げてきて、おれは肩を揺すった。

 ミサキさんは細い顎先に指を添わせてぐぅ~っと体を傾げる。


「なにかひとつ、アクセサリーとかを贈り合うとか、そーいうのにないッスか?」

「ほう」

「服だとこう、色々とセンスがダダ漏れになって良くない気がするッス」

「そうですか? あなた色に染て的な――」

「オッサンくさい!」


 シュババッと手を振り拒否したが、頬はほんのり赤らんでいる。たぶん照れ隠しだ。

 追撃をかけるべくジーっと見つめていると、ミサキさんは呻きながら零した。


「それに、服を選んでもらうのには、罠が……っ!」

「罠?」

「おとぼけたフリをっ!」


 ミサキさんは萌袖にぎりしめてブンブン振った。


「服の! サイズが! バレるッス!」

「別に気にしないですけど」

「気にするのはこっちッスからねぇ!」


 ヤケクソ気味に声を張り上げ、ミサキさんはテーブルに突っ伏した。ぼそぼそと、腕と顔でつくったドームに響かせるようにして言った。


「なんで、アクセにしないッスか? あんまり、高くないの」

「値段とかそんな……」

「この状況デスし。ちょっと最近、散財しすぎた疑惑がありマスし」

「え、大丈夫です? 投げ銭します」

「……ダメ人間になっちゃうので、そういう誘い文句はやめて欲しいッス……」

「ついこないだまで配信者になるって言ってたのに」

「それと……これとは……別ッス……」


 腕の壁が崩れ、髪をくしゃくしゃかき混ぜ始めた。いまいち境界線が見えてこないが、ミサキさんなりにやっていいこととダメなことの区別があるのだろう。


「――んじゃ、なにか、アクセサリー的なものにしますか」

「ではっ!」


 ズバン! と勢いよく顔をあげたミサキさんの、黒縁眼鏡の奥で、瞳がギラギラ輝いていた。

 ――はめられた、かもしれない。

 気づいたときには遅い。それが世の常だ。引っかかった男の宿命を果たすべく、おれは泥沼に沈み込む覚悟で尋ねた。


「なに、買いましょうか?」


 いざとなればローンだって組んでやる。そんな勢い余った覚悟を胸に。

 ミサキさんは両手を鼻の前で合わせ、テーブルに両肘をついた。すぅっと目が細まり妖しげな光を放つ。ずっとこのタイミングを待っていたのだとばかりに、言った。


「チョーカー」

「……はい?」

「チョーカーを買いましょう」

「チョーカーって……」

「平たく言うと」

「平たく言うと?」

「首輪、です……!」


 キラン、とミサキさんの瞳が輝いた。


「…………いやいやいやいや! ちょっと待ってください!?」

「なんですか!? 一緒にお買い物って話じゃなかったデス!?」

「いやお買い物ですけど! アクセにしようって言いましたけど!」

「けど! なんですか!?」

「――ッ! お、男にチョーカーは、ハードル高いっすよ……」


 フッ、と謎の憂いを帯びた笑みを浮かべ、ミサキさんは言った。


「ハードルは飛び越えるものッス……」

「と、とはいえ――ッ!」

「越えられないなら蹴倒せばいいッス」


 言って、ミサキさんは顎をあげ、生白い細首に指先を滑らせた。


「首輪、させたくなりません?」

「……お互いに、ということ」

「デス」

「ますますハードル上がりましたね……」


 面白いじゃないか、とおれは両手の指の骨を鳴らした。


「いいっすね、この際ですし、やってやりましょう」

「ふふふ……受けてくれると思ったッスよ、この勝負……」


 なにが勝負なのかは分からない。分からないが、


「受けて立ちましょう、ただし――」

「――ただし?」


 ピクン、とミサキさんが片眉を跳ねた。


「チョーカーの次は、お互いの下着で」

「…………ゔぇっ!?」


 そうそう、そうこないとと、おれたちはデートを再開した。

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